IndexNovelチョコとバナナの黄金律

チョコとバナナの黄金律 1

 篠崎は甘いモノが好きだ。
 どれくらい好きかというと、一人で喫茶店でパフェを食べることにほとんど抵抗がないくらい好きなようだ。
「でもなー」
 篠崎はパフェ用の長いスプーンをぴょこんぴょこんと振った。
「周りの視線が突き刺さるのは遠慮したいワケよ」
「なるほど」
 放課後、午後五時半。学校から歩いて十五分のところにある喫茶店。住宅街にある店だけど、同じ学校の制服姿がいくつも見える。
 定休日は月曜日。まあ、それなりに儲かってるんだろうなーと思う。
 甘い物が好きな女の子は多いし、うちの学校から徒歩圏内。夜は軽食も出すとなれば、近隣の学生アパートに住む大学生もお客としては見込めるだろう。
 昼間だってご近所の奥様方がやってくるかもしれない。
 店内はアンティークな雰囲気。選び抜かれたであろう調度がちょっとした特別な空間を作っている。
 この雰囲気が好きな女の子も、やっぱり多いらしい。「喫茶Milk Cafe」の名前は校内で有名なんだよね。
「知らない奴らなら気にしないことにするけど。さすがにね、俺もこんなに近場だと……な?」
 篠崎が頼んだのはチョコパフェだ。
 よく見るパフェのガラス容器の一番下にはシリアル、その上に生クリーム。チョコとバニラのアイスの層が何段か重なって、今度は生クリームとバナナが重なり、さらにたっぷりの生クリームが山盛りになって、たっぷりのチョコソースがかかっている。最後に飾り用のバナナとウエハース、山のてっぺんには赤いチェリー。
 うん、なんというか見るからに激しく甘そう。
 それを長スプーンで食べている篠崎は、甘いパフェとは無縁そうな見てくれだけどとても幸せそうだ。
 どの辺が無縁なのか聞かれても、「なんかイメージが違う」としか答えようはない。
 篠崎は陸上部のホープで、成績優秀。なかなかカッコイイとくれば、そこそこおもてになるわけですよ。
 それなのに甘党。一人で喫茶店でパフェ食べても平気って、ちょっとなんかずれてると思う。
「だからって、私と一緒でもねえ」
 私が頼んだのはケーキセットだ。これは篠崎のおごり。
 部活が終わるやいなや、「付き合え」なんて言われたときは目を見張ったわよマジで。
 わざわざタイミングを見計らって言ったように思えたもんだから、危うく誤解するところだった。
 おいしいって評判だから一度でいいから食べにきたかったんだって、篠崎は言った。普段なら一人で食べに入っても平気だけど、さすがに顔見知りに遭遇する確率が高そうな店に一人は遠慮したかったんだって。
 すぐさまそう説明されたら、誤解なんてする暇もない。
「一人だと悪目立ちするんだって」
「二人でも変わらないと思うけどね」
 私はこっそりと周囲を見回した。私たちが座ってるのは店の一番奥のテーブル席。私が壁に背を向けて、篠崎がその正面。人目を避けてるつもりかもしれないけど。
 そもそも、背が高いんだ篠崎。私もそこまで低くないけど、それでも十五……いや、二十センチくらいは違うかな。聞いたことはないけど、百八十近いと思う。
 それだけ背が高いイイ男が注文したのがパフェだけって、いくら壁向いて食べてても結構目立つと思う。
「いや、大分違うって。俺の気の持ちようとかが」
「無理があると思うけどなー」
 篠崎が食べているチョコパフェに対して、私の前に鎮座ましましているのは抹茶のロールケーキ様とお紅茶様。
 慎ましやかなロールケーキに比べて、絶対パフェの方が目立つと思うんだけど、まあ。本人が気にしないのならいいか。
「私としては、ありがたい話だけどねー」
 篠崎は食べるのが早い。それでも絶対量が違うから、私はロールケーキをちまちまと崩してゆっくりを口に運ぶ。
