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番外編 イモウトの主張

 吉田秀久は、私にとって兄も同然の存在だ。
 いくら仲のいいイトコでも兄扱いはおかしいと言われたこともある。お兄ちゃんのことが好きだったあの人とかその人とかは、おにーちゃんの妹同然の私が気に食わなかったのよね。
 おにーちゃんは、小さい時からもてていた。だから妹のようなふりをしてあんたも気があるんじゃないの、なーんて下衆の勘繰りよね。
 そりゃあ私はおにーちゃん大好きだったけども、そこには恋愛感情なんてなかったんだから。
 そりゃ、イトコ同士でも結婚できるって法律にあるくらいだから、世の中にはそういう例もあるかもしれないわよ?
 でもね、考えてみてよ。
 私とおにーちゃんの家はおじーちゃん家を挟むようにあるわけ。で、お互いの家の真ん中にあるおじーちゃんの家は広くて居心地も良くておばーちゃんの手作りおやつがおいしかったものだから、私とおにーちゃんは毎日のように入り浸ってた。
 毎日欠かさず顔を見て、小さい頃のあーんなことやこーんなことを知ってる相手に恋できる?
 お互い一人っ子だったら、イトコのおにーちゃんだって本物の兄同然になるってものだと思わない?
 それも優しくてカッコよくて自慢になる兄だ。私はおにーちゃんが好きだったし、おにーちゃんも私をかわいがってくれた。



 その優しくてカッコいいおにーちゃんが変貌した時は、とてもショックだった。
 毎日のように顔を合わせていたおにーちゃんが中学に上がると同時に部活を始めて会えなくなったのは、まだいい。心配しなくても週末は必ずと言っていいほどおじーちゃんの家で一緒にご飯食べてるんだし。
 でも、それまでちーっとも女の子に興味がなかったおにーちゃんに彼女ができた時の衝撃といったら!
 私は聞き分けのない妹じゃなかったから彼女ができたことにはショックを受けつつも、仕方ないなあと思ったわよ。
 だけど、だけどだ。
 詳しくは知らないけど、おにーちゃんは最初の彼女と二ヶ月くらいしか続かなかったらしい。
 それはそれでいいんだけど、それだけじゃ終わらなかったからよろしくない。私が気付いた時にはおにーちゃんには別の彼女ができていたんだ、これが。
 初めのショックを受けてから、三ヶ月も経ってない時期にだよ。最初の彼女と別れて短期間で次の彼女ができてるって信じられる?
 そりゃおにーちゃんは昔からもててたしわからないでもないけどさ。
 短期間でころころ彼女が変わっていくのは、とっても気に入らなかった。「自分が好きだから」付き合うんじゃなくて、「向こうが好きになってくれたから」なんとなく付き合ってたんだと思うんだ。
 歴代彼女たちはそれでいいかもしれないけど、私からすると信じられない話だ。私だったら彼氏に自分だけを大事にして欲しい。なのにおにーちゃんは全然違った。
 優しいおにーちゃんが変わった気がして悲しかったんだから。見ないふりをしようと思ったけど、それも無理だったんだよね。
 兄妹のようなイトコをやってたら、彼女の嫉妬があって、ねっちりと嫌味を言われたことだってある。
 だから次々にゴロゴロ彼女を変えていくおにーちゃんに幻滅したのもあって、自然と距離を置くようになった。
 おにーちゃんも健康な男だから気持ちが全く分からないでもなかったし、一応付き合っている間は彼女一筋なのは評価できるけど、でもねえ。だからってねえ。
 私としては願い下げだもん、おにーちゃんのような男は。
 おにーちゃんは私にはいいおにーちゃんだったけど、でもなんとなく許せなかったんだ。



 中学から高校にかけてで徐々におにーちゃん離れをして、大学時代はほとんど交流なく私たちは過ごした。
 週に一、二度はおじーちゃんちで顔を合わせることもあったけど、彼女がほとんど切れたことがないおにーちゃんがいないこともよくあった。
 私にだって彼氏ができて家を空けることもあったし、すれ違って長いこと会わないこともあったからね。
 そんなだから私はおにーちゃんの職場もよく知らなかったし、不況の波を乗り越えてようやく得た内定先がおにーちゃんと同じ会社だと知った時は愕然とした。
「あら、秀君と一緒ねえ」
 喜び勇んで報告した時お母さんに言われて初めてそういえばそうだった気がすると思い出したくらいだ。
 生憎他の内定も出ず、内定を蹴ることなんてできずに私はおにーちゃんと同じ会社に勤めることになった。
 新人研修の時は無性にドキドキしたものだ。配属希望はおにーちゃんのいる営業なんかじゃなかったけど、希望通りになるとは限らない。
 希望通りじゃないけど別の部署に配属された時はほっとしたわ。そして指導係が当たりだった幸運に感謝した。



