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第七話 眠るお子様、新たなる暴君

 結論を言わせてもらえば、タイムカプセルは見つからなかった。
 当事者の記憶があやふやな状態で、適当に理由をつけて目をつけた場所を手当たり次第に掘り返して、目指すものが見つかっていたらそっちの方が驚きだ。
 時計を見たら五時ちょっと過ぎのことだった。穴掘り見物に飽きたお子様が完全な熟睡モードに移行したのは。
 下校時間が近いことも言い訳に穴掘り作業を切り上げて、その場をあとにした。
 職員室に挨拶しに行くにーちゃんに変わってお子様を引き受けて、代わりにシャベルを返してもらって。
 降りた位置で再び恭しくリムジンに迎えられた。
 静かに走り出すリムジンの車内でお子様をにーちゃんに渡し終えて、ふうと一息をついた。
 そこで。



「しまった」
 ――気付いた。
「うん?」
 お子様の頭を膝の上、柔らかな微笑みを浮かべていたにーちゃんが首を傾げる。
「あー、おねーさん。悪いけど引き返してッ」
 俺はにーちゃんを無視して仕切りの間の窓から必死に呼びかけた。
「防音されてるから、聞こえないよ。どうしたんだい、しゅーくん?」
「その昔懐かしげな呼び方はやめてくれ――じゃなく」
「うん?」
「職員室で適当にそれっぽいモノを見繕うつもりだったんだ」
 俺は口早に説明しながらトントンと仕切りをノックした。
「止めなさい」
 それを止めたのは硬質な響きを得たにーちゃんの声だ。優しくお子様をなでていた手が俺の右腕を掴み、無視できないくらいの力がこもる。
「見繕う? それは君、小鳩を騙そうとしてるの?」
 ちらりとにーちゃんを見ると、冷たくこっちを睨んでいた。常に浮かんでいた笑みが消えると、なんというか――ちょっと怖いんだけど。
「そうでもしないと、納得しないだろ」
「そんなことをしたら僕が納得しないよ」
「多少嘘をつくことは必要だみたいに、アンタだって言っただろうが」
 にーちゃんは片眉をちょっと上げた。
「それとこれとは話が別、だねー」
 柔らかいように見せかけて、意外と強情っぽい人だったらしい。少しばかり悪意の見える笑みの形に口が歪む。
 これまでの数時間の印象を覆されて少しばかり混乱した。原因は俺なのかもしれないが……。
「アンタ、猫被ってたのか」
 お子様の目がない、っていうのも原因じゃなかろうか。その指摘をにーちゃんは否定しなかった。
「何考えてるんだ?」
 未だに捕まれたままの腕を振り払って、俺は半目でにーちゃんを睨む。
 考えてみれば、このにーちゃんは最初から言動がおかしい。年の離れた妹が「私が誰それの生まれ変わりなの」って言った時に、それを証明してみせろと言うなんて変わってるどころの話じゃない。
 ――それを強引に信じさせられて協力させられている俺自身のことは、この際棚に置こう。
 つかみ所のない表情でにーちゃんは俺から視線を外した。一瞬お子様のことを愛おしげに見つめて、それから窓の外にそれる。
「もうすでに言ったよ。主張するならそれを証明しなさいと、小鳩に言ったと」
「子供の空想だと切って捨てればいいだろ」
「そりゃ、僕だって前世がお姫様だったのとか言われれば聞き流すだろうけどね。それだったら、子供がよく言いそうなことではあるよ」
 でもね、鷹北に住んでいた中里道子だったんだなんて。
 ほんの少し柔らかさを取り戻した声でそう呟くと、にーちゃんは意味ありげにたっぷりの間をとった。
「市の南部に住んでいる五歳児が、遠く離れた鷹北ニュータウンの存在を知っているとしたら、信じるに足る根拠にはなるんじゃないかな?」
「そんなことを聞かれてもだな」
「小鳩は聡い子だからね。それなりにそれなりなことを言ったのかもしれないとは思ったけど――信じたいと思ったんだよね」
「それならわざわざ証明しろなんて言わなかったらよかったんじゃないか?」
「信じてしまうには突飛すぎるし、期待して作り話だったら――ね?」
 ね、じゃないだろね、じゃ。
 笑顔でもなく、とはいえ怒っているわけでもなく、にーちゃんの横顔は何とも言い難い具合になっている。
「だったら、どうだって言うんだよ」
 うまい切り返しが思いつかなかった。
「小鳩は聡い子だからね」
 何気に兄馬鹿な言葉を繰り返されてもわからんっつーに。
 憮然とした俺の顔が目に入ったのか、しばらくぶりににーちゃんの顔に笑みが戻る。さっき変貌のあとでは非常にうっさんくさいモノにしか見えなくて、逆に怖いが。
「僕が喜びそうな作り話をしたのかと思ったのさ」
「……アンタは、あれか。超常現象やらに興味がある人か」
「何でだい」
 わざとらしい驚いた様子でにーちゃんは目を見開いた。
「僕は至って常識的な人間だよ。まあ――多少変わっているとか、人を騙すのが好きだとか、人をおもちゃにしすぎだとか言われるけどね」
「全然常識的に聞こえないんだが」
「気のせいだよ」
 無意味にさわやかな笑顔でにーちゃんはきっぱり言い切った。
「退屈な日常にちょっとしたスパイスを添える、そういう人間になるのが目標なんだよ」
「俺とは真っ向から主義が反してるようだな」
「そうなのかい?」
「退屈な日常が延々と続くのが、幸せなことだと俺は思うな。だから早いところこのお子様を納得させて、俺はごくふつーの日々に舞い戻りたいんだが」
 だから引き返してもらえないか、って。
 妙な問答をしている間にニュータウンからは大分離れてしまったけど言おうと思ったときだ。
「無理だね」
