IndexNovelまるで空気のような

4.問題は目の前の

 廊下で出会った麻衣子と二言三言交わして教室に戻ると出迎えたのはやたら笑顔の友人だった。
「おーおー、うれしそうな顔しちゃって、まあ」
 悪友の言葉に鋭い眼差しだけで応じると、「こえー」と顔を逸らされた。
「あのな、お前な。俺をにらんだって、お前がうれしそうに彼女とお話ししてる事実は変わらないぜ?」
「だからどうした?」
 低く愛想のかけらもない声を祐司は吐き出した。悪友はあまりの態度に逆に面白そうに笑うと、今度は彼に顔を近づける。
「ヤツに気付かれたら、引っかき回されるぞ」
 押し殺したような一言に祐司は目を丸くし、それから自嘲するように口角をあげた。
「――引っかき回しようもないさ、さすがのあいつもな」
「悲観的だなー」
 今ここにいないもう一人の友人を思い浮かべて、祐司は自嘲気味に嗤った。
「俺の気持ちも分かるだろ」
 ま、そりゃそうだけどなあ。悪友が顔を逸らしたのは、目の前で爆笑しないだけの慎みをここ一ヶ月で身につけたからだろうと思われる。
 どれだけ時が経とうとも「明らかに義理だろそれ絶対期待できないって!」、彼女持ちだから頼りになるかと相談したあとで思い切り笑われた事実は、祐司の中から消えそうにない。相談するんじゃなかったと後悔したのは言うまでもなく、自然と祐司は目の前の悪友をにらむ眼差しに力を込める。
「向こうの様子は変わらないか?」
「……悲しいまでにな」
 あまり言いたくない事実だったので、ためらいの後に答える。笑われるかと思えば言いたくはなかったが、残念ながらもう一人の悪友はこっち方面で明らかに頼りにならない。
「おまえもマメだねえ。向こうは全然意識外なのに、こまめに顔見せに行くなんて」
 半分感心したように「キャラじゃないぜそれ」と続けられて、おまえは俺のことをどう思ってるんだと祐司は聞きたくなる。
「義理でもバレンタインを忘れずに来てくれたんだ、可能性は全くないわけじゃない」
「まあ、そりゃそうかもだけどな。これで本命ぽいものもらってたら、向こうもおまえを意識してるんじゃないかってきっぱり言い切ってやるんだが」
 祐司のことを頭の先から足の先まで見て、悪友は頭を振った。
「家族分とまとめてケーキ持っていくのってどう考えてもご近所さんへのおすそわけレベルだろ。しかもおまえは甘いもの苦手だって知ってるってのに。自分ちで食いきれないからついでに持ってったんじゃないのか?」
「おまえは俺を落ち込ませたいのか」
「現実を教えてやってるんだよ」
「……指摘されるまでもない」
 憎々しげに祐司は呟いた。言われるまでもなく、何度も検討した結果望みは薄いのだと理解しているつもりだ。それでも……それでも、諦められない気持ちを友人はさっぱりわかってくれないらしい。
「正直おまえがそんなに真剣に悩む日が来るとは思わなかったぜ」
「どういう意味だ」
「さあな」
 意味ありげに笑う悪友が嫌になって祐司は顔を逸らした。
「ま、でも」
 まさか耳をふさぐようなことはできないでいると、軽い声が飛び込んでくる。まだ続くのかと祐司はうんざりして聞こえないポーズをする。
「恋って奴は理屈じゃないし、その辺をおまえが理解したようだからいいんじゃね?」
 これをふまえて次に行けなんて言うつもりじゃないよなと言い返す代わりに聞こえないふりを続けていると、苦笑の気配が伝わってくる。
「みっともないとか考えてないで、たまには当たって砕けたらどうだ?」
「あのなあ」
「おまえに散々みっともないだの、なりふりかまわなすぎだの言われてた俺だが」
 親身になったようなアドバイスにさすがに大人げないかと声を上げた祐司は珍しく悪友が真剣な顔なので口をつぐんだ。
「そのみっともなくなりふり構わなかったかいあって、今は幸せだぜ?」
 悪友が意味ありげに送る視線の先には、学年一とも学校一とも言われる美人さんの彼女の姿。
「我が校のもっとも新しい七不思議の一つだよな」
「どういう意味だ、こら」
 何というか無性に腹が立ってせいぜいの嫌みを口にする祐司を、悪友は片眉を上げて軽くにらみ付けた。



 ある意味ショックを受けたバレンタインではあったけれど、まったく意味がなかったわけではない。
 彼女――麻衣子はは期待を与えてはくれなかったけど、話しかけるきっかけは作ってくれた。疎遠になって話しにくかった距離が近付いた気がして、彼女の姿を見かけては声をかけた。
 積極的に姿を求めれば思いの外、彼女とよく出会う。こんな簡単なことだったのかと愕然としながら、他愛もない話を持ちかける。
 天気の話や、前日の夕食の話、進み具合の違う各教科の話―― 一晩寝たら忘れてしまうような中身のない話だけど、「彼女と話した」その事実だけは確実に祐司の中で積み上がっていく。
 いつも冷静であろうとする祐司だけど悪友が指摘してくる程度には浮ついた気分になるのは、足りなかったものが急激に満たされたからだ、そう思う。
 祐司が頻繁に話しかけても彼女は明るく応対してくれる。そのこと自体は喜ぶべき事で――ただ。
 問題は目の前の、ホワイトデーだ。
 義理には義理で返すべきか、逆にアタックするべきか。
 三倍返しなんて言葉もあるんだから少しくらい張り込んでもいいかもしれない。そうしたら――あのケーキに見合う以上のものを贈ったら。さすがの彼女だって祐司の思いに気付いてくれるかもしれない。
 期待よりも不安の方が大きくて、結論が出ない。
 どういったものを贈るにしろ何がいいのかがさっぱりわからないのも悩みに拍車をかける。
 これまではお菓子の詰め合わせを贈っていた。それは祐司ではなく、母の選択で。
 ホワイトデーの前日にはいと包みを渡されて、右から左に手渡していた。クールを気取りたい祐司にとってバレンタインのお返しを買いに行くことは考えられなかったし、母の気配りは正直ありがたかった。
 お菓子の包みは大体小さめの教科書くらいの大きさで、厚みは十センチにやや足りないくらい。大抵どこかのケーキ屋さんのお菓子がいくつか詰め込まれたものだったらしい。
 ――何をお返しにしようとも彼女との関係は変わらない、そんな慢心があったんだろう。だから何年もそれを繰り返し――肝心の今、何をどうやっていいかわからない。
 どちらにしろ、母は例年のごとくお菓子の箱を渡してくれるだろう。でも今年はそれを渡すことに甘んじるだけでなく、何かプラスαのものが贈りたい。
 祐司はそう考えて、ただひたすらに首をひねった。

2006.03.13 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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