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番外編 お子様とクリスマス

「つかまえるの!」
 その言葉は例によって、突然俺にもたらされた。
「何をだ?」
 びくりと身を震わせてしまうのは、半ば条件反射。そうなるのも仕方ない程、俺はこのお子様に振り回されている。
 菅浦小鳩というのがお子様の名前だ。かわいらしい名前に見合う程度に見てくれも愛らしい。よくは知らないが、ブランド物のような凝った服を着ている。
 ギャザーの入ったスカートに、お洒落なふわふわのセーター。肩よりやや下まである髪は左右に分けてくくってある。
 俺の部屋の真ん中に堂々と居座って、お子様はジュースを飲んでいる。寒いっていうのにガラスグラス、氷もたっぷり入ったオレンジジュース。ここはお前の家なのかと問い詰めたくなるようなくつろぎっぷりだ。
 正直、宿題をする目の前でそのくつろぎっぷりはご遠慮したいし、高校二年は幼児には想像がつかないくらい忙しいんだと激しく主張したい。
 が、何度主張しても無駄だったんだな、これが。お子様相手の終わらない水掛け論は、三度経験したらもう嫌になった。小鳩は理屈で言い負かせない。言い合いになって泣くようなお子様じゃあないが、言い合っている現場を目撃すると色んな方向から俺に攻撃が返ってくる。
 かーさんは「小さい子をいじめるな」と言ってくるし、お子様の父親の若作りひねくれにーちゃんは自分の子供の守をしている俺に何の恩義も感じてないじゃないかってくらい皮肉の効いた言動をしてくる。
 周り中敵だらけの気分だ。かーさんは小鳩の愛らしさにめろめろだし、にーちゃんははもちろんお子様には超絶甘い。
 俺は今度は何に巻き込まれるのか、戦々恐々とお子様をじっと見る。お子様はすぐには口を開かない。俺が恐怖するのをじっくりと確認している節すらある。末恐ろしいお子様だった。
 夏に小学校の校庭をひたすら掘り返させられた思い出が蘇ってくる。理由なんか忌まわしくて思い返したくもない。
 捕まえるなんて、何をだ。その言葉にはなんだか不穏な響きがある。お子様の考えることだ、きっと恐らくは……激しくろくでもない事なんだろうと思うが。
「小鳩、何を捕まえるんだ?」
 言ってくる気配がないのならば、嫌でも聞かねばなるまい。聞こうが聞くまいがこのお子様が俺を巻き込もうとしてくるのは間違いない話だ。そうであるならばあらかじめ聞いておいた方が、心構えが出来ていい――と、信じたい。
「わかんないの?」
「全然」
 小鳩はふふんと胸を張った。このお子様が俺の部屋にやってきてまだ十五分も経っていない。その間お子様は、俺にジュースを持って来させてひどく満足げに飲んでいただけだ。
 「しゅー、いる?」「ジュース飲みたい!」短い時間にお子様が口にしたのはたったそれだけ。沈黙の後で「つかまえるの!」なんて言われてもさっぱり分からない。
 俺を責めるかのように見上げるお子様の視線に動じずに見つめ返してやる。見つめる相手が小学生にもならないお子様だなんて、誰かに見られたらロリコン扱いだ。
 お子様の眼差しは俺が嘘をついているんじゃないかと探るようなもの。残念ながら、見当もつかないので俺は平然と受け止めてやった。
 眼をそらさないようにだけ気をつければ事足りる。視線をそらした日には鬼の首を取ったかのように「やましいからめをそらした!」と言われることは確実だ。
 眼が乾燥しそうなくらいの努力はお子様が諦めたことで報われた。
「しょーがないなあ」
「で、何を捕まえるんだ?」
 しょうがないのはこっちだと言いたいところだ。興味があるフリをするのも楽じゃないんだぜ。俺の努力なんて知る由もないお子様はあくまでも偉そうな態度を崩さない。
「サンタ!」
「――は?」
「サンタクロース! つかまえるの!」
 お子様はぐっと身を乗り出した。
 考えてみればクリスマスまであと数日。サンタを捕まえるなんてのは言い過ぎにしても、会いたいと考える子供は多いだろう。
 客観的に見れば、キラキラと丸い目で俺を見上げるお子様は無邪気そのものに見えるだろう。主観的に言わせてもらうと、悪魔に首根っこを捕まえられた気分だ。
