IndexNovel恋愛相談

続編 1

もっともらしく告げられたアドバイスが、耳によみがえった。
「まずはお友達からなんて言ってたら大抵、本当に友達止まりなの」
 ――本当にその通りかもしれない。そう、強く思った。



 その日は久々に友達と待ち合わせて、ウィンドウショッピングを楽しむつもりだった。
 お互い仕事をしているし、他にも用事がある。都合をすり合わせて予定を組むのには少しの努力が必要で、だからこそ楽しみにしていた。
 待ち合わせ場所にたどり着いて周囲を見回しても、待ち人の姿はない。まだ少し早いから当たり前のことではあるけど、いつも時間前には来ている子だからそう待たないうちに来るだろう、そう思って。
 どこにいればわかりやすいかと周囲を見回したところで知った姿が目に入り、私は驚いて思わず近くにあった柱のそばに駆け寄ってしまった。
 私の目に飛び込んだのは、待ち人の姿じゃなかった。そうであったら、隠れようとせずに駆け寄っている。
 もし顔見知り程度の相手なら、気付かないふりで携帯でも出してメールを打つふりをしてもよかったし、会釈くらいしてもよかった。
 だけど、だけどだ。
 そこにいたのは、私を動揺させるに足るカップルだった。天地がひっくりかえっても一緒に行動するとは思えなかった二人が、休日で人があふれかえるショッピングモールで一緒にいる。
 偶然出会ったのじゃないかというもっともな考えは、柱の陰から覗いた二人の行動で否定される。
 腕を組んでいるわけでも、手をつないでいるわけでもない。そこまで親密さを感じさせないものの、けしてよそよそしくはない距離を挟んで隣りあっている。
 会話が盛り上がっている風でもなかったけど時折言葉を交わしながら、私に気付かず二人は立ち去った。
 両方、知っている相手だ。
 一人とは職場が一緒で、もう一人とは昨晩一緒にご飯を食べた。
 だから二人は単体では私と接点があるわけだけど――だけど、その二人に接点があるとはあまり思えなかった。
 そりゃあ、玲子は吉田の存在を十分知ってるし、吉田は社内の女子社員を全員知っていてもおかしくないイメージだけど。
 でも、だからって、なんで休みの日に一緒に行動しているわけ?
 頭がなかなかその答えを導き出そうとしない。
 安恵の言葉が頭の中によみがえって、それからありがちなパターンが思い浮かぶ。何かの拍子に吉田が玲子に相談を持ちかけ、そうこうしているうちにお互いが気になるようになったというような。
 思いつけばあり得そうな話だった。玲子は吉田を嫌っていたようだけど近頃見直していた節があるし、元の吉田の好みには私より玲子の方が近い。
 吉田とは時々食事をするようになり、その際の雰囲気は悪くはない。時間の積み重ねにより以前よりお互いのことが分かってきた結果、彼が心変わりした可能性は否定できなかった。
 猫被りなんて今更過ぎたし、私の言動はかわいげがあるとはとても言えない。それはつまり吉田の好みではないと時を経るごとに主張を激しくする。
 数多いとは言えないこれまでの恋愛経験だって、その言動が破局の原因になった。「お前がそういう奴だとは思ってなかった」みたいな言葉でおしまい。お決まりのパターンだ。
 その中で吉田は異色のアピールをしてきたけど、きっと知れば知るほどうんざりして、後悔したんだろう。
 友人としては悪くないだけど恋人としては、ってヤツだ。
 付き合うなんて地点に到底行きついていなかった私のことを、いつの間にか友人の枠に収めていても不思議でもなんでもない。
 安恵の言葉の通りだった。
 あの言葉を否定する根拠は一つもない。肯定する根拠なら、いくらでもあるけど。その中で一番大きいのは、仕事帰りに食事をすることはあっても吉田が決して休日に何かを求めることがなかったことだ。
 休みの日に仲良く玲子と連れ立っている時点で、心変りは明白だ。
 久々の友人との楽しいショッピングのはずだったのに、楽しむ以前に気落ちしてしまう。自ずと深いため息が漏れた。
 どうやら吉田の心変わりにショックを受けるくらいには、私は奴に心惹かれていたらしい。
