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第二話 お子様の語る身の証明

 余りにも衝撃が大きすぎて、何をどう言ったらいいのか考えることすらできなかった。
 お子様はまっすぐに俺のことを見据えて、再び偉そうに胸を張っているが何も言わない。
 年に一度の恒例行事でも、その帰り道に起こったイレギュラー。お子様なんぞにかまわなければよかったし、いくら強引に誘われ、珍しさに後押しされたからってリムジンに乗り込むんじゃなかった。
 それこそが俺の厭う日常を崩すことに他ならず、結果やっぱりロクでもないことになってしまった。
 ――道子の生まれ変わり、だと?



 俺は呆然とお子様を見つめ、お子様も何も言わずに俺を見ている。二人の間に横たわるのは沈黙だけだった。
 きりきりと緊張の糸は引き絞られ、それは扉のノック音で緩んだ。
 お子様の返答の数秒後にやってきたのは――先ほどの、運転手の女性だと……思う。
 いまいち自信が持てないのは、彼女ががらりと印象を変えているからだ。
 一つは眼鏡が姿を消していることであり、さらにはまとめられていた髪がふわりとおろされているからでもある。度肝を抜いたのはゴテゴテしくなくてこざっぱりとしてはいるが、その――なんだ。彼女がいわゆるメイド服なるものを身につけているからだ。
 メイド服の定義なんてよくわからないが、黒いワンピースに白いエプロン。グラマラスなボディラインは先ほどの女性のものであり、なによりも「失礼します」と一言呟いた声は聞き覚えがあった。
 別の意味で衝撃を受ける。
 彼女は俺の驚きなんてお構いなしに平然と俺とお子様の前にカップを置き、ポットからお茶を注いだ。
 すっと角砂糖の乗った皿とミルクピッチャーを置いたところからするとどうやら紅茶らしい。
 彼女は一礼してしずしずと下がっていった。
「のんで」
 再び二人きりになり、口火を開いたのはお子様だ。 勧めるだけ勧めて、自分はもうカップに角砂糖を三つも入れ、ミルクをたっぷりと注ぎ込んでいる。
 俺も遠慮なく紅茶をごくりと飲んだ。熱いお茶が気持ちを落ち着かせてくれた気がする。
「どういう冗談だ?」
「じょーだん?」
 一息ついて、ようやくまともな反応を返せた俺にお子様は顔をしかめた。猫舌なのかふうふうとカップを吹いていた口をそのまま不機嫌に尖らせて目を細める。
「ざんねんながらね、ほんとなの」
「そう言われてもだな」
「しょーこだしてっていわれてもむりだよ。わたしのきおくしかないから」
 舌足らずな口調なのに、言うことだけはしっかりしている。口ぶりも思い返せば道子に――いや、いやいや待て。待てよ、何をお子様の遊びに付き合って信じかけてるんだ。
 ようやく求める温度に達したのかお子様はようやく紅茶をこくりと一口飲んで、疑わしげに自分を見る俺を見て口の端を上げる。
 その表情は、遠い記憶の中の――今を思うとどうしようもなくくだらないいたずらを思いついたときの道子と、妙にだぶった。
「それでもよかったら、いくらでもゆってあげる。しゅーのひとにはしられたくないかこ」
「ちょっと待てーっ」
「ん?」
 愉しげな表情でお子様は俺のことを見上げた。
 待てなんて声をかけたもののどう言葉を続けるべきかはさっぱりだ。
 さっとカーテンを開けるように……あるいは上から順に引き出しを開けていったように、忌まわしい過去が思い出されたのはお子様の道子な笑みの効果だろう。
 ヤツがくだらないことを思いつけば、その貧乏くじを引かされるのは間違いなく俺なのだ。
 条件反射のように背中から冷や汗が吹き出て、お子様から逃れるように椅子に深く腰掛ける。
「なんだ、その、人に知られたくない過去って」
「どれがいいかなあ」
 知られたくないような過去なんて俺にはそうない。
 その上愉しそうに思考を巡らすお子様が本当に俺の過去を知っているとも思えないのに、何故かやたらと緊張してしまう。
 似合わないにやにや笑いが深まるのと、お子様が口を開いたのはほぼ同時だった。
「おとまりほいくのよるに……」
 その切り出しが記憶のどこかに引っかかった。
「っな!」
 半分歌うような口ぶりにもだし、お泊まり保育だと?
 あれは年中だったか年長だったか――今となればあやふやだが、俺と道子は同じ保育園に通っていて……っと、思い返している場合じゃない。
「しゅーはくらいのこわいとかゆって、はんべそでとなりにねてたわたしのことをこっそりおこしてきたよね」
「何でそんなことをーッ」
 普段と違う暗い保育園が怖かったんだって。いやマジでマジで。寝ているだけだったら気にせずに済むが、夜中にトイレに行きたくなったら――怖いだろ?
 五つだか六つだかの頃は家のトイレでさえ夜中は怖かったさ。
 そう――お泊まり保育はクラスのメンバーを五人ずつくらいのグループに分けてたんだ。俺と道子は同じグループで、ガキの頃だから男女の別なく同じホールでグループごとに固まって雑魚寝した。
 きっかけさえあれば記憶は簡単に蘇ってくる。
 逆に言えば、きっかけさえなければ頭の奥深くに眠り続けていただろう事柄でもある。