 生地にも巻き込まれたクリームにも抹茶が含まれてるらしくて、全体的に淡いグリーン。緑は私の好きな色だ。
 物心ついたときに一番好きだった色はエメラルドグリーンだったからね。何でふつうの緑じゃなかったのかは不思議だけど、きっとエメラルドって響きに何かを感じたんだろう。うわ、なんか嫌な子だそれ。
 ケーキはこぶし大の大きさで、厚みは親指の幅くらい。ゆるーく泡立てられたクリームがかけられてて、ケーキの甘みを考えたものなのかな? 甘みがなくてちょっと物足りない。ミントの葉っぱが添えられて、かわいらしい。
 ケーキを崩してクリームをつけると、とてもおいしい。
「うん、うまー」
「幸せそうに食うなあお前」
「幸せだもんさ」
 そりゃあ私だって甘いモノは好きだもの。
 でも悲しいかな高校生。うちの学校はバイトは禁止されてないけど、私はバイトと部活と勉強を掛け持ちできるほど器用じゃない。
 小遣いオンリーで過ごすためにはそう滅多に外食なんてできなくて、外でお茶なんて夢のまた夢。
 普段食べるケーキはスーパーで売ってるパックケーキ二個入りがせいぜいだ。こんなちゃんとしたお店でかわいらしいケーキが食べられて幸せじゃないわけがない。
「そういう篠崎だって幸せそうだよ?」
 お行儀悪くフォークを篠崎の目の前に突きつける。
 パフェの征服率は三分の一弱と見た。半分くらい生クリームの山を残してそろそろ現れ始めたアイスを、篠崎は素早く掘り返してはスプーンで口に運んでいる。
「そーか?」
 その動きはどこか飢えてるみたいにせわしない。篠崎は一瞬動きを止めて軽く首をかしげた。
 いやあ、本気でイイ男と思うんだけどさ。食べてるのがパフェって締まらないわー。
「そんなに焦って食べるくらい飢えてるなら先に軽食行けばいいのに」
「腹は減ってるが、晩ご飯前だろ」
「うわ、痛いことを思い出させるね」
 ロールケーキはとてもおいしい。小腹も満たされ大満足。
 食べたら太るとわかってても、家に帰ったらいつも通り晩ご飯食べちゃうんだろうなあ、私。デザートはやめておかなきゃ。
「疲れてるときには甘いのが一番なんだよ」
「パフェは行き過ぎと思うけどね」
「好きなんだからいいだろ」
 憮然として、篠崎は再びせわしなく動く。
「せっかくだから味わえばいいのに」
 頼んだメニューの質量は明らかに篠崎の方が多いのに、征服率はなぜかどっこいどっこい。
 そこそこ有名なお店だし、ロールケーキもおいしい。きっとパフェも当たりだろう。私にケーキセットをおごってまで食べたかったパフェなんだから、もうちょっと味わえばいいと思う。
 篠崎は私の言葉を聞いて、なぜかふーっとため息を漏らした。
「いいか、浅本」
「うん」
 続く真剣な声になんとなく姿勢を正す。
 さっきの私みたいに長いスプーンを私に突きつけて。
「アイスは溶けきらないうちに食う、これは基本だろ」
 それ、真顔で言うことじゃないと思うけど。
「いいか、シリアルはカリカリしてるのがいいんだ。溶けたアイスで湿気たら食感が台無し」
「はあ」
 いやまあ、気持ちはわからないでもない、かも。
「あえて言うならだ、アイスを食べきった後に残してある生クリームを絡めて食うのが最高と俺は思うね」
「なるほど」
 篠崎が甘いモノ好きなのはよーくわかってる。それにしたってすごい語りっぷりだ。
 うなずいたものの、何がどうなるほどなのか自分でもよくわからない。
「いつか私も試してみるよ」
 実際、篠崎のパフェは言ったことを実行する気満々で生クリームが半分残してある。確かにちょっとおいしそうな気がしてきた。
 現実にパフェを食べる機会なんてそうはないけどね。頭の片隅にメモしておこう。
「ま、いつかとは言わず」
 篠崎は再びせわしなくアイス掘りを再開しつつ、食べる合間に呟いた。
「また付き合ってくれ」
