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9.花と待ち伏せ

 祐司の期待に反して麻衣子と同じクラスになることもなく、その上会えない日々が一ヶ月以上続いた。顔を合わせる機会をいつでも狙ってはいたのだ。それなのに目を合わせることも接近することも、当然一言話すこともできなかった。
 幼なじみは間違いなく怒っている――そう悟らざるを得なかったし、強引に接近することを試みても別の障害が目の前にあった。
 麻衣子と同じクラスになった悪友の存在だ。彼女を怒らせた原因が再び意図せず邪魔をしてきたようなものだった。
 思いを知られたら、からかわれた上に邪魔をされそうな気がしているからあえて何も言っていないというのに、知っているとしか思えない邪魔っぷり。
 お前は俺に何か恨みがあるのかと怒鳴りつけたくなることは一度や二度じゃなく、だけどやぶ蛇になるのが怖くて何も言えない。
 彼の目から逃れるため、そして幼なじみに避けられるのを防ぐため待ち伏せという方法を思いついたのは新学期が始まって一週間も過ぎた頃。
 思い立ったが吉日と春休みのバイトの成果を握りしめて、お返しを求めに走る。
 彼女が部活なのは確認済みで、帰宅時間にも目星をつけた。
 授業が終わったあとは部活を放りだして、ダッシュでホワイトデーに行った花屋に向かった。息を切らして駆け込んだ祐司を見て何事かと目をむいている男性店員に近寄ると、祐司は「花束が欲しいんですけど」と口早に告げた。
「はいはい」
 力強く言い切る祐司の勢いに押されたのか身を引きながら店員はカウンターに近付いた。レジ脇に立てかけてあるカタログを引き抜いて、パラパラとめくる。
「相手は? 彼女かい?」
「……幼なじみ」
「なるほど」
 店員はカウンターに広げたカタログを置いた。
「何か希望の花はあるかな?」
「いや、さっぱりわからないので適当で」
「せっかく贈るんだから、適当はないだろう」
 カタログをゆっくりめくり、店員はあれこれと指差して説明してくれる。
「早めに言っておいてくれれば調整のしようもあるから、次からは意識しておいてくれたらいいよ」
 カタログにあるこの花はないとかその花は売り切れているとかいう説明よりも、じっとカタログを見ているときにさらりと言われた言葉の方が耳に残る有様。
「どんな色合いがいいかな? 在庫の関係があるからどこまで希望に添えるかわからないけどね」
 いつまでも答えが出せない祐司にしびれを切らしたのか、店員が声をかけてくる。
「あー、えーと。黄色い感じで」
「イエロー系、と。そうだなあ……」
 くるりと反転すると店員は切り花を収めてある一角に向かった。花用の冷蔵庫の前に立つと、祐司が追ってきたのを見計らってあれこれと指差しはじめる。
「とにかく黄色くするか、ピンクか白を入れて感じを変えるか――」
「お任せします」
 言われたところで花の名前はさっぱりわからないし、祐司はきっぱりと言い切った。少し残念そうな顔をしたあと店員は冷蔵庫を開け放つ。
「ガーベラとバラかなあ。そうだ、予算は?」
「二……いや、三千円くらいで」
 財布の中身を思い出しながら祐司が告げるとふんふんと店員はうなずきながらあれこれと切り花を出していく。
「花束でいいかい? アレンジメント?」
「――おすすめで」
「時間があるならアレンジメントの方がいいかな。どれくらい時間があるかな?」
「っと」
 祐司は時計を確認して、計算した。
「一時間くらいは、平気じゃないかと――、多分」
「ふむふむ。それならまあ、なんとかなるだろう」
 どうせなら少しでも麻衣子が喜びそうな物がいい。祐司が期待して向ける視線の先で店員はあれこれ道具を取り出した。
 そして緑色の目の詰まったスポンジにきゅっきゅと花を刺す動作を繰り返す。大きなスポンジだったから最後にそれが見えてしまうんじゃないかと祐司は心配したが、制限時間をわずかに残して完成した作品は側から確認する限りスポンジが見えない。
 さすがプロ、といったところだろう。
 同じ種類らしいオレンジとイエローの大きい花。さすがの祐司だってちらほらと混じるバラくらいなら名前がわかる。綿帽子を黄色く染めたようなポンポンがいくつか。花の間の色々なグリーンが鮮やかだった。
「カゴはおまけしとくよ」
 宣伝よろしくね、なんて冗談めかして言った店員が編み込まれたライトブラウンのカゴにスポンジごと花を収める。
「三千円ぽっきりで」
 冗談交じりの言葉に祐司はうなずいて、財布を取り出した。その間に店員はカゴをビニールで手早く包み、パステルオレンジのリボンを結びつける。さらに真っ白な紙袋に完成品を入れ込んでから、ようやくレジを打った。
「お待たせいたしました。またごひいきに」
「どうも」
 感謝の思いを込めて頭を下げて、祐司は紙袋を手に店を出る。
 作業の様子を見ていると不思議と飽きなくて、思ったよりも時間を食っている。帰り道を急ぎながらも、祐司は途中でコンビニに寄り道する。
 さらに公園に入り込むと誰もいないベンチの前で立ち止まって、カバンの中から茶封筒を取りだし紙袋の中に入れる。
 そうしてコンビニで買ったガムテープで袋の口を締めると祐司は再び帰途を急いだ。



