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チョコとバナナの黄金律 5

 授業中にひたすら考えた。
 結論を出したくないってことは、イコール篠崎と縁遠くなるのは嫌だってことだ。
 接点は部活中だけで、基本男子と女子は分かれて活動しているんだから、私が断った結果篠崎が私を避けたら簡単に近づけなくなってしまう。
 そんなの嫌だって思った。それだけははっきりと言い切る自信がある。
 井下の言うとおり、多分私は篠崎のことが好きなんだろう。好きか嫌いかの二択で好き。それに普通が加わった三択でも、多分好き。
 好きって気持ちの中身が友情なのか恋なのかは、はっきり分からない。でもとにかく縁遠くなるのは嫌だった。篠崎はいいヤツだし、一緒にいるのは快適。甘いものについて語る彼の顔は、つくりが良くて普段はかっこよく見えるのに、その時だけは子供っぽく可愛らしく見えて、ギャップが面白いし。
 ――篠崎と話せなくなるのは嫌だ。
 来年は受験生、夏の終わりには部活も引退することになる。勉強で忙しくなれば、仲直りの機会さえ得られないかもしれない。
 どうすればいいのか、さっぱりわからなくなった。
 篠崎の求めているものと、私の求めているものが同じかどうか分からない。だから単純にはうなずけない。
 でも、返事は近いうちにした方がいいと思う気持ちは変わらない。
 授業は上の空の間に終わり、井下が近付いてくる。
「ごめんね、浅本さん。中途半端なところで」
「ううん、言いたいことはわかったし」
「そう? それならいいんだけど」
 どうしたらいいんだろう。どうすればいいんだろう。もう一度彼女に相談したくなるけど、ぐっとこらえた。聞かれても答えようがないだろうし。
 次の授業も上の空だったけど、部活では走っている間だけ無心になれて、でもお疲れ様でしたのかけ声で更衣室に入ると迷いが戻ってくる。
 着替えて外に出ると、篠崎が昨日と同じように待っている。昨日と違うのは私の心の中くらい。いつも通り合流して、いつも通り会話しながら帰途につく。
 会話の中身に特別な何かなんてない。授業の話とか、テストのことだとか、部活仲間のあれこれだとか、今晩見るテレビの話とか。
 しなきゃいけない話でもないし、一日か二日――下手をすれば今日の晩にでも、思い出そうとしても思い出せそうにない内容ばかり。
 いつもは楽しいそれも、今日ばかりは上の空。それでもよく動く篠崎の口を横目で見て相づちを打っていると、不意にその口が動きを止めた。
 どうしたのかと思って篠崎の顔をじっと見ると、まっすぐな視線が戻ってきた。
「どうしたの?」
 聞いてみると、篠崎は瞬きをして目をそらす。
「篠崎?」
「ごめん、浅本」
「え?」
 重ねて問いかけると、篠崎は突然ごめんなんて言い出す。何がどうなってごめんなのか上の空で話を聞いてなかった私にはさっぱりわからなくて、それからすると私の方が篠崎に謝らないといけないくらいだ。
「えーと、篠崎、あの」
 考え事をしていて話を聞いていなかったとは言いにくくて口ごもる私の言葉を、篠崎は頭を振ることで遮った。
「俺が余計なこと言ったから、気に病ませてしまって」
 そんなことはないって、咄嗟に言えなかったのは確かにそれはそうだから。
「ホントごめん。頼むから、あんまり気にしないでもらえないか?」
「気にしないで、って」
 今更そんなこと言うのはおかしい。篠崎自身が考えてみてって言ってから、まだ一ヶ月も経っていない。
「篠崎が言ったんじゃない」
 だから私は唇を尖らせて、軽く彼を睨んだ。
「しばらく考えてみてとかどうとか、言った」
「……それは、確かに言った」
 私の言葉を篠崎は素直に認めてうなずいた。
「でも――なんて言ったらいいんだろうな。何となく違う気がしてきた」
「違う? 何が違うわけ」
 人をさんざん悩ませておいて、何となく違うってなんなわけ。私は腰に手を当てて、篠崎を見据える。