 問題発言をしたお子様は、その発言が俺に与えた影響を観察するかのごとく沈黙を守って俺を見ている。
「何年前の話だよオイ。一体誰からそんな話を聞いたんだ?」
 当事者の俺でさえ忘れきっているような出来事だ。
 ――確かにお泊まり保育の晩に隣で寝ていた道子を起こした気がする。薄暗いホールでむくりと二人起き出して……そう、俺はびくびくしてたが、道子は平然としたもので、半分ヤツに引っ張られるような形で廊下に出た。
 そこには宿直の――あー、ええと。
「さゆり先生か?」
 思い出した名前を口にするとお子様は眉を寄せる。
「なんでせんせーのなまえがでてくるの?」
「俺がお泊まり保育の時に道子とホールを出たなんて、他に知ってるの先生くらいだろ」
 常識的に考えると十年くらい前の園児の行動を先生が覚えてるかどうか怪しいもんだ。だが当事者は三人だし、このお子様が道子の生まれ変わりだというよりかは、さゆり先生が覚えていてこのお子様に話したって方がよっぽど道理が通っている。
 道子に巻き込まれる形で、俺もなかなか目立つ方だったからな――。
「むぅ」
 お子様は不機嫌に顔をしかめた。
「わたしがなかざとみちこのうまれかわりだってゆってるのに」
「はいそーですかって簡単に信じられるわけないだろ」
「かわいくなぁい」
 それを言うのはこっちの方だと言うよりも早くお子様は頬を膨らませて、俺を睨み上げる。
「だったら!」
 そして、口火を切った。
 ――内容は微妙に胸をえぐる痛ましい俺の過去だった。くだらないと言えばくだらないが、余りにも愚かで幼すぎる自分の行動を人の口から聞くと――なんつうんだ、やたらイタイ。
 可能な限りお子様から離れようと思ったが、すぐ背はソファの背もたれで無駄だった。
「……それから」
「ま、待て」
「うん?」
 運動の後でもないってのに口から出た声は疲れ切っていた。俺の顔色を確認してにんまり首を傾げるそのお子様は……少なくともその中身は、非常に信じがたいことだが道子なんじゃないかと信じるしかなかった。
「わかった、信じたくないが信じる。頼むからそれ以上は止めてくれ。夢に見る」
「さいしょからすなおにそうゆえばいーのに」
 白旗を揚げた俺に対し、道子の生まれ変わりだと嫌な手で証明してきたお子様は満足げな笑みを見せる。
 お子様が言ったことにはどう考えても俺と道子しか知らないようなことが含まれていたのだ。道子が生前誰かに語っていた可能性は否定できないが、こうまで見事に俺の嫌な思い出だけをあれこれこのお子様が収集できたなんて考えるよりは、残念ながら本気でお子様が道子の記憶を持っているのだと思わざるを得ない。
 記憶の戸棚をいくらひっくり返してもこのお子様と道子の顔は似ていないが、浮かべる表情はひどく似ている気がするし……。
「そんなこといきなり言われてはいそーですかなんて言えるかよ」
 憎まれ口を叩いてお子様を観察する。
「数年で生き返れるほど、お前の人生は善行にまみれてたとは思えないんだが」
「ぜんこう?」
「わからんのならいい」
 生まれ変わりというよりは、いたいけなお子様のことを乗っ取ったって方が道子らしい。まあ、生まれ変わりだろうが乗っ取りだろうが、非常識な事実に違いはないわけだが。
 まあ、外国には生まれ変わりななんとかっつー僧侶がいるとかいないとか昔テレビで見た気もするし、この日本のどこか……北の方だっけか、人の霊をおろすような職業の方々がいるとか何とか聞いたこともある。
 非常識だが、そんなことを俺でさえ知っている以上ある程度はあり得る現象なんだろう。
 頭を振って現実を理解したふりをして、俺は腕を組んだ。
「それでその、道子の生まれ変わりさんが俺に何の用だ?」
「こばと」
「は?」
「すがうらこばと。こばとのほうがかわいい」
 ……可愛いからこばとと呼べってことか?
「あーはいはい。それでこばとちゃんは俺に何の用があったんだ?」
 軽くいなすような俺の言葉に微妙な表情を浮かべたお子様こと、道子の生まれ変わりこと、こばと――小鳩、あたりだろうか?――は結局満足することにしたらしく軽くうなずいた。
「やりわすれたことがあるの、だいじなこと」
「――それに俺を巻き込もうって辺りが……」
 その辺が、このお子様が道子だという証明の一つにはなるんだろうが。
「それに俺が付き合う義理はないだろ。高校生ってのは忙しいんだぜ」
 俺の言葉にお子様は中身が道子だという事実も忘れそうなくらい頼りなさそうな顔で、少し目を細めてぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる。
「なかざとみちこがしぬちょっとまえのことは、よくおぼえてないの。だからしゅーのたすけがいるの」
「その辺りのことはあんまり覚えてない方が身のためだと思うが」
 俺はこのお子様のためを思って親切で言ったつもりだが、中身である道子は不満だったらしく俺を睨み付けてきた。

2006.06.22 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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