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第三話 お子様の大事な探し物

 道子は交通事故で死んだ。ひき逃げだった。
 八年前の七月十三日。天気がいい一日。俺は日直で、授業の合間には黒板を消したし、放課後はクラス日誌のようなものを書かなければいけなかった。
 日誌なんて小じゃれた言い方をしても、時間割とやった授業の内容のようなもの、一日の感想なんぞを書く程度のものだったように思う。その程度つっても、小学校低学年の当時はたいした重労働のように思ってたが。
 忘れないうちにと休憩時間に授業内容は書いていたし、一日の感想を書くのだって十分くらいで終わるだろう。
 俺はあの日、いつも一緒に帰っていた道子に少し待ってもらうように伝えた。
 ――そして、その十分を待てなかったのが道子だった。
 待てなかった理由が「見たいテレビがあるから」だったか。何とか戦隊デイドリッガー。よくある五人でリーダーが赤いアレの再放送があるから待てないとヤツは言ったのだ。
 あの日の放課後、ランドセルをしょって身を翻した道子は「帰るッ」と声高に俺に告げた。
 道子が好きなのはその戦隊のヒーローではなく悪役の方で、どぎつい色合いの衣装を身につけた悪幹部がえらくお気に入りだった。
「いつか世界を征服してやる」
 その影響でそんなことを言い出した道子はどこまでも本気で、幼き日の俺はその片棒を担がされるであろう自分の不運を呪ったね。
 想像力たくましく、そのことを知った警察がいつの日か俺を捕らえに来るんじゃないかと想像すると気が気じゃなかった――ってそんなことはどうでもよく。
 悪幹部の何とか様が大活躍する回だから見逃せないのだと、道子は俺を見向きもせずにうきうきとした足取りで立ち去っていった。
 実際問題、俺が一声二声かけたところで道子は待ってくれなどしなかっただろうけど、後で訃報を聞いてえらい後悔をしたもんだ。
 俺が止めていればとも、日直じゃなければとも――。
 ともあれ、俺が生前の道子を見たのはそれが最後で、後で聞いたのはテレビの時間に間に合わないとでも思ったのか通学路をショートカットした道子がひき逃げにあったのだという事実だった。
 それ以上の事柄は俺の心理を慮ってのことだろうな、特には聞いていない。また、聞こうと思えなかったからそれ以上も知らない。
 犯人が捕まったかも知らなければ、捕まったかどうか不明の犯人のその後もわからない。



 中身があのかわいげがなかった道子だとしても、まさか「お前はテレビを見るために普段通らない道を渡ったからひき逃げされたんだ」なんて正面切って言うことなんて俺にはできなかった。
 幼い日の俺にとって道子は暴君だったが、今思えばあの時の道子は小学校二年生でしかなかった。
 お子様の中身が道子だとしても、小学生に生々しい事実を告げられるわけない、だろう?
 間違った反応だとは思わないのに道子の生まれ変わりこと小鳩は俺をじっとりと睨み付ける。
 相変わらず悪役趣味らしい、かわいげのない形をしたぬいぐるみも小鳩に抱きしめられながらデフォルメされた感情のない目を俺に向けている。
「わたしは、こまるの。こまってるの」
 同じ年頃だった頃は驚異であったはずの眼差しに耐えていると、しびれを切らしたらしいお子様は不機嫌な声を出した。
「俺に言えることはそうはない」
「いじわるっ」
 そんな風に唇を尖らせられてもだな。
「昔の話を蒸し返したところで何の意味もないだろ。前世の自分の死に様が気になるとしても、聞けば聞くだけ気が滅入るだけだと思うぞ」
「そういうことじゃないもん」
「そういうことだろが。ひき逃げた犯人が気になるかもしれないが、知ってどうするんだよ。復讐――仕返しでもする気なら、やめとけ」
 自分で言っておいて、復讐という言葉にびくりとする。
 もしかして、まさか……その為に見も知らないお子様を今更乗っ取ったとかいわねえよなコイツ。
 八年後の命日って辺り時期を逸してるような気はするが、「仕返し」だなんて生前の道子のことを思えばあり得そうな気がしてくる。
「やめとけ、それはマジでやめとけよ道子。お前が本当に生まれ変わったんだってんならそんなことはすっぱり忘れて新しい人生を謳歌すべきだし、知らないお子様に乗り移ってるんなら宿主の一生に傷を付けるのはよろしくないだろう」
「わたしはそんなばかなことしないもん」
 慌てて言いつのる俺を見るお子様は妙に冷静に呟いてくれた。
 瞬く大きな瞳は俺の言葉をどこか不審がっている。