 つい数時間前に井下の言葉で受けた衝撃も大きかったけど、今の篠崎の言葉は最初のインパクトはないもののじわじわと効いてきた。
「いきなり爆弾発言して私を悩ませておいて、今更勘違いでしたとか、あり?」
 大どんでん返し――だ。
 勘違いでされた告白まがいの行為に振り回された私はなんだったの。
「勘違い?」
「そういうことでしょ」
 篠崎が素っ頓狂な声を出すのを聞いて、心がささくれ立つのを感じる。
 馬鹿みたい馬鹿みたい馬鹿みたい――。
 しばらくずっと悩んでいて、馬鹿みたい。頭がかっと熱くなって、涙がにじみそうになる。本当にすごく馬鹿みたいだ。勘違い宣告をされて、ショックを受けた自分が。
 頭の半分は熱くて、残りの半分が冴えわたる――本当の本当に、馬鹿みたいだ。こんな状況でいまさら、篠崎のことがすごく好きなのかもとか、気付くなんて。
 ううん、かもじゃない。きっと間違いなく。
 だから井下の言葉に衝撃を受けたし、今泣きそうな気持ちなんだ。
 気を落ち着けるために深呼吸をして、とにかく回れ右をする。泣くのはとてもよろしくない。すぐに篠崎の目の前から姿を消すべきだ。
「じゃあね」
 完全に顔を反らせる間際とりあえず口にした。感じが悪いだろうけど、気を遣ってる場合じゃない。とりあえず離れないと、とんでもないことを叫びだしそうだった。
「ちょ……、待って、浅本」
 一歩踏み出そうとしたところで慌てたような篠崎の声がかかり、左手首を掴まれる。足を持ち上げたところで手を引かれたので、あっけなくバランスを崩して手を引かれた勢いのまま私は後ろから篠崎の胸に飛び込むことになる。
「わ、うわわっ」
 視線を上に持ち上げると篠崎の顔がすぐ近くで、慌てて飛び離れる。だけど、私と同じく慌てた顔の篠崎は離れようとはせず私の手首を掴んだままだったものだから、離れると言っても五十センチくらいがせいぜいだった。
「ちょっと、篠崎――」
 文句を言いかけた私は言葉に詰まった。手首を掴む手にはギリギリと力がこもっている。その手の持ち主は怖いくらい真面目な顔で私を見ていた。
 初めて見る表情に対する驚きで、涙が引っ込む。
 我に返って掴まれた手を離してもらおうとぶんぶん振り回しても篠崎の力は少しも緩まない。
「今更だけど」
「何が?」
「ほんとーにもう今更だし、じゅーぶん分かってたことだけど」
「だから何が」
 はあぁと篠崎が大げさに息を吐いた後、ようやく手の力が緩む。手首は掴まれたままだけど遊びが出来た分楽になった。近付くのもあれだし、遠ざかるとまた強く掴まれそうだったから、そのまんまの状態で答えを待つ。
 篠崎は少し迷う素振りを見せた。それから。
「何で浅本はこうなのかな」
 訳の分からないことを言って、もう一度息を吐く。
「勘違い? 何でそんな風に思うかな!」
 彼らしくもない、苛立った口ぶり。手に再び力が籠もる。
「篠崎、痛いよ」
 さすがに主張すると、ハッとしたように手が引いていった。握られていた手首が、少し赤い。
「ああ――悪い」
 篠崎は我に返ったように謝って、目を伏せた。
「何て言ったらいいのかな――俺はさ、もう十分言ってると思うんだけど、浅本のことが好きなんだ。人とちょっとずれたところを含めてだから、この状況は……必然なのかもしれないけど」
 ため息がひとつ落ちる。
「勘違いで告白なんかするエネルギー、俺は持ってない。そうじゃなくって、俺が言いたかったのは……」
 篠崎の視線はしばらく宙を泳いで、最後に私までやってくる。
「浅本は自然体なのが、一番いいと思うんだ。なのに俺が……その。アピール開始したせいで浅本が普段の調子じゃなくなったら、ほら――本末転倒だなって」
 ボソボソと篠崎はそう言った。また彼の視線が泳ぐ――ちょっとばつの悪そうな顔だった。
 私はぽかんと口を開けて、そんな篠崎の顔を見つめることしかできない。
 ええと、ということはつまり。ええとええと……。勘違いだって思ったのが勘違いで、篠崎は最初っから今まで全然意見を変えてないってこと?
 で、いいのかな?
