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第一話 墓参りとお子様の障害

 毎日飽きもせず繰り返される日常ってのを毛嫌いしているヤツは多いが、日常を崩したらロクな事が起こらない。
 日々を飽いているヤツに考えを押しつけるつもりはないが、少なくとも俺にとってそれは歴然とした事実だった。
 ガキの頃にふとそれた脇道ででかい犬に追い回されたのも、徹夜して頑張って勉強した次の日のテストに限って全滅だったのも。
 ――中里道子が死んだのも、すべて日常ってやつを軽視したのが原因だ。
 ありふれた日常を俺が重視することになった最初の原因かつ一番の原因が、道子が交通事故であっけなく逝ったことであるのは間違いがない。



 彼女は俺の幼なじみだった。市が二十数年くらい前に張り切って開発した鷹北ニュータウンは、もちろんそれくらいの年月が過ぎてしまえばどこも新しさのかけらがなくなってるはずだ。
 公営で十四階建て。鷹城市鷹北東町三十五の五、三の二棟十一階に若き日の俺の両親と道子の両親が住まいを定めたのも、その二家が向かい合っていたのもただの偶然だ。
 鷹北ニュータウンは六区画からなっていて、それぞれが三つの棟を持っていた。大抵一階はどこかの店舗のテナント。土地の関係だろうが、多少は大きさが違うものの、住居の数はそう変わらないだろう。
 引っ越した今ではうろ覚えで申し訳ないが、確か俺の住んでいた三の二棟は片側一四室、向かい合わせで二十八室。一階はテナントだから、それに十三をかけると三百六十四室。ニュータウン全体で少なく見積もっても六千五百室はあった計算になる。
 だから、その両家が階段を挟んで向かい合わせになったのも、同じ年に子供が生まれたのも全ては偶然だ。
 だが、それから俺と道子が幼なじみといえる存在になったのは状況から言うと必然だ。
 本当に幼なじみなんてなまっちょろい関係だったのかと聞かれると素直にうなずけないが、世間一般的には幼なじみの方が通りがいいだろう。
 幼き日の俺にとって、中里道子は小さな暴君だった。ヤツの方が数ヶ月ほど生まれが早かったし、ついでに頭の回転も速かった。
 顔はまあ、可愛らしい方だったと思う――当時の俺にはそうは思えなかったが、ヤツの魅力の元に下った輩が多かったことから考えると大幅に間違っていないだろう。
 だがヤツはかわいげのないことを考える子供だったし、実際かわいげというものから最も縁遠いヤツだった。見た目のかわいさを武器に家来をわんさか従えて、やることは悪意の溢れるいたずらばかり。
 向かいに住んでいたのが運の尽き。その最大の被害者は他ならぬ俺で、ヤツの一の子分としてあれやこれやをさせられた。それはもう非常に苦々しい思い出で、余り思い出したくないね。
 ヤツが考案しヤツが実行したいたずらのとばっちりを食らったことなんて一度や二度じゃなく、何故か俺一人説教を食らったことは両手両足の数でも足りないほど。いい思い出の方は片手でも事足りるだろう――それが何か、なんて聞かれたら数々の忌まわしい記憶しか思い付けない辺り、本当にあったかどうかさえ疑わしいけどな。
 ま、そんな感じだが。それでも、ヤツが死んで八年も経つと思い出は遠ざかって、時折懐かしく思えるようになるのだから不思議だ。
 それだけ経ってもなお、命日に墓参りに来るなんて我ながらマメなことをしているとは思う。
 数年は親に連れられて墓参りにきた。その後、道子の両親は引っ越していき、縁遠くなったのもあってか親には連れてきてもらえなくなった。そのさらに数年後には俺の家も引っ越し墓が遠くなったっていうのに、それでも毎年墓参りを続けているのはあの世の道子に呪われるのが何となく怖かったからだ。
 そんな迷信も程なく晴れたが、その頃には別の信仰に捕らわれていた――それはすなわち、あれだ。
 日常を崩すとロクなことがないというヤツ。
 年に一度のものでも習慣付いた行動を変えてしまうとロクなことがないような気がして、ずるずると年に一度の墓参りを続けている。
 聞く人が聞けばそんな気持ちならしない方がましだというかもしれないが、少しくらいは素直にヤツの冥福を祈ろうって気持ちくらいはある。