「そうなのか?」
 俺の問いかけに彼女は一つうなずいた。幼い顔に浮かんだのはほんの少し皮肉な笑いだ。
「なかざとみちこもおもしろかったけど、すがうらこばともおもしろいの」
 他にも何か続けたそうに口をもごもごさせたけど、結局お子様は何も言わない。
 何を言いたかったのか気になるが、気にしても言ってもらえないのは分かり切っている。
「それならいいけどな」
 子供だからひどいことを考えないと信じるには近頃痛ましい事件が続いてるが、道子は復讐と言ったって警察さんのお世話になるようなことはしそうにないと思う。
 それでもきっぱりと言い切ってもらえると安心した。
「しゅーはわたしをなんだとおもってるの」
 小鳩はぷうと頬を膨らませた。
 小さな暴君で、世界征服を狙う悪の使いだ――と、子供の頃なら思わずぽろっと言ってしまったんだろう。
 あの頃よりは格段に成長した俺は誤魔化すことを覚えた。さあどうだろうなって軽く微笑んで肩をすくめる。
「何を助けて欲しいんだ?」
 これが大人の余裕ってヤツだ。誤魔化すなと突っ込まれる前に先手を打つと、軽く彼女は乗ってくれる。
 にっこりしてぬいぐるみを放り出すから中身が道子とはいえ恐れる必要はないと認識する。
 一緒に成長していたら激しく驚異だっただろうが、今では精神年齢も実年齢も俺が上だ。言い負かされる心配はない――って、お子様相手に喜んでも意味はないけど。
「やりわすれたことがあったの」
「うん」
 年長者の余裕でゆったりとうなずいて、小鳩の言葉を促す。
「さがしものがあるの」
「探し物?」
「だいじなものなの」
「――はぁ」
 大事な、とか言われてもね。
 道子の大事なものなんて見当もつかない。ヤツの遺品のその後も、もちろん俺にはわからない。
 一部は確か一緒に火葬されただろう。それこそこの部屋に溢れかえっているようなぬいぐるみの一部は一緒に天に昇ったはずだ。
 全部が全部ってわけにいかないだろうから、残りは道子の両親が大事に引っ越し先に持っていったのかもしれないし――あるいは。
 八年も経ってるんだもんな、おじさんやおばさんが道子の遺品を処分したという可能性だってありうる。
 大事な娘の生きた証を大事に取っている可能性の方が高いだろうけども。俺の前に墓参りに来たのはきっと道子の両親だろうし、平日なのに俺の前に来たってことは仕事を休んだりしたのかもしれない。
 道子の生まれ変わりだっていうこのお子様が、先に俺を発見したことは喜ぶべきなんだろうな。
 そんなに想像力を働かせなくてもいきなり現れたお子様に「貴方の娘の生まれ変わりなんです」と言われた時、おじさんやおばさんがどう思うかは何となくわかる。
 八割方怒り狂うだろう。しんみりと娘の墓参りに来たときに生まれ変わりだなんてふざけるにも程がある、と。
 俺にしたのと同じようにそれを信じさせることに成功できるとしても、それまでにこのお子様がどれだけひどいことを言われるか――想像すると何となくかわいそうになってくる。
 道子は俺にとって暴君だったが、その生まれ変わりと名乗る小鳩は暴君というよりも守ってやりたくなる愛らしさを持っている。年下だから、だろうな。
 幼い分純真で、そういう反応は想像してもないだろうさ。
 どこに引っ越したんだか知らないが、家の親に聞けば道子の両親の居場所はおそらくわかるだろう。
 その家には道子の「だいじなもの」があるかもしれない――だが、その場合道子の言う「だいじなもの」を下さいなんておじさんやおばさんにどうやって言うんだ?
 ……そんなこと、無理がある。
「しゅー?」
 考え込む俺を見上げ、お子様は不思議そうに首を傾げた。
 付き合うつもりもなかったのに、ごまかしついでに変なこと聞かなければよかった。
「なあ、道子」
「こばと」
「そうだな……道子、お前が自分のことを小鳩だって言うなら、道子のことなんて忘れたらどうだ?」
「どーゆーこと?」
 言いたいのは、お子様にわかるように説明するのは骨が折れるようなことだった。実際のところお子様にわかるように以前に、普通に説明するのだって俺は苦労するだろう。
 生まれ変わり――あるいは成仏し損ねて人の体を乗っ取った幼なじみに対して何をどう言っていいものか。本屋を探しても図書館を探してもその為のマニュアルなんてないだろう。
 そういったものを信じる宗教ってヤツがあるのなら、その教団にはあるかもしれないが。
 世界にあり得るかもしれない情報が流れてても、実際我が身に迫ってみれば明らかに戸惑うだろう。だって、生まれ変わりだぞ?
