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5
安恵にさんざん痛いところを突かれて正しいと思っても、その彼女の言葉通り意地になった私はその後も吉田の攻勢に耐えた。
吉田こそが意地になっているのか、彼は連日姿を見せた。
最初の同期会から計算すると、もう一ヶ月近い。去る者を追わずの主義の人間にしては、たいした根気だった。
お世辞にも愛想がいいとは言えない私相手にめげない態度には尊敬さえ覚える――それにほだされないなんてわけにはいかないくらいには。
人に指摘されると否定をしたくなるけど、私は吉田のことをそう悪くは思っていない。これまで機会がなかったから付き合いこそ深くはなかったものの、微々たる縁が続いていたのはそのためだ。
心底、本当にただ軽いだけの男だと思ってたら、最初っからシャットアウトしている。そうじゃなかったのは、軽いけれど悪い奴じゃないと思っていたから。
安恵に指摘されるまでもなく、それはわかってた。
「よう」
ある金曜日の終業後。その日も吉田はいつものように私に声をかけてきた。
帰り道に偶然出会うことを幾度も繰り返せば本当にストーカーめいているとは思いつつも、常に正面切って堂々と声をかけてくる吉田に実は後ろ暗いところは全くない。
「お疲れ様」
礼儀とばかりに声をかけると、ヤツはにっこりとそっちもなと返答をよこした。
連日顔を合わせるとはいえ、どの程度会話するかは吉田次第だった。
短く本気で好きだからと駄目押ししたのは最初の告白の次に顔を合わせた時で、それ以降も時折好意をにじませた言葉を私に告げてくる。
それが連日続けば積極的に避ける努力をしたかもしれないけれど、そうじゃない日の方が大半だった。その日の天気について一言二言の日もあれば、出先で出くわしたあれこれを愚痴めかして語る日もある。私をうんざりとさせない程度で切り上げるトークは憎らしいことに面白いことが多かった。
悔しいくらい忠実に、吉田は私のアドバイスをなぞっている。
私の日常にするりと入りこみ、連日姿を見せることで本当に本気だと態度で告げてくる。軽い男のくせに積極的なことに及ばないのは――真面目に口説くというやつを実行しているから、だろう。
幾度話しかけても話題を振らないような私なんかに、よく飽きずに話しかけるものだと思う。来るもの拒まず去る者を追わない男が、一ヶ月近くも。
彼は見込みがないと思って諦めたりはしないのだろうか。本気の量を推し量ることなどできないけど、何の見返りもないままではその量は目減りするだけじゃないのだろうか。
そのうち何もなかったかのようにごく自然に、吉田はフェードアウトしていくんじゃないだろうか。
意地を張る内側でそれは寂しいかもと思い始めたのは、ほだされつつあるからだと思う。
吉田が少なくとも現時点で私に好意を抱いていることは、とても不思議だという感想を除けば間違いないであろう話で。
一ヶ月もマメに私の前に姿を見せる真似をしてくれる程度には本気で。
それがいつまで続くかは疑問だけど、信じてもいいかもという気分になりつつある。
意地になる私に呆れたように安恵が口にしたアドバイスが耳に蘇る。あんた、傷つくのを恐れて前に進まなきゃ、一生独りよ。それでいいって強がってても、本当は嫌なんでしょ?
「ねえ」
ついさっき戻ってくる途中に花屋の店先で水をぶっかけられそうになったのだという話を面白おかしく話していた吉田は、話を遮るように声を上げた私を不思議そうな顔で見た。
「あんた、今日、暇?」
驚いたように目を見開きつつ、吉田はかくりとうなずいた。
「じゃ、ちょっとお茶に付き合わない?」
「え、あ、ああ――あー」
「何よ歯切れ悪いわね」
いつも飄々としている男が間の抜けた声を上げるのは見物だった。人に言い寄ってきているくせに、いざ主義を曲げて誘ってみればそんな反応なのだから実のところ私を振り向かせるつもりなどなかったのではないかとなんとなく勘繰りたくなる。
「暇と言えば暇なんだけど、いったん社に戻って書類置いて来ていいか?」
すっと目を細めると慌てたように吉田は言った。カバンを振ってこの中に入っているのだとアピールして。
どこか切羽詰まった態度に見えるのは、私が気を変えることを恐れているからだろうか。
「仕事を途中で放ってまで付き合えとは言わないわよ?」
想像するとなんとなく楽しくなって、ついからかうように口にした。
「いや、書類さえ置いてくれば後はフリーだから放ってるわけでも」
慌てたように吉田が言うのが面白い。
「待ってるから早く置いてくれば?」
しっしっと手を振りながら言ってみせる。思わず口の端が持ち上がったのが自分でわかった。
吉田は何か言いたげに口を動かしたけど、結局何も言わずにため息を漏らす。
「行かないの?」
「いや、行く」
待ってろよと捨て台詞をめいた一言を残して、私がさっき出てきたばかりの会社の方に吉田は立ち去る。
近づいてきた時のような悠然さが全くないようにみえる小走りだった。
数々の浮名を流してきた男でも、これまでにないタイプを相手にするのは勝手が違うのだろうか。
余裕のなさが垣間見えたような気がして、ふっと肩の力が抜ける。
何で誘ったのか聞かれたら、どう答えよう。ほんの少し気が向いたからってだけなんだけど、どうにも真剣らしき彼のことを思うと正直に言うのはためらわれる。
付き合ってあげてもいいわよなんて言うのはまず上から目線すぎるし、まだそこまでの度胸はない。時期尚早ってやつだろう。連日顔を合わせることには慣れたけれど、私が知っている吉田なんて噂に毛の生えたようなものだ。
結論を出すのはもう少し吉田のことを知ってからでも遅くない。
「気になってることを聞きたくなったから、でいいか」
一ヶ月近くもめげずに私に顔を見せに来た吉田が本気であることを信じるにしても、どうしたって気になることはあり、それはのどに引っ掛かった小骨のように、頭から離れない。
私のどこが気になって、気に入ったのか。それは大きな疑問だ。見えなかったものが見えてきたから気になったなんてことを、やつは最初に言っていた。
思いつきで誘ってみただけだけど、さあ私の疑問になんて答えるかしらなんて考えたらなんとなく楽しみになってきた。
さあどうなるかしらなんて思いながら、私は吉田が戻ってくるのを待った。
END
2009.10.10 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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