 道子の命日は夏休み間近の七月十三日。
 晴れてうんざりするような暑さは既定されているようなものだ。曇ったら多少はましだろうが、おそらく暑さにはほとんど変わりない。雨だったら移動するのがことだ。
 ヤツの墓があるのは鷹北ニュータウンからも南西に数キロはあるところだ。
 現在の俺の家からは西に数十キロある。休みの日なら地道にチャリを飛ばして来てもよかったが、平日だと時間がかかるのであまりいい方法とは言えない。
 大体がバスで家と墓のおおよそ中心にある高校に通ってるんだ。放課後一度家に戻ってチャリを飛ばすよりは、そこからさらにバスに飛び乗った方が遥かに効率的だ。
 キンと冷房の効いたバスは天国のようだった。最寄りのバス停で降車した瞬間からは地獄だ。温度差もあってより暑さを感じているのか、遠慮のかけらもなくどばっと汗が噴き出す。
 墓は小高い丘の上にある。数分登っただけでシャツが汗で肌にへばりつく感触を感じた。流れ落ちる汗をぬぐうハンカチは本日二枚目。もう一枚くらい持ってきてもよかったと思うほどじっとりとしている。
「狙いすましたかのように晴れるよな、くそ」
 ぼやきながらとろとろと歩く。晴れてようが曇っていようが雨だろうがどのみちぼやくことにはなる、うんざりする坂ではある。
 気分は山登りだ。
 永遠に続くかのように思える坂道も実のところそこまで長くない。多く見積もっても二十分もあればたどり着ける距離だ。
 例年通りにバケツとひしゃくを借りて、中里家代々之墓にたどり着く。そこにはもうすでに誰かが参ったあとがあった。
 花を供えて水をかけて、線香を焚き、手を合わせる。
 生前の所行からすると怪しいもんではあるが、一応は天国に行ったんじゃないかと思う道子の冥福を祈って、身を翻す。
 道中で借りた物を返すと、あとは行きよりは遥かに楽な下り坂。することを済ませてしまえばますます身は軽い。
 神妙さとはほど遠い軽やかさを持っていた俺の足は、残念ながら途中で止まった。
 立ち止まると爽快感がぴたりと止まって、汗がだらりと垂れる。それをぬぐいながら俺は目の前に立ちふさがった障害物を見下ろした。
 それをわかりやすく表現すると、仁王立ちになったお子様。身長は俺の膝ほどで、実際のところ障害物とは言えないような存在だ。
 俺は決してロリコンじゃない。それでもその子供は愛らしいと表現するしかない。どの辺がと言われても困るが。
 くりくりとした瞳。耳の後ろで二つに結ばれた髪にはピンクのリボン。ふっくらとした肌は子供特有の弾力を持っていそうだった。
 年なんて見ただけでわかるほど子供に詳しくない。仕立ての良さそうな白いブラウスにチェックのスカート。通園カバンを斜めがけにしている。三歳、四歳、五歳……いや、六歳ぐらいか?
 ――さっぱりわからない。わかるのは幼稚園児だか保育園児だかその違いは俺にはわからないが、義務教育前の女の子だろうって事だけ。
 顔の造りも整っていて、まあだから現実的じゃあちっともないが、あと――そうだな、十年後……いや十五年後くらいか? それくらいに出会っていればさぞや美少女に育っているだろうし、それくらいだったら通せんぼされたときに心躍る展開を予測できるかもしれない。
 が、現実は膝下に達するか達さないかってガキが一人、今度は必死に両腕を横に伸ばしているだけだった。保護者の姿はなく、一人きり。
 墓参りに飽きて、一人遊びにも飽きて、通りがかった俺を遊び相手にでも勝手に任命したらしい。
 右によけても左によけてもその前に立ちふさがってくるんだから邪魔くさい。
 だけど思わず右に左に相手を翻弄することに夢中になってしまう。いかにも必死で、可愛らしくはあるからな。
 道を外れて歩き始めたらどこまでも追ってきそうな気配。可愛い顔を必死に怒らせて、目を細めて俺を見上げるのはむしろ微笑ましい。
 物騒な世の中だから深く関わり合いになって妙な誤解をされると困るんだが。汗だくになりながらの反復横跳びにしばらくするとむなしさを覚えて、俺は仕方なく動きを止めた。流れる汗をぬぐいながらため息を一つ、子供を見下ろす。