「――浅本」
 混乱する頭の中で色々考えていると、篠崎が私の名前を呼んでそれを止めた。
「え、何?」
 ひっくり返った声が出て顔をしかめる私に構わず、彼は私をじっと見ながら口を開く。
「そう思ったんだけど」
「そうって、何が?」
「だから、本末転倒かなって」
 一度言葉を止めたくせに、さらっと話を続けられても困るってば。そう言おうとしたのに篠崎が再び私の手を掴んだものだから言いそびれてしまう。
 さっきみたいに痛いくらいじゃないし、むしろさっき痛かったところを撫でるみたい。
「思ったんだけど――浅本」
「なに?」
 痛かったところを宥めるような手つきに文句を言いたくても言えない。答える私の声はぶっきらぼうに響いたのに、篠崎は気にした素振りもない。
 彼はふと手を止めると、少し身をかがめて私を見上げる。
「それこそ勘違いだったら悪いけど、その」
「だから、なに」
「検討した結果、俺のことが結構好きだったりする、か?」
 恐る恐る、でも期待に満ちた声で聞かれて、息を飲んだ。
 さっき気付いた気持ちをそのまま口にするのは気恥ずかしくて何も言えないし、うなずくことさえも出来ない。
「気付いたからこそ挙動不審になってたってのなら、うれしい気もするんだけど」
 否定も肯定も出来なくて、私は唇を噛む。
 考えていたから普段とは様子が違ったように篠崎に見えたんだろうし、気付いたのはついさっきだ。それをそのまんま正直に言うのは、良くない気がした。
 彼は口をつぐむとじっくりと私を観察して、一つうなずいた。
「返事がないのは同意と見なしていいか?」
「そんな強引な話あり?」
 そしてとんでもないことを言い出すから、ようやく私は声を上げた。
「じゃあ、どうなんだ?」
 聞かれても、返答に困ってしまう。
 だって、ついさっき気付いたばかりなのに自信たっぷりに「篠崎のことが好き」だなんて言えないでしょ。
 だからって他に何て言っていいのか、さっぱり思いつかなかった。
「俺のこと迷惑に思って、仕方なく付き合ってくれてた?」
「そんなことはない」
「ここのところおかしかったのは、体調が悪い訳じゃないよな? 部活は変わらず出てるし」
「うん」
「だったら、何で最近おかしかったんだ? 特に今日、絶対上の空だった」
 篠崎が次々に聞いてきて、逃げ道を塞ぐ。
「それは、その……」
 答えを待つ目線に私は白旗を揚げた。
「正直、篠崎の好意をどうしていいのかわからなかったかなあ。篠崎は気長に構えてるみたいだけど、早く結論を出さないとって考えてて」
「……浅本が?」
「私がって何よ。あんまりこういうのをずるずるしてたら悪いでしょ」
「そりゃそうだけど」
「でしょ? それでずっと考えてたんだけど」
 私は意を決して、篠崎に話すことにする。
 友達に相談して予想外の指摘を受けて、篠崎と話せなくなるのが嫌だと思ったって言った時に、彼はこの上なくうれしそうな顔をして、両手を握りしめてくる。
「つまり、それは」
 言いかける篠崎の手を払って、私は言葉を止めさせた。
「篠崎が好きかもしれないってこと」
 ごめんと言われて泣きそうになって気付いたなんて心の中を全部話すのはさすがに抵抗があるけど、言うべきことは言っておかなきゃいけない。
 だけど口にするとやっぱり恥ずかしくて、私は彼から顔を反らした。全身が熱い。多分顔も真っ赤だと思う。
 ほてった顔を冷たい顔が冷ましてくれるまで、そうかからなかったと思う。
 気持ちが落ち着くと無反応な篠崎の事が気になってこっそり様子を伺うと、驚いたような顔で固まっていた。
「篠崎?」
 声をかけると彼はぷるぷると頭を振って、黙ってほっぺたをつねった。
「――夢じゃ、ない?」
「夢って何よ」
「浅本がまさかそんなことを言い出すなんて――いや、いいんだ。いいんだけど。いいんだけど現実なのかと」
 両頬をつねって、そればかりか両方自分でビンタして、それから篠崎はしゃがみ込む。
「やばい、まさか言葉にしてくれるとは思わなかった――力が抜けた」
「大丈夫?」
 篠崎はこくりとうなずいたあと、勢いよく立ち上がる。
「てことはだ、浅本」
「うん」
 ぐっと近付いた顔に緊張しつつうなずくと、篠崎はさっきよりもとてもいい笑顔で言葉を続ける。
「付き合ってくれるわけ、だな?」
「えっ……あ、えーと、うん?」
「うわあ、すんげえ微妙な反応ー。いやいいけど、浅本がうなずいてくれただけで前進だけど」
 篠崎はブツブツ言いながらまた私の手を掴んだ。ぶんぶんと上下に振って、離れていく。
「じゃあ、これからよろしくだな」
 何と答えていいか分からなくて、私はこくりとうなずいて答えにした。

2008.03.26 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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