 それを制するようにはっきりきっぱりとにーちゃんは言い切った。
「偽のタイムカプセルを準備しても、僕が小鳩にバラスよ?」
「なっ」
 笑みは笑みでも、悪魔の笑みだ。在りし日の道子を思い起こさせる、そんな笑み。
 アレか、道子は同じようなメンタリティーの人間の近くに生まれ変わったのか。そうなのか?
「怒るだろうねえ、小鳩」
「脅しかそれはッ」
「まさか。純真な子供を騙すことなんてさすがの僕もできないから本当のことを言うしか……」
 形だけ取り繕っても、無駄だっつーの。
「そんなにタイムカプセルにこだわらなくていいだろ。これじゃあまだ証明に不十分だとでも難癖つけて他の証拠探しでもしたらいいだろうが」
「証明方法としてタイムカプセルにこだわったのはこの子だよ。僕としては方法は何でもいい――僕さえ納得できたならね」
「それだったら見逃せよ」
 そういう問題じゃないんだよねえとにーちゃんは笑う。
「それだとこの子が納得しないでしょ?」
「アンタは、タイムカプセルなんかで道子の生まれ変わりって話が納得できるのか?」
「納得できないね」
「だったら見逃したって問題ないだろ」
「あとでそれが知れたら小鳩が怒る、それは困るだろう? 君も、僕も」
「別にそんなことは、ない」
「目が泳いでるよ」
 くつくつとにーちゃんは意地悪く笑い、じっと俺のことを見た。
「君は中里道子に相当弱いみたいじゃないか。なんだっけ――」
 今日であったばかりの人間の口から、俺の忌まわしい過去のあれこれがいくつも飛び出すなんて悪夢だ。
 記憶を探るように遠い目でにーちゃんは次々に語る。それはそのまま昨日の繰り返し。お子様が言ったのとほとんど変わらない過去のオンパレード。
 呆然として、ぐうの音も出ない俺のことには最初ッから気付いていたんだろう。絶対。
 だけど一通り言い終えてからにーちゃんはようやく俺の様子に気付いた素振りを見せる。
「顔色が悪いよ?」
「なっ、何でそんなことを知ってるんだーッ?」
「小鳩が起きる」
 にーちゃんはしぃっと口元に指を立てる。
 幸いにしてお子様は起きる気配がなく、俺はにーちゃんを睨み付けた。
「なんでって、小鳩に聞いたからに決まってるじゃないか?」
 その分だと、本当のことらしいねえ。笑ってにーちゃんは続けた。
「形にこだわらなくても、そういった細かいことで僕は納得できたんだけど」
「納得できたなら見逃せよ? っつーかとっくにそれ納得してたのか? してたんだろ?」
 深まる笑みが俺の言葉を肯定する。
 どこの何がどうこの男に納得させていたんだかさっぱりわからんが、はっきりとわかるのはこの男が俺をおもちゃにして遊んでいる、って事実だろう。
 さっき自分でそんなこと、言ってたしな。
「僕はもう納得してるんだから、今度は小鳩を納得させてあげないと不公平だろう? 証明云々より何より、小鳩自身がタイムカプセルのことは気にかけてたんだよ。絶対埋めたはずだし、掘り返さないといけないってね」
「それに付き合うアンタは暇人かッ」
「いやいや、これでも忙しい合間を縫ってだね――」
 止まる気配もなく進むリムジンの中で俺はつかみ所のないにーちゃんに挑み続ける。道子に似たメンタリティーとよく回る口と頭脳に勝てないと悟るまで。
 空恐ろしい男だった。道子が――というか、小鳩がと言い替えるべきか?――成長したらまさにこんな感じになりそうだという見本のような。
 繰り返されるイタイ過去の話にやりこめられて諦めたときには自宅目前。運転手のはなさんとやらが車の扉を開けてくれた。
「というわけで、しゅーくん。これからも色々、よろしくね?」
 にーちゃんは非常に満足げな笑みで俺をリムジンから追い出した。うさんくさい笑顔にうなずけるほど素直じゃない。
「これから何をどうよろしくするっつんだ」
「その辺りはこれから要検討だね」
「そんなもんしてくれなくてかまわないんだが」
「いやいや、そういうわけにもいかないよ。大丈夫――とんでもない毎日でも続けば日常になるから、君はちょっとだけ主義を曲げてしばらく付き合ってくれたらいい」
 恐ろしいことを平気でのたまって、反論を許さないとばかりににーちゃんは目の前で車の扉を閉じてしまう。
「失礼いたします」
 運転手さんはにーちゃんの失礼な態度とは全然違う丁寧さで頭を下げて、運転席に戻っていった。
 後部座席でいまだ寝たまんまのお子様を膝の上にのせて、明るい笑顔でにーちゃんが手を振るのが忌々しい。
 見送る気もないのにリムジンの去っていく姿をなんとなく目で追ってしまったあとで俺はため息を漏らした。
 道子の生まれ変わりと、それを疑いもせず証明しろなんて言ってのける変わり者――ある意味最強のコンビに振り回されるのがデフォルトになる、だと?
 見つかる確率が激しく低いタイムカプセル探しを延々と続けることが日常になるのか――、もしかしたらそれに飽きた小鳩がやらかす他の何かに巻き込まれる羽目になるのか?
 暗雲たれ込める未来のことはよくわからないが、ロクでもないことになるのが間違いないのは予言してもいい。
「マジかよ」
 我ながら力ない呟きを漏らして、同じく力ない足取りで門扉をくぐって玄関まで歩きながら俺はもう一つ予言を追加した。
 冥福を祈るべき道子が生まれ変わってるんだ。金輪際、道子の墓参りに俺が行くわけがないってことをな。

END
2006.07.12 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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