 子供の方はじいっと俺を見上げて――というか、睨みつけてきている。左右に逃れようとしたのがまずかったのか、どうやら敵対心を抱かれたらしい。勝手に遊び相手にされて勝手に敵対されても困るんだけどな。
 懐柔しようかとカバンの中からガムを取り出し、差し出す寸前に止めた。ちびっ子にミントガムはどうかと思うし、それこそ物騒な世の中だからな。
 中途半端に差し出した手を引っ込め、ガムをポケットに突っ込む。
「なあ、おじょーちゃん」
 威圧的にならないように俺はひょいとかがみ込んだ。
「おにーちゃんはそっちに行きたいんだけど駄目か?」
 頬が引きつるのを自覚しながら微笑んで、せいぜい優しく声をかける。
 幸いお子様は怖がるようなことはなく、逆に顔を近づけてきやがった。無造作な動きに俺の方が驚いて身をすくめてしまう。
 しゃがみこんだ中途半端な態勢が崩れ、バランスを取るのに苦心している間にお子様は踊るようにくるりと反転した。
「しゅーね?」
 顔半分振り返った第一声は舌足らずなもの。
「あん?」
「たばたしゅーすけ?」
「なっんで俺の名前を知ってるんだ?」
 子供は俺の問いかけには答えずに数歩前に進んだ。
「ついてきて」
 幼いながら有無を言わせない口ぶりで俺に言い放って先にゆく。ただ呆然とお子様の後ろ姿を見つめていると、気付いたのか振り返り顔をしかめてきた。
 精一杯顔をしかめられたところで、可愛いとしか言いようがない。
「ついてきて、ってゆってるでしょー?」
 が。舌足らずな声で命令されると可愛いとばかり言ってられない。
「なんでだよ」
 まともに付き合うのは馬鹿らしい。それでも言うことを聞いてしまったのは、何故かこの子供が俺の名前を知っていたからだ。
 目的のバス停と方向が一致しているってことも理由の一つ。
 お子様との距離感は掴みかね、保護者に見とがめられたらどうしようかと思いつつ、半歩後ろを進む。もう少し後方の位置どりの方がいいかと思ったが、子供をストーキングしていると思われたくはない。
 懸命に歩くお子様に対して俺はとろとろとした歩みを続ける。歩幅の違いは歩くスピードに大きく影響する。軽そうな子供だからいっそ抱えてやればいいのかもしれないが、ますます誤解されそうなことを進んでする気にはなれない。
 早いところ再び快適なバスに乗りたかった。ちらりと時間を確認するともう数分で帰りのバスが来る頃合いだ。
 そろそろ解放されていいと思う反面、フルネームで呼ばわれたことも気にかかる。
 行きの倍ほどは時間をかけて坂を下り終えた。結局途中でバスが通り過ぎるのを見て、逃れることを諦める。
 お子様は息を整えながらカバンを開けた。中から取りだしたのは驚くべきことに携帯電話だ。
 最新機種のそれは子供の手にするにはあまりある物だと思うってのに、お子様は危なげなくそいつを操作した。
 ボタンを押して、耳に当てる。
「わたしよ。まわして」
 しばらく待った後に舌足らずな単語をいくつか告げると、お子様はそれを再びカバンにしまい込み俺を見上げる。
「ちょっとまって」
「君は俺に何を求めてるんだ」
 それよりも何故俺の名を知ってるんだ、そう聞く前に俺を絶句させたのは生でお目にかかったことがないリムジンだ。
 車体は白く、とにかく長い。ぴったりと俺達の前で止まった車からは運転手が降りてきた。
 黒いタイトスカートとベスト、白いブラウスは長袖で、その上手袋まで着けている。グラマラスな女性だが、眼鏡の形状と髪のまとめ方が堅い印象を醸し出している。
「お待たせしました、お嬢様」
 見た目のままの真面目な声と共に彼女は恭しくお子様に頭を下げ、そのことに呆然としているうちに今度は目の前のリムジンの扉を開いた。
「はいって」
「ちょ、ちょっと待て?」
「長時間の停車は他の車に迷惑です。どうぞお入り下さい」
「うぉあっ?」
 驚きすぎてどう抵抗していいのか思いつかないうちにお子様はしびれを切らしたのか俺の後ろに回って膝の裏を押した。
 両足に同時はないだろう。みっともなく俺は態勢を崩し、リムジンに片手を置いた。
「何をするんだ!」
「さっさとはいってってゆってるのっ」
 十は年下のお子様の暴挙に大人げなく怒鳴るのも無理ないと思う。下手すりゃ今、頭ぶつけるところだったぞ。