 安永美里さんって人は、なんというか姉御肌の人だった。
 きりっとしたキャリアウーマンっていうのかな。新人の指導は私が初めてって言っている割に、至れり尽くせりの指導内容だったのね。
 といっても手取り足取りってわけじゃなくって、どちらかといえばスパルタだったけど。
 最初は一通りの説明をくれて、二度目からは一人で放り出すというのが基本的な方針だったようだし。でも、何とか仕上げるとよりうまくする方法をさりげなくアドバイスしてくれたり。失敗した時はその原因を究明するのを助けてくれたりどうすればうまくいくのか導いてくれた。
 厳しい口ぶりだからめげそうになったこともあったけど、優しいのよね美里さんは。へこんだ時はさりげなーくフォローしてくれるから、何とか腐らずに仕事がこなせるようになった。
 本人には言わないけど、仕事もできて厳しいけど優しい美里さんをおねーちゃんのように思うのもすぐだったわ。
 一人っ子だし、私おねーちゃんって存在にあこがれがあったのよ。兄っていうのはおにーちゃんで満足できてたけど、半絶縁状態の時だったし余計にね。
 美里さんは自立した大人の女だった。実家住まいの私からすると、一人暮らしで自炊しているってだけで尊敬に値する。その上仕事もできるんだから、文句なしだ。
 学生時代と変わらぬ浮名を流し続けるおにーちゃんに見切りをつけて、私は美里さんに傾倒した。
 仕事に恋愛を持ち込みはしないけど職場恋愛を平気でして、さらには相手がコロコロ変わるおにーちゃんに比べて、仕事一筋の美里さんは職場に恋愛感情を一切持ち込まない。
 持ち込まないついでに、仲良くなってもその手のことを喋ったりしないけど、一人暮らしなのにちゃーんとお弁当を作ってくるところをみるときっと特定の相手がいるんだと私は信じた。
 厳しいところが男性陣に敬遠されている美里さんだけど、本当は女らしくて素敵なんだもん。
 後に彼氏がいないと聞いた時は、いつからいないのか知らないけど美里さんと別れる男は見る目がないと思ったものだった。



 私自身も胸を張って一人前だと言えるようになった頃、週末恒例のおじーちゃん家での夕食会が終盤に差し迫った時におにーちゃんが「お前のお気に入りの美里さんっていうのは、安永のことだったのか?」って聞いてきた時には驚いた。
 美里さんからおにーちゃんとは同期で新人研修の時に同じグループだったことは聞いてたけど、これまで全くおにーちゃんの口から美里さんの名前は出てこなかったから。
 美里さんは私の知る限りおにーちゃんの歴代彼女とはタイプが違ったから、興味がないもんだと思ってたし、実際そうだったはずだ。
 新人研修で一緒だったのに女好きのおにーちゃんがフルネームで美里さんのことを覚えてなかったから間違いない。
 あれこれ私が話してるの聞いてても、誰のことだかわかってなかったって!
 私は鋭くおにーちゃんが美里さんに興味を持ったことを悟って、警戒線を張った。おにーちゃんのお相手として美里さんは言うことがないけど、美里さんの相手としておにーちゃんは問題ありだからね。
 おにーちゃんが下手に美里さんに手を出して関係が悪くなった時に、私とイトコと知られてたら私までとばっちりを食うじゃない。
 おにーちゃんはこれまできれいに女と切れてきたつもりかもしれないけど、そんなのおにーちゃんがそういう人だと知って近付いてきた女が相手だったからに決まってる。
 二股女にいいよーにあしらわれて見る目を変えたのは評価してもいいけど、だからって簡単に美里さんに手を出されちゃたまらない。
 おにーちゃんと美里さんには同期というくらいしか接点がない。私が職場で目を光らせていれば、おにーちゃんが美里さんに声をかけることなんてそうそうできなかった。
 身びいき抜きにしてもおにーちゃんはできる人だから、職場恋愛は華々しく噂されてたけど業務時間中は恋愛にうつつを抜かさないからってこともあるんだけどね。
 通勤中にかち合わなければ、警戒すべきは時々開催される同期会だけ。幸いにも久しく開催されていないし予定もないと美里さんからさりげなく聞き出して胸をなでおろした。
 おにーちゃんが美里さんに興味を持っても、接点がなければそのうち別の相手を見つけると私はたかをくくってた。
 だって、初めての彼女ができて以降、前の相手と別れてから新しい彼女ができるまで半年空いたら長い方ってくらいだった。
 軽い男と評判でももてるし告白されたら大抵すぐオッケーだから、どうしてもそうなる。
 そのおにーちゃんが、告白を断るようになったという情報が耳に入ってきた時は、だから耳を疑った。
 あちこちにいる仲良しの情報は結構精度が高い。
 前の彼女に二股をかけられて、天秤に掛けられた上いつの間にか結婚されてたことが堪えたんじゃないかという意見が仲間内で有力視された。
 確かにそれはあるんだろう。ショックで見る目を変えたくらいだから。
 でも、おにーちゃんが告白を断り続けることなんてめったにないことを私は経験で知っている。おにーちゃんにも好みはあって断ることもあるけど、ちょっとでもいいなと思ったらそこまで親しくない相手でもすぐに付き合うんだから。
 恋バナ好き仲間が興味を持っている人は他にもいるけど、突然主義を変えたおにーちゃんにみんなの興味はこれまで以上に集中して、どこの誰が告白して玉砕したなんて集まるたびに話は盛り上がった。
 えーうそまじでーなんて話に乗るふりはしたけど、私の中で違和感が徐々に募った。
 美里さんが私の先輩だと知った後、私が警戒したのを警戒したのかおにーちゃんは特に何も言ってこなかったけど、もしかすると今回はいつもとかなり違うんじゃない?
 過去の記憶を掘り返した私は、知っている限りおにーちゃんが自ら積極的に誰かに働きかけたことがないんじゃないかと気付いた。
 全部が全部告白待ちじゃなかったし、自分で動いたこともある。だけど脈がないと見たらすぐに諦めて次の相手を見るのがおにーちゃんだったはずだ。



