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12.似たもの同士の結論

 最初から引導を渡してもらえばいい、そう思ったのだ。遊園地の券を手にしてうなっていても仕方ない。あとで聞かされて落ち込むよりは、最初に二人きりじゃないと聞いておけばいい――。
 そう決めるとすっぱりと遊園地のことは意識の外に置くことにして、麻衣子は心ゆくまで花を堪能した。
 幼なじみにしてはなかなかのチョイスの、遅すぎるバレンタインのお返しを。
 翌日はいつもより早めに起きて、幼なじみを待ち受けた。
 他愛のない馬鹿話をしたところまでは慣れたものだった。にらみ合いもだ。
 何かが変わったのは、無造作に祐司が顔を近づけてきたところから。
 その後で他に誰が行くのかって意味合いのことを中学時代の誰かの名が飛び出すことを予想しながら聞いたら、飛び出してきたのは人の名前じゃなくてあり得ないと思っていた言葉だったのだ。
 麻衣子は驚きで身を震わせた。
「でっ、デートっ?」
 聞き返す自分の声がみっともなく響いたのを麻衣子は感じた。頬が熱くなる――きっと、赤くなっているに違いない。
 祐司が口にしたのが余りにも予想とかけ離れたもので、そのくせ麻衣子の望みそのまんまだったから、平静を装うのが困難だった。
 ちらりと祐司がこちらを見る。こっちを見るなと言いたかったけど言葉にできなかった。
 冗談なのに本気にするなよと言われる前に平静を取り戻したかったけど、実際にはぽかんと口を開けて顔を真っ赤にするのがせいぜい。
 祐司は麻衣子を見てぎょっと目を見開いた。
「あ、あー?」
 訳のわからない呟きがその口からもれても、麻衣子は突っ込むどころじゃない。
「えーと、そういう反応されると、困るんだけど」
「だ、だって」
 ようやく祐司が口にした言葉にキンと心が冷える。
「悪かったわね、そんなこと言われるなんてはじめてだからびっくりしたのよ!」
 かみつくように言ったときにはもはや頬の火照りは感じ取れなくなった。
「何で怒るんだよそこで」
「知らないわよ」
「それじゃわからないだろ」
 麻衣子のことをじっと見据えて、祐司は呆れたような声を出した。かしがしと頭を掻くようにして、彼は乱暴に周囲を見回す。
「あのな、麻衣」
「なによ」
 低く押し殺したような声に麻衣子は渋面でもって応じた。向けた視線の先で祐司は何とも言い難い苦笑じみた顔。
「それって野郎とデートなんて初めてだと思ってるのか? それとも俺とデートなんて嫌だって反応か? もしくは誰かに誤解されたら困る、とか?」
 祐司は口早に言ってのけると麻衣子のことをじっと見る。
「……それはどーゆー三択よ」
 幼なじみはそれ以外の解答は許さないとでも言いたげな表情。
「答えやすいように聞いてみた。他に何かあるか?」
「あるかって聞かれても――」
 聞かれてほいほいと「あんたとデートだと思ったらうれしいって思ったのよ」なんて言えるんだったら、もっと最初から素直に話してる。
「言われても?」
「細かいところを気にしてると嫌われるわよ」
 言葉尻をとらえて問いかける祐司に、だから麻衣子は不機嫌に告げた。素直じゃないにもほどがある――そんな自分にかなり呆れたけれど、性分だから仕方ない。
「そうか、そしたら、みんなで集まるか」
 麻衣子の言葉を受けた祐司は顔を歪めてため息を漏らした。
「え、なんで?」
「なんでって、二人きりなのを目撃されたらまずいヤツがいるんだろ?」
「何でその結論に達したかがわかんない」
 先ほどとは意味合いの異なる見つめ合い。まっすぐな麻衣子の視線から先に目をそらして負けたのは祐司の方だ。
「だから嫌なんだろうが。たまには女の子と二人でお出かけってやつもしてみたかったんだけどなー」
「なに、らしくないこと言ってんのよ」
 顔を背けてうそぶく祐司に麻衣子は遠慮がちに突っ込む。
 らしくない。そんな言葉は全く祐司らしくない。
 クールを気取りたい祐司はいつも女の子に興味はありませんって顔で平然としているのが常なのに。
 その唯一の例外と言っていいのは例のあの人くらいなのに。
「らしくないってなんだよ」
 低く不機嫌な声も滅多にないもの。麻衣子はびくりとする。
「だって」
「俺だって、たまには好きな子とデートの一つや二つしたいと思うぜ?」
 言いかける麻衣子の言葉を祐司はどうでもよさげに手を振って制した。
「え、え……えええええええ?」
 麻衣子はきょとんと祐司を見た。言おうと思っていたはずの言葉が、脳裏から吹っ飛ぶ。あまりのことに、祐司の言葉が頭の中で消化されるまでずいぶん時間がかかってしまった。
「ええと、なに、今の、どういうこと?」
 ようやく染み渡ったその言葉が信じられなくて聞き返す麻衣子を祐司は綺麗に無視してくれた。一言も発することなく肩をすくめて、歩くスピードを上げる。
「ちょっと! 祐司、いきなりなこと言いながら逃げるのって卑怯じゃない?」
 麻衣子はその背に追いすがりがあがあと非難する。
「ねえ、ちょっと今の……」
 言いながら何度も何度も頭の中で祐司の言ったことを思い返して、麻衣子の声の調子は自然と落ちた。
 同時に歩みも数秒止まり、我に返ったときは幼なじみの後ろ姿は大分離れている。麻衣子は慌てて駆け足で彼に追いつくとぐいっと強引にその腕を掴んだ。
 ぎょっとした顔で自分を見下ろす祐司のことを麻衣子はまっすぐに見上げた。わずかに顔が赤いように見えるのは言ってしまったことが恥ずかしいからだろうか?