 俺の怒りなんてお子様はお構いなしにぐいぐいとさらに俺を押す。
「どうか、中にお入り下さい」
 お子様のことは腹立たしいが、真面目っぽいおねーさんに丁寧に促されると心は動く。一生に一度くらいリムジンなる物に乗るのも経験かもなと思い直し、素直に入り込んだ。
 外の暑さと隔絶された冷ややかな快適空間。
「おくへ、いって」
 舌足らずで偉そうな命令がなければ可愛らしいと言えるお子様に促されて奥に進み、隣にちょこんと彼女が座るのを確認する。
 丁重な動作で運転手の女性が扉を閉じ、しばしして運転席に座り込むと緩やかに車が動き始めた。
 俺はテレビでしかリムジンなる物を見たことがないし、高級な代物で中が広いということくらいしか知らなかったが実際この車は広い。
 後部席は運転席と仕切られていて、しきりの真ん中に窓がある。その下には薄型のテレビが備え付けてあった。
 やけに弾力性のあるシートの座り心地はよく、中央には高級そうな空気を醸し出す、つややかに光る木製のテーブルがある。
 法定速度を律儀に守ったようなゆったりした速度でリムジンは進んでいく。車体の大きさは通れる道を選ぶらしく、墓地前の細道を抜ければ見知った主要道の南下を開始した。
「――それで、どこまで行くんだ?」
 ひとしきり車内を観察した後珍しい物への興味が薄れれば、ようやく問いつめる気力が沸いた。
 俺を高級車に詰め込んだ張本人は隣でふんぞり返って腕を組んでいる。声をかけるとちらっと俺を見上げて、お子様は組んだ腕をほどいた。
「いえ」
「――なんでだ?」
 いえって、響きからすると家、つまり自分の家ってことか?
 普通にリムジンを呼び寄せるお子様の家ってどんな豪邸だよおい。
 問いかけに返答はなく、仕方なく次の問いかけをひねる。
「大体どうして俺の名前を知ってるんだ?」
 連れて行かれる先も気になるが、市内の中心部に向かっていることだけは疑いようがない。次に気になるのはやっぱり、初対面のくせに名前を呼ばれたことだ。
「……あとで」
 返答はあったが、満足に至るにはほど遠い。かたくなに引き結ばれた唇が今は何も言う気はないと語っているように思えた。
「だからだまってて」
 強引に俺のことを連れて行こうとしている上に、この命令口調だ。全くかわいげのないガキ――そうは思うが、子供相手にムキになるのもばからしいから俺は黙って窓の外に視線を移す。
 相変わらずゆったりとしたスピードでリムジンは進んでいる。市内の中心街をぶち抜く通りを過ぎて、線路を越える。やがて左に曲がって狭い路地に入った。
 駅の南側はかつて城下町の中心で、武家屋敷が立ち並んでいた辺りだっていう。ちょうどその辺りは今でも昔からの旧家が軒を連ねていると小学校の頃に習った。
 実際のところ、現在は今風の民家も建ち並んで微妙な佇まいのある地区になっている。新しいんだか古いんだかよくわからず、何となくもったいない。
 立派な門構えの屋敷にリムジンが近付くと、リモコン操作らしく門扉が自動で開いていき、中に入り込んだリムジンは緩やかにスピードを落とし、やがて止まった。
 先ほどと同じく運転手の女性が扉を開け、入った順番とは逆にお子様が先に飛び出し、俺を手招きする。今度は最初から素直にそれに従って、俺はリムジンから退散した。
「車を止めて参ります」
「あとでおちゃ」
「かしこまりました」
 恭しい女性に対してどこまでも偉そうにお子様は命じると、とんとんと数段の階段を登った。
 俺は馬鹿みたいに屋敷を見上げた。旧家は旧家だと思われるが、日本屋敷ではなく明治時代にでも建てられたような旧式の洋館だ。
 お子様はそこだけは何故かハイテクな装置に手のひらを伸ばし、扉を開ける。指紋認証らしい。
「どーぞ」
「あ、ああ」
 促されて抵抗せずに屋敷に入り込んだのは、反射的な行動だった。
 玄関――というか扉を開けるとすぐに広がるホールには段差がなく、靴のままで中にはいるのかと思ったが、お子様はマットの上で靴を脱ぐように俺に指示した。
 そして「ついてきて」と数十分前と同じことを言って屋敷の奥に進む。奥とはいえホールの左右にある階段の右の方に向かって、昇っただけだが。