「おにーちゃん、美里さんのこと、本気で好きなの?」
 季節が二つくらい巡ってもおにーちゃんに彼女ができなかったので、私はある日聞いてみた。
「……悪いか」
 おにーちゃんにそんなことを聞くのも初めてだったし、おにーちゃんがふてくされたように答えるのを聞くのも初めてだった。
「美里さんがどれだけ素敵な人かわかったの?」
「素敵ってお前……どれだけ安永のこと気に入ってるんだよ」
「かなりよ! そんなことより、どうなの」
 おにーちゃんは嫌そーな顔をしたけど、煮詰まってたみたいなのね。場合によっちゃあ協力してあげてもいいとささやくと、しぶしぶ私に本音を明かしてくれた。
 美里さんの魅力に気付くのに五年以上かかるなんて見る目がなさ過ぎだったと思うけど、遅くても気付いたんだからさすが私のおにーちゃんだわ。
 私がおじーちゃん達にあれこれ話してたのをうすうす聞いてたのも気付くのに一役買ったらしいから、あんまり女を見る目はないのかもしれないけど、まあいい。
 半年以上美里さんを想っていた気持ちに免じて、私は約束通りおにーちゃんに協力してあげることにした。
 だって考えてみてよ、おにーちゃんも美里さんもそろそろ結婚を視野に入れる時期なわけ。で、おにーちゃんは結婚を前提にしてもいいくらいに美里さんを好きになっちゃってるわけ。
 おにーちゃんと美里さんがゴールインしたら――わかるでしょ?
 姉も同然に思っていた美里さんが、本当に姉も同然になるのよ!
 これはもう協力するしかないでしょ。



 彼女をゴロゴロ変えて女慣れをしているはずのおにーちゃんがいざ本気で女を口説こうとしたら意外とへたれだったとか、しっかりした人だと思ってた美里さんが恋愛ごとになると激ニブだとか予想外のことがあっておにーちゃんの言い寄り大作戦はなかなかうまくいかなかった。
 おにーちゃんの行動が許せなくて、私があれこれ美里さんに言ってたのも原因の一つだったかな。
「だからもう、うまくいってほんとーにうれしーです!」
 おにーちゃんが美里さんと付き合えるようになったと聞いてから、メールでアポを取り付けた週明けのランチタイム。
 経緯を説明して私がそうまとめると、美里さんは呆れたように深々とため息をついた。
「あのねえ」
 美里さんは何か言いたそうだったけど、特に何も言わずに食事に視線を落とした。
 本日のパスタはチキントマトクリーム。フォークでクルクルとピンク色のパスタを巻き取って、美里さんはもう一度ため息。
「なんだか幸せそうね」
「だってうれしいんですもん。楽しみだなー、結婚式。私、おにーちゃんの親族だけど美里さん側の席でもいいなあ」
「ちょっと! 一応付き合うことにはなったけど結婚するとまではまだ言ってないわよ」
「でもおにーちゃんはする気満々ですよー」
 ようやく想いが成就したと浮かれたおにーちゃんは、ペアリングで所有権を主張してもいいけど婚約指輪の方がもっと効果があるだろうかなんて結婚情報誌を仕入れてきて呟いてたもん。
 散々抵抗してたようなのに押し切られた恋愛ベタの美里さんが、おにーちゃんの勢いに負けるのは早いと思うのよね。希望的観測だけど。
「確かにそんなことは言ってたけど、玲子にまでそんなアピールしてるの?」
 美里さんが目を鋭くして呟くので、私は慌てて首を振った。
 私が浮かれたせいで美里さんがおにーちゃんに愛想を尽かしたら困る。
「妹のカン! 妹のカンですよ! 長年私おにーちゃんを見てきましたから!」
「吉田の移り気なところは重々知ってるでしょ?」
「知ってるからこそ今回のおにーちゃんが一味違うことはわかりますよー」
 そうかしらとぽそりと漏らした美里さんは「だったらいいけどね」と続ける。
 私だって不安がないわけじゃなかったけど、おにーちゃんがかなり本気なのは間違いないしあとは美里さん次第だと思うのよね。
 だから私は案外恋愛慣れしていない美里さんに「きっと大丈夫です」と請け負って胸を叩いて見せた。

END
2010.02.12 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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