 彼女の家の前まで来ると、少し離れた壁によりかかる。紙袋は足下に置いて、腕を組んだ。
 さあ、この贈り物に彼女はどんな反応をするだろうか――?
 それをまざまざと見てみたいというのは間違いなく祐司の本音だったけど、それよりも勝ったのは恥ずかしさだ。
 花を見えないようにガムテープで口を締めてしまった原因の一つはそれ。
 あとのもう一つは一緒に入れた茶封筒だ。色気のない封筒の中にはこれまたそれとは全く縁がなさそうなレポート用紙を入れていて、それにデートの誘いを書き込んでみたのだ。
 目の前で読まれて、すぐさま拒否されたらさすがに回復できる自信がない。
 デートの誘いと言ってもレポート用紙の色気のなさに見合った素っ気ないもので「遊園地の優待券があるから、ゴールデンウィーク一緒に行かないか?」としか書いてない。麻衣子は遊園地が好きだったはずだし、実際に優待券を入れておけば気持ちは傾くはず。
 時間をおいて嫌だと言われるまでに「久々にどうしても行きたいんだ」と畳みかける心づもりだ。
「どうしたのよ、人の家の前で」
 かけるべき言葉、それに対する彼女の反応の予測。さらにそれに対する反応を考えていたら、声をかけられるまで彼女の接近に気付かなかった。
 驚いて顔を上げると、妙に顔を硬くした彼女が立っている。
「久々に顔を合わせたってのにたいしたご挨拶だなー」
「言いたくもなるでしょ」
「まあ俺だってそう言うだろうが」
 祐司は腕を解いて背にした壁から離れ、肩をすくめる。
「用があるから待ってたに決まってるだろ」
「用?」
 上から見たような偉そうな言葉かけると不満だったのか麻衣子は顔をしかめる。不審そうな彼女の眼差しから逃れるように祐司は身をかがめ、足下から紙袋を取り上げた。
「な――、ええと、なに?」
 困惑し動揺した様子の麻衣子から硬い表情が抜けて、祐司はそれだけで満足感を覚えた。
「春休み、どこか行ったの?」
「なに馬鹿なこと言ってんだよ」
「悪かったわね」
 いったん話がはじまると違和感もなくすんなりと会話が弾む。
 落ち着いた気持ちで祐司は彼女との久々の時間を楽しんだ。
 遅れに遅れたバレンタインデーのお返しを麻衣子に渡し、彼女の誤解をなんとか誤魔化して、避けられていたのでないと言い切ってもらえた。
「それ、生ものだから部屋に帰ってすぐに確認しろよ。じゃあな」
 それだけ言ってしまえば、目の前で中身を確認される前にとっとと立ち去るだけだ。
「あ、あ――ありがと」
 身を翻すと戸惑いが大量に含まれた麻衣子の声が追ってきて、頬が緩むのを感じる。振り返って彼女の様子を確認したいのはやまやまだった。
 だけどだらしなく緩んだ顔を見られるのが嫌で。
「おうよ」
 祐司はそう口にすると振り返らずにひらっと手を振ってみせた。

2006.04.26 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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