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番外編 雪の朝

「ぐへっ」
 そんな間抜けな声をあげて、俺は唐突に目覚めることになった、というのも。
 人が安眠をむさぼっていたら、突然腹に重みを感じたのだ。思わず声を上げたことで起きたのはばれているかもしれないが、何事もなかったかのように再び眠りに入りたいと思うくらいにその犯人は明白だった。
 目覚ましが鳴ったら気付くはずだから、普段起きる七時より前であることは確実か。だとしたら何故だろうと疑問がわく。
 ――これは、金縛りか?
 俺は希望的観測でもって前言を翻してみる。
 いや待て、金縛りというよりは悪夢の一種だという方が正解か。
「しゅー!」
 だが希望はあっさりと潰えた。腹の重みがトタバタと動いて肋骨の上まで来る。反射的に口から蛙のつぶれたような声が逃げ出した。
「おーきろー!」
 現実か、コレが現実か、リアルってヤツなのか。
 俺は諦めきれずに寝返りを打って誤魔化すが、寝返りの勢いで体勢を崩した犯人はトストスと背中を叩き始める。
「しゅー! おきてるのはわかってるぞ、てをあげろ」
 それは一体どこの刑事ドラマだ、そう突っ込みたい気はするがここでそれを口にすると負けだ。俺は出来るだけ身動きしないように心がけ、むにゃむにゃ寝言を言うふりをする。
 相手はお子様だ。多少の誤魔化しは効く――と思う、多分。幸い背中への攻撃もお子様の力ではそう効果はなく、多少痛いが我慢できる。
「しゅーしゅーしゅーしゅーしゅーしゅー」
 俺は耐えた。耐えに耐えた。
 だが耳元でひたすら延々とささやかれて屈した。どれだけ悲しい気持ちで起きたふりをしたのか、この心境をぜひどなたかにわかって頂きたい。
 渋々目を開けると、ふわふわの白いタートルネックに、裾にレースのあしらわれたジーンズという、いつもながら無駄におしゃれげなお隣のお子様の姿が見える。
 起きあがると途端に寒さを感じ、俺は毛布を体に巻くようにしてお子様から顔をそらす。
「……おはよう」
 本当に言いたいことは山ほどあったが、言ってしまえば負けだ。ろくでもないことが先に待ちかまえているとしても、少しでも先延ばしにしたい。
 無難に挨拶を口にすると、お子様は案外素直におはよーと返事をする。さりげなく携帯を手にとって時間を確認すると、まだ六時。外はまだ薄暗く、普段このお子様が起きるような時間とも思えない。
「ゆきだよ、ゆき!」
「は?」
「ゆきふった! つもった!」
 一体こんな時間になんだと聞くべきか聞かざるべきか迷っていたら、お子様はあっさりと理由を口にする。
 ベッドに乗り上がって俺の腹を踏み、その先の窓に掛かるカーテンをばっと引き、俺はお子様の言葉が真実だと知る。
「あー、ほんとだ」
 どおりで昨日の晩から寒いはずだ。そういや、週間予報で週末は雪マークが付いてたか。時々見かけるが、いざ当日を迎えると雨のことが多かったが――そうか、今日は降ったか。そして積もったか。
 お子様の次の言葉が悲しいことに容易く予想でき、俺は心の中で泣いた。雪という存在に心を躍らせていたのは俺がこのお子様くらいの頃までだ。
 何でまた土曜の朝から降り積もってるかな雪のやつも。せめて平日に降ってくれればこんなことも……いや、平日でも朝っぱらから襲来してくるか、こいつなら。だとすれば休みの朝に積もってくれたことを神か仏か何かに感謝すべきなのかもしれない。
「雪だな、積もってるな」
 お子様と同じようなことを繰り返すと、満足げな笑みが返ってくる。
「で、朝イチで何の用だ小鳩」
 想像はつくが、それが正解とは限らない。気の回しすぎでないことを祈るのが半分、思ったよりもひどくないように願うのが半分。
「ゆきあそびするの」
「そーか」
「はやくじゅんびして!」
 人の予定も聞かずにお子様はきっぱり言い放つ。予想どおりの言葉に予想どおりの内容で、今のところ祈りも願いもどこにも通じなかったようだ。
 ――問題は、外に出たあとどんな無茶を言い出すかだ。
 そうだな、雪合戦くらいなら付き合ってもいいだろうが、雪だるまを作れは勘弁願いたいな。このお子様が普通の大きさで満足するわけがないから、想像するだけで気が滅入る。
 俺はお子様を部屋から追い出して、手早く身支度を調えた。こうなることを予想したかのように食べやすいおにぎりを用意してくれていたかーさんに感謝しつつ朝食をつまみ、コートを着込んで外に出ると窓から見たとおりに雪が積もっていた。
 二センチ――いや、三センチか。雪だるまなんて言われたら、かなり厳しいな。
「雪合戦でもするか?」
 先んじて口にすると、コート・帽子・手袋の三点セットを身につけた防寒仕様のお子様がふるふると頭を振る。
「雪ウサギでも作るか?」
 ふと思いついて口にするも首が横に振られ、俺は雪だるまを覚悟してお子様の宣言を待った。
「かまくらつくるの! なかでおもちやく!」
「は?」
「かまくら!」
 予想外の一言に間の抜けた声が口をついた。馬鹿みたいに白い息が空に昇るのを目で追ったのは、現実逃避。
 今何つったこのお子様は。
 かまくら?
 ――かまくらだと?
「いや無理だろそれ、明らかに雪足りねえだろ」
「かまくら! つくるの! おもちやくの!」
「餅くらい家で焼こうぜオイ」
「かまくらでやくの!」
 頑として意志を曲げないお子様の目は真剣で、言い負かすのは……無理だ。俺には不可能なミッションであると経験が告げている。
「そうか、かまくらか――作り方は?」
「ぱぱがしらべてくれた!」
 俺の問いかけにお子様はそつなくネットを参照したらしい紙を差し出して、逃げ道も断たれ俺は再び心の中で泣いた。この涙で雪が溶けたらいいのに。
 てゆか、いつも思うんだが俺を付き合わせるんじゃなく父親を付き合わせろよ――って言うのも無駄なんだよな。
「そうか……」
 溜息のあとに泣く泣く紙を手に取った俺は仕方なく作業に身を乗り出し、数時間後やはり雪が足りずかまくらではなく泥まみれの雪山を作り上げることになるのだった。

ものかき交流同盟 様の30分小説、テーマ「雪だるま or かまくら」に参加した作品です。一時間半超えましたがorz

END
2008.01.26 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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