IndexNovelまるで空気のような

7.春休みの彼女と彼

 決定的な場面を見て落ち込んで、そのあとはずっと後悔ばかりだ。
 見たくないものを見てしまったホワイトデー。上の空で部活を終えて、帰るなり着替えもせずにベッドに突っ伏した。
 もやもやと胸に渦巻く暗い何か。感情を持て余して枕に顔を押しつけて声をあげる。くぐもったうめき声が枕から漏れ、吐き出した息が顔に反射して熱い。
 麻衣子は顔を上げて枕にあごをのせた。目を細めて壁をにらむ。
「あんなとこ、見なきゃよかったのに」
 あるいは、包みの大きさに気付かなければ。
 そうしたら何も知らないで例年通りのお返しを笑顔で受け取れたのに。
 バレンタインに余計なことをしなければよかった――最終的にはその結論に落ち着いて、力なく再び枕にうつぶせる。
 そうこうしているうちに本当に寝てしまって、その間に母親が受け取っていたお返しは案の定例年通り。
 それを見てさらに後悔の度合いが増してしまった。
 ずっと一緒に育ってきたような麻衣子より、彼女の方がずっと特別。垣間見てしまった現実はそう明らかに告げていて、沈んだ気持ちは簡単に浮上しない。
 切り替えの早さが自分の長所だと麻衣子は思っているけれど、今回ばかりは例外らしい。
 彼と面と向かってしまったらみっともなく八つ当たりしてしまいそうで、会わないように会わないように気をつけて動いて、それでようやく終業式を越えることができた。
 家は隣同士だけどそう滅多に出会うことはないと、この一年弱の経験が物語っている。できるだけ家にいて、出かける時も家を出てすぐに移動すれば顔を合わせることもないだろう。
 とにかく少しでも時間をおいて、冷静さを取り戻したかった。顔を見ても怒鳴りつけない自信を持てたら、その時にこれからのことをじっくり考えればいい。
 祐司が好きな彼女は先輩が言ったように彼氏持ちで、その上その彼氏は祐司の中学時代からの親友だ。
 祐司はクールぶったヤツだけど、友達の彼女を奪おうだなんて馬鹿な考えを実行に移すような冷たいヤツじゃない。
「ん?」
 そう思い当たって麻衣子はふと違和感を覚えた。
「でもそしたら何であいつ、あんなでっかいのお返ししてたわけ?」
 せめて秘めた気持ちを大きさで表現したんだろうか?
 眉間にしわを寄せて麻衣子は考え込む。
「でも待って、あいつがそんなこと、すると思う?」
 口に出して自問して、麻衣子は頭を振った。
 祐司はかっこつけたがりなのだ。友達の彼女に横恋慕なんてみっともない真似、しないんじゃない?
 麻衣子は背もたれ代わりにベッドにもたれかかって、腕を組んだ。伸びをするように天井を見上げる。
「もしもそうだとしたって、目立つようなところであんなことするなんて――絶対しそうじゃないわよね」
 麻衣子の知る限り祐司はそういうヤツだった。あくまでも知っている限り、だけど。
 でも。長年培ってきた性格が一年も経たないうちに簡単に変わってしまうとは思えない。
 むむむと顔をしかめて麻衣子は空を睨んだ。
「てことはあれはどういうことよ」
 つぶやいてみたところで答えはわからない。
 ただ、思ったほど悲観することはないかもしれないと考えられるようにはなった。
 望んで祐司があんなことをするわけがないと思えば、前向きになるきっかけになる。



 アルバイト、とは全くいい考えだ。
 祐司は納得半分不満半分で陳列棚に商品を並べる。
 長期休みはバイトには最適な時期だし、金欠なのだから自分で稼ぐというアイデアは理にかなっている。
 そう自分を納得させながら祐司は背中に目をつけている気分で周囲の様子を怠りなく窺った。
 バレンタインやホワイトデーには寛容な私立中之城高校は、学生のアルバイトには厳しい。学生の本分は勉強であるというのがその旨だ。
 だから――地元でバイトはあまりいい考えとは言えない。
 ため息代わりに肩をすくめる。商品陳列は意外と肩にくる。ついでにぐるりと回してみせた。
 不本意ながら唯一の相談相手となった悪友は、どこまでも悪友でしかない。「ガッツリ稼いでデートにでも誘えばいいんだよ」なんて口車に乗った後、誘う以前の問題なのだと遅まきながら気付いた。
 すぐに気付かない常ならぬ自分の様子に友人は腹を抱えて笑った。ひどい屈辱だった。それでもその口車に乗ったのは悪いアイデアではないと考えたからだ。
 祐司のためを思って悪友が見つけ出した職場が地元スーパーだったのは危険すぎると思ったが。
 時給六百五十円、七時半から十五時半、休憩一時間。日給にすると五千円弱の給料は祐司にしてみると悪くない。探せば他にもっといいものがあるかもしれないが、そこまでして金が欲しいわけじゃなかった。
 いや欲しい、小遣いもそう多くないので欲しいのは欲しいのだが――長時間拘束されるのは余り喜ばしいことではない。
 春休みに課題を与えるのに躊躇する教師たちではなく、結構な量が積み上がっている。短い休みだから時間は無駄にできない。バイトと宿題に明け暮れるとスーパーと家との往復しかできなくて、それはつまり麻衣子と会うチャンスをみすみす逃しているようにしか思えない。
「まあ、ちったあ距離を置いて向こうをやきもきさせるのも手じゃないか?」
 他に愚痴る適当な相手がいないのでバイト仲間でもある悪友にぶつぶつもらすと、適当な返答が返ってきた。
 これまでも充分距離を置き、疎遠になったのを後悔さえしていることを知っていてそう言うのだから悪友の脳内は満開の花畑になっているのかもしれない。
「近所だったら来るかもしれないだろ、彼女」
 けろっと正反対のことを言う悪友に「お前は春でいいよな」と呆れ混じりに言うと真剣に怒られたが、謝る気は毛頭ない。祐司自身の心はまだ冬の真っ直中。いつ冬が過ぎ去るかもわからない。嫌みの一つや二つ言ったところで罰は当たらないと思う。
 忙しくしていたせいもあってか、短い休みは瞬く間に過ぎ、幼なじみには残念ながら全く会うことができなかった。
 玄関扉を叩いても居留守を使われたら無意味だ。積極的な行動に出ずに偶然に頼ってもそう簡単に思うように行くはずはない。
 学校の方がよっぽどチャンスは大きい。そう自らに言い聞かせながら、祐司は新学年初日張り切って家を飛び出した。
 学年が上がる事にクラス替えがある――同じクラスになることを期待して、そして。

2006.04.06 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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