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番外編 出てくる答えはただ一つ
篠崎と付き合うということになっても、何かが特別に変化するなんてことはやっぱりなかった。
濃かった発言内容は時々濃いくらいに落ち着き、大体は前と変わらない。初めての週末は特に待ち合わせることもなく、つまりデートなんてものもせずに過ごしたし。ただ、部活の後には途中まで一緒に帰ることは変わらない。
そんな中、少しずつホワイトデーが近付いてくる。
篠崎が私にチョコケーキをくれたのはバレンタインから少し遅れてだったからそこまで気にしなくていいかもだけど、曲がりなりにもお付き合いをはじめたんならきちんとホワイトデーはしなきゃって思う。
順番があべこべだけど、はっきり言わないまでも甘いモノ好きの篠崎はホワイトデーを期待してると思うんだよね。
手作りケーキのお返しは、やっぱり手作りがいいんだろうか。篠崎と別れた後にいろんなお店でホワイトデーコーナーを覗