 戸惑いつつその背を追うと、やがてお子様は一つの扉を開けた。
 二間続きの洋室は、おそらくはこのお子様の自室だ。柔らかく毛足が長いご立派な絨毯が敷いてあって、同じように立派なソファセットとテーブルがある。応接間と言ってもいいような部屋だが、そこかしこに子供らしいぬいぐるみが置いてあった。
 ウサギやら犬やら熊に始まって、どう考えても男の子向けの怪獣のぬいぐるみまで。ゲーセンかどこかで見たことがある、ちゃちなフェルトの物まである。
 立派な家具に似つかわしくない物が転がってるなんて子供部屋としか思えない。納得いかないのは、この部屋が俺の部屋より広くてさらにはベッドがないことだ。
 奥に見える扉の先が寝室なんだろう。どんだけでかい部屋を使ってるんだこのお子様は。
 世の中はなんて不公平なんだ。俺だってこれくらい部屋が広ければ色々と夢が膨らむってのに。
「すわって」
 世の不条理を嘆くことをお子様の声で止めて、俺は促されるままお子様の正面に座り込んだ。
「納得できる説明は聞かせてもらえるんだろうな?」
 お子様に主導権を握られるのは気に入らない。少しすごんで見せながら、だけどすぐに後悔した。
 義務教育前のお子様に理路整然とした説明なんて無理だろ。
「もちろんよ」
 だが内心後悔する俺になんて気付かずにお子様はあくまで偉そうだった。
 大きな椅子にちょこなんと座る姿と、胸を張って腕を組んで不敵な表情を見せる姿に大きなギャップがあり、妙な違和感を感じる。
 お子様は今一度俺のことを上から下まで凝視した。
「あなたはほんとーに、たばたしゅーすけよね?」
「あ? 今ここで違うって言ったらどうするんだよ」
 俺の反応にお子様は不機嫌に顔をしかめた。
「なまいきなことゆってないで、こたえて」
「生意気なのはどっちだよ」
 ぼやいたものの、子供相手にムキになるのはばからしい。再び自分に俺は言い聞かせた。
「そうだよ、俺の名前は確かに田端修介だ。で、おじょーちゃんは? 人の名前を聞く前に自分で名乗るべきだってパパやママは教えてくれてないか?」
「すがうらこばと」
 俺の言い方が気に入らなかったのか、じっと俺を見据えてではあったがお子様は素直に口を開いた。
「それで、そのこばとちゃんが何で俺の名前を知ってて、自分の家にまで連れてこなければならなかったんだ?」
 今度の問いには返答がない。お子様は目を伏せ、隣の椅子に座らせてあったぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。ごつくて原色の多い怪獣の人形は、可愛らしい女の子には似合わない。
 ただ動作だけは愛らしくはあり、何と言っていいのだか途方に暮れかける。
「怒ってるワケじゃないぞ? いきなりのことにびっくりしただけで、えーと」
 訳がわからなかったもんだから語調が強かったかもしれない。俺は努めて柔らかい口ぶりを心がける。
「なんでなのか、知りたいだけなんだ」
 な、と微笑みかけてみてもお子様はさらにきつくぬいぐるみを握りしめるだけだ。
 本気で途方に暮れて、俺は室内を見回した。
 想像しようとしてみても、とっかかりが一つもない。俺の生活圏は市内でも北の方で、この屋敷がある南に来るのなんて小学校以来だ。
 それもこの屋敷の少し北にある鷹城に遠足できたのが最後だと思う。同じ市内とはいえ、鷹城市は広い。このお子様と俺との接点を思いつくのは不可能に近いことだ。
「……わたしは」
 ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめていたお子様はしばらくためらう様子を見せた。先ほどまでの偉そうな様子から一転、ひどく言いにくそうな口ぶり。
「なかざとみちこのうまれかわりなの」
 やがて口にした一言は驚くべきもので、俺はかくんと馬鹿みたいに大口を開けてお子様のことを見返した。

2006.06.17 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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