 道子の中身なのに外見は違う。端から見て道子とは縁もゆかりもない別人で、別の名前を持っている。道子にも親はいるが、それはこのお子様――小鳩だって変わらない。
「しゅー?」
 いつまでも何も言わない俺にお子様は業を煮やしたようだった。
「しゅー、どーゆーこと?」
 重ねて俺の名を呼んでじっとこちらを見る。
 俺の頭で考えつく全てをそのまんまお子様に言ってしまうのは抵抗があった。
 道子の両親が妙なことを言うお子様に怒り狂う可能性は否定できず、その際にお子様がショックを受けたら痛ましいし。
 逆に娘の生まれ変わりと喜んだ場合に、お子様を引き取ろうなんて行動に出たらこの小鳩の両親はどうするんだよとか。
 ぐるぐると同じことを何度も考えてみたって、気を回しすぎているだけのような気もする。実際に行動に出なければどう転ぶのかわからないし――わからないからって、実験してみたくないよな、こんなこと。
「なあ、小鳩」
「うん」
 心持ち、身を乗り出して俺はお子様に手を伸ばした。
 きょとんとする彼女の頭にぽんと手を下ろす。
「大事な探し物って言うけど、それ探すのは止めとこうぜ?」
「どうしてよ!」
 目をいっぱいに見開いて、叫び声が返答だった。
「どうしてって――、おじさんやおばさん、引っ越してるしな。俺も引っ越し先は知らないし」
 家の母上様に聞けばわかると思うんだけど――普通に本音を隠して問いかける。自分が薄汚い大人になったような錯覚。
 小鳩はさらに目を見開いた。
「どーしてとーさんやかーさんがかんけーあるの?」
「あ?」
 それから不審そうに変化した眼差しが俺を射抜く。
 関係あるの? って、お前。
「道子の大事な物だったら、おじさんやおばさんが家に保管してるんじゃないか?」
「ぜったい、ない」
「断言かよ」
 ぜったいないんだもの、お子様はそう言って頬を膨らませた。
「だからべつにとーさんやかーさんはいいの」
「いいの、って」
 会いたくないのか、ってーのは会わせたくない俺の心境からしたら言いたくても言えない。
「さっきみたしね」
「み、見たのかッ?」
「うん」
「うんってお前――」
 いや、まあ、なんつうか。
 気を回しすぎた自分が馬鹿みたいに思えるくらい、あっさりとうなずかれても。
「声はかけ……いや、そうじゃなく。えーと、なんだほら」
「なに?」
「あー。おじさんやおばさんが持ってないもんを探すのに、何で俺に声かけるかな」
 気を回しすぎた不安は解消されても、逆に今度は我が身が不安になる。
「しゅーしかわからないから」
「は?」
「わたしは、よくおぼえてないの。でもぜったいやったでしょ?」
「何をだよ」
 よく覚えてないという割に、確信に満ちた言葉。
 道子は思いついたことは大抵実行に移している。死ぬ少し前の記憶があやふやでも、やろうと思っていたことを覚えていたらやったと判断してもおかしくない。
 それが何かを言わないで当たり前に聞かれても困る。八年も前のことだ。俺だってそんな昔のことよく覚えちゃいない。
 他ならぬ道子のことがあったせいで、俺だってまあ落ち込んだり色々あったしな。
「タイムカプセル、うめた……でしょ?」
 上目遣いで心配そうにお子様は首を傾げる。
「タイムカプセル……?」
「そ」
「あー、そういや、そんなことあった気もするな」
「いっしょにほりかえすって、ゆった」
「――そーだな」
 忘れ去っていた事実もきっかけさえあれば何となしに思い出すもんだ。
 偉そうに胸を張って、銀色のでかい缶を抱えた道子の姿がおぼろげに脳裏に浮かぶ。
「それが大事な探し物なのか?」
「だいじってゆった。やくそくしたもん」
 どうやら俺が思っていたよりも道子のヤツは義理堅かったらしい。死んでもなお、当事者の一方である俺が忘れきってた物を掘り返すことを忘れていないとは。
 まさかそう来るとは思っていなかったわけで、俺は思わず絶句した。

2006.06.26 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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