「一度でいいんじゃなかったの?」
「別のところでもいいけどな」
「それなら一人で行けばいいでしょ。いつも行ってるんでしょ?」
 とうとう篠崎のスプーンはシリアルを掘り当てた。それに生クリームを絡めて、彼はため息一つ。
「いやまあそーなんだが」
 スプーンの中身を口にして、これまでと倍する速度で咀嚼する。甘いモノを食べたはずなのに、篠崎はなぜか苦い顔。
「……ここのパフェは噂以上にうまいな」
「なんか予想外の味って顔に書いてあるように見えるけど」
「気のせいだ」
 でも、なんか表情が固いけどなー。話している間にアイスが溶けて、湿気ちゃったかな。
「チョコとバナナの比率が最高にいかしてると思うね」
「そうなの?」
「完熟バナナだぞ、これ」
 篠崎は生クリームの山からバナナをほじくり出して、にっと笑った。
「ほれ」
「ええっ」
「食ってみ?」
 何の気なしに篠崎はそのバナナスプーンを私に差し出した。
 唐突になんてことを!
 しかし目の前にエサを差し出されたら、口を出さないわけにはいかない。
 ぱくりと飛びつくと、篠崎は自分でやったのにびっくりしたような顔で私とスプーンを見比べた。
「うわー、ためらいなしか、おい」
「驚くくらいなら差し出さないでよ」
「いやそうなんだがー。なら、ついでにシリアルも食ってみる?」
「いいの?」
 おうよとうなずいて、篠崎はシリアルにたっぷりの生クリームをつけて再び私に差し出してくれる。
「やっぱりクリームは甘いのがおいしいと思うわ」
「なんか、小鳥にエサやってる気分だ」
「誰が鳥だ」
「ん、お前」
 容赦なくきっぱり断言をされるとさすがにへこむ。でも人が食べてるのを見たら食べたくなるじゃない。
 差し出されたら食べるのが礼儀ってもんじゃない。
「お前誰にでもそんなことしたら駄目だぞー」
「しないわよ」
 というか普通はスプーンであーんなんてしないから。皿ごと渡して「はいどうぞ」だから。
「篠崎も誰にでもしちゃ駄目よ? 誤解されるから」
 もう一度篠崎はため息をついた。
「それをカケラも誤解した素振りのない浅本に言われてもなー、なんかなー」
 そんなことをぶつぶつ言いながら、パフェの残りをつついている。
「せっかく人が親切に忠告してるのに」
「ありがとよ。まあ、また今度暇なときでいいから付き合ってくれ。次はイチゴパフェが食いたい。浅本も次はパフェいけ、パフェ。マジうまいから」
「私は篠崎さえいいなら、喜んでくるけど」
 もちろんおごるぞ、の言葉に否やを唱えるワケがない。現金だとでも俗物的だとでも好きに言えばいい。
「人目を気にしてるんだったら、いつも行ってる他の店に行ったらいいんじゃない? その方が倍行けると思うけど」
 私なんかにおごるよりはその方が断然効率的。
 篠崎は「だーっ」と漏らした後、ぶつぶつ文句を言った。
「何か間違ったこと言った?」
「それはある意味非常に正しい意見だが……」
「だが?」
「今度はイチゴとバナナの比率について確認したい」
「そんなことを真顔で言われても」
「確認したいと言ったらしたいわけだ。てなワケでまた今度付き合え」
 なんだか篠崎の目が据わってる。
 怖いので反射的に深くうなずくと、普通に戻ったけど。
 篠崎の甘いモノ好きは相当なものらしい。いくらバイトしてるからってパフェを食べるのに千円以上かけてもかまわないくらいに好きだとは恐れ入るわ。
 私は「ゴチになりマース」と呟いて、仕事をなし終えたフォークを皿に置いて、紅茶のカップに手を伸ばした。

2006.10.03 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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