 小鳩が言い出したら聞かないのは、これまでの経験で嫌でもわかっている。嫌だと一言を言えば、ぼろぼろ泣きながら階下へ走り去るだろう。
 「しゅーがいじめるのー」とか何とか言いながらな。結果、割を食わされるのはいつも俺だ。
 それが本気で泣かせたんだったら俺が悪いが、嘘泣きだぞ? 俺は内心で大きくため息を吐いた。
「どうやってだ?」
 どうあがいても小鳩の横暴さに勝てそうにはない、それが歴然とした事実なのが憎らしい。
 もうすっかり、それなりにやる気があるふりをするのにも慣れてしまった。
「あのねー」
 お子様はお子様なりに考えていることはあるらしい。義務感での問いかけだとも気付かず、にこにこと口を開く。
「サンタさんはえんとつからくるでしょ?」
「ああ」
「でもうちにえんとつないの。だったらね、まどからくるとおもうの」
 この辺りは子供の言いそうな想像の範囲内。だけど小鳩はここからが違う。
「どうやって捕まえるんだ?」
 その問いかけに心底楽しげににっこり笑う様だけは愛らしい。
「あのね、わたしのへやのまどのところに、ねばねばさせるの」
「ねばねば?」
「そう! あのね、ごきぶりつかまえるやつ!」
「――よく思いついたな、そんなもん」
 このお子様的にはあり得る話だった。そのねばねばをどうにかして手に入れるのが俺に課せられた使命ってわけか。
「あとね」
「って、まだ続くのか?」
 もちろんだよとお子様はこくり。
「まどにろーぷでひっかける」
「地味にえげつないなそれ」
「パパはしたいことはなんでもするべきだっていってた」
「……どういう教育方針なんだ、それは」
 わがまま娘を増長させること言ってどうするんだあのにーちゃんは。手放しで何でもやらせてたら、そのうち人様に後ろ指さされるぞこのお子様は。
「がびょうもおこうかなあ」
 子供の無邪気さだと笑って許せるレベルを超えはじめている気がするが、それも教育方針のたまものなんだろう。
 考えてみれば、このお子様のサンタ役はこのお子様の父親がするのに違いない。そうするとあれだ。これはいつも虐げられている鬱憤を晴らすいい機会なんじゃないか?
 直接何かすれば倍する報復が返ってくることは間違いないが、可愛い娘の行動にはあのにーちゃんも強く出れないに違いない。
「しゅーはどうしたらつかまえられるとおもう?」
 その事実に思い至った俺はそれなりに真剣に考えた。さすがに画鋲は凶悪だが、ねばねばとロープをベランダだけじゃなく部屋の入り口にも付けるように主張してみる。
 窓からじゃなく、にーちゃんは当然普通に入り口から入るだろうからな。
 あとはまあ、バナナの皮を廊下に……とか、かな。
 ――もっとすごいのを考えて実行したいところだが、そうなると俺の助言がバレてしっぺ返しが来そうだしな。
 俺が珍しく本気で乗り気なのを悟ったお子様はご機嫌で、俺もクリスマスの夜に響き渡るにーちゃんの悲鳴を思うと楽しい気分になってくる。
 その楽しさが一気に恐怖に変わったのは、イブの夜のサンタ捕獲作戦に協力しろだなんてお子様が言い出した時だ。
 いや待て、夜中に娘の部屋に男が侵入するなんてあのにーちゃんが許すわけがないじゃないか! 相手が子供だからなんていいわけに耳を貸すような人じゃないだろあの人はー!
 しかもサンタを捕らえる手伝いに入り込んだなんて俺に矛先が向くだろッ!
 俺の心の叫びなんてお子様は知ったことじゃない。
 冷や汗をかく俺にお子様はじりじりと迫ってくる。俺は呆然とそれを見下ろすしかなかった。
 断ればお子様の反撃とかーさんの制裁、断らなければにーちゃんの報復が待っている。めまぐるしく頭の中で計算、どっちを選んでもろくなことにならないのは言うまでもない話で。
 俺はどうしていいか判断できず、いつまでもいつまでもお子様のことを見つめ続けた。

END
2006.12.18 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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