 きっと――いや、間違いなくそうだ。そうに違いない。
 麻衣子はこれまでの経験を総ざらいして結論づけた。その結論に勇気を得て、握りしめた腕に力を込める。
「なんだよ、麻衣……」
 どこか疲れたような問いかけを今度は麻衣子が無視して、彼女はじっと幼なじみを見据えた。
「ねえ、祐司。それってつまり――」
「つまり?」
「祐司も私が好きってこと?」
 回りくどい麻衣子の問いかけに祐司は沈黙した。続く三度目の見つめ合いは、これまでのどれとも違う意味が含まれている。
 どちらともなく立ち止まり、どちらも何も言わない。
 それは数秒のことだったかもしれないし、もしかしたら数分は経過したのかもしれない。
 犬の散歩をする老夫婦の存在が沈黙を打ち破って、やっぱりどちらともなく歩みを再開し、そして。
「も、なのか?」
 数秒先んじて問いかけたのは祐司だった。
「も、なのよね?」
 やや遅れて麻衣子も応じる。含まれた「貴方も私も好きなの?」の問いかけにお互い同時にうなずいて。
「本気でか?」
「悪い?」
 ひどく冷静に響く祐司の声に麻衣子は不満げに鼻を鳴らす。
「……マジかよ」
 ややして祐司は小さく漏らし、真意を窺うように麻衣子を見つめる。
「本気のように見える、な」
「なによその反応」
 いいや、なんて呟いてなぜだか祐司はため息をもらす。それを見て麻衣子は眉間にぎゅっとしわを寄せてぎんっと彼をにらみつけた。
「何でそんな嫌そうなのよ」
 思わず言ってしまった次の瞬間にはもう後悔をはじめていて、麻衣子はさらに大きな息を吐いた祐司の行動に身をすくませた。
「……微妙なところで何で意思疎通が図れないんだろうな」
 その様子を見ながら祐司はゆっくりと麻衣子の手を腕からひっぺがし、ゆっくりと頭を振った。
「ま、いいか」
「何がいいの何が」
 意味がわからずに問いかける麻衣子の頭を祐司は子供にでもするように軽く叩く。
「色気も素っ気もないのはお前も一緒だよなあ」
「勝手に納得するのはやめてよ」
「事実だろ」
 納得しきれない麻衣子よりも祐司の方が現状認識が早いようだった。にやりと唇の端を持ち上げるいつもの表情。
「いつからそんなだったんだよ。せめてもうちょっと表に出せよそれ」
「何で私を責めるのよ。祐司だって一緒でしょ」
「――ま、そういうことにしておいてやるか」
 一方的に麻衣子を責めて、一人で勝手に納得する。麻衣子が文句をつける前に祐司が笑み崩れたもんだから、口にしかけたいろんな言葉を一気に頭から飛ばして麻衣子はぼけっと彼を見る。
「大事なのは過去じゃなくて、未来だな。振り返って後悔するのは主義じゃない」
 だろ、と視線で同意を求められて麻衣子はこくりとうなずいた。
「とりあえず喜んでおくべきだろうな」
 本気で色気がねえよなあとか、人に聞かせられない間抜けさだよなあとかぼそぼそと祐司が言うのが聞こえたけれど、文句を言うどころか事実なので何も言えない。
 どちらが告白したとかいうわけでもないし、それとなくお互いの思いを悟ったわけでもない。
 祐司も一歩踏み出す勇気が持てないでいたのだということだけははっきりとわかって、麻衣子は思わず苦笑してしまう。
 なんてよく似た幼なじみだ。人生のほとんどを一緒に過ごしているもんだからお互いに影響されているんだろう。
 きっと二人とも似たようなことを考えて、すれ違っていたんだろうなあ――そう考えると笑いがこみ上げてきて、麻衣子はそれをこらえるのに苦労した。

2006.05.14 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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