 安恵の言葉に従っておくべきだったと思っても後の祭りだし、仮にそうしていても今頃はふられていたオチだろう。素直にとりあえず付き合っていたら吉田が玲子を見出すことはなかったかもしれないけど、結局のところうんざりされて近いうちに別れが待っていたに違いない。
 お待たせと駆け寄ってきた友人が、私の顔を見てどうしたのと首をかしげる。
「あー、さっき会社の同僚たちがデートしてて、知らなかったもんだから驚いて」
 心配そうな問いかけに何でもないと言うことはできなくて、素直に答えたのはいいもののそのことに自分でダメージを受ける。
 実際付き合ってあきれられるよりは傷は浅いと思おうとしてもそれなりに落ち込む。
「へえ、社内恋愛かあ」
 なんとなく私が見た先を見るようにしながら、今日の私のデート相手の由希子は呟く。
「よくできるなあ。やっぱり気を遣うから、そういうのって隠すんだろうねえ」
「そうね」
 吉田は本来気にしないだろうけど、玲子のすぐそばに私がいることを考えればすぐに公表することはないだろう。
 知ったところで仲の良い玲子をどうこうするつもりはないけど、引っかかるものを感じるのは確かだから。
「仕事仲間相手に恋するって私には考えられない」
「由希子の場合、恋してもその事実に気付きそうにないってのが正解じゃない?」
「ちょっと、それってどういうことー?」
「言った通りの意味だけど」
 失礼なと憤慨した様子で由希子はふんと息を吐く。
「会社には仕事しに行ってるんだから、余分なことを考えてる暇なんてないんだってば。会社に好きな相手なんかいたら、絶対仕事にならないって」
 真面目な彼女らしい言葉に思わず笑みがこぼれる。
「あんたを好きな同僚にとっては酷な言葉だわ。真面目なのは由希子らしいけど」
「大丈夫、そんな人はいないから!」
 自信満々に言い切る由希子に今度こそ笑ってしまった。大学時代引く手あまただったくせに、完全に天然スルーだった彼女の言葉は微塵も信用できない。きっと今ももてているくせに気付いていないに違いないんだから。
 そうでもなければ、崖っぷちが近付いているこの年で由希子が独り身のわけがない。抜けたところのある子だし、会社勤めに疲れてもっと早くに結婚して家庭に収まると昔は予測してたんだけどなぁ。
 素直じゃない私と天然の由希子、足して二で割ったらちょうどいいのに。そんな事を思ってもお互い長年付き合った性質とは簡単に決別できないわけで。
「ふーん、じゃあよそにいい人がいるの?」
「そんなのいないよ。そういう美里はどうなの?」
 何の気なしに問いかければ、返す刀でざくりと忘れようとしていたことを思い出させる。
 だけど、相手が鋭い突っ込みを身上とする安恵でも恋バナ大好きで詳しく聞きたがりそうな史子でもなく、ほよよんとした天然由希子だからまだましだ。
「当然いないわよ」
「えー、当然って」
「言ったでしょ前に。三十になったらマンション買って、悠々自適の一人生活を楽しむんだって」
「それは聞いたけど……」
 納得いかないといった顔で由希子は口ごもる。
「でもお互い、それじゃあ寂しいよねえ」
 お互いってあんたなら本気出せばすぐ相手が見つかるでしょと言っても、きっと由希子は信用してくれないだろう。
 わざとじゃないかと思うほど鈍いのが由希子で、わざとじゃないかとどんなに疑ってかかっても本気で気付いていないのが由希子だから。
「ねえ美里、そういう寂しいことになりそうだったら、いっそのこと一緒に生活しない? きっと楽しいと思うけど」
 妙案とばかりに手を打って言ってくる由希子は、どこまで本気なんだろう。
「そーね、そういうのも楽しいかもね」
 一人で気を張って生きていくと息を巻くより、気心知れた相手と共同生活するというのは肩の力が抜けていい感じ。そうはなりそうにないと由希子を見ていると思うけど、それでもそう言ってくれたことは素直にうれしかった。
「ま、そういう話は置いておいて、今日は楽しみますか!」
 少しばかり浮上した気分で宣言すると、由希子はにっこりうなずいてくれた。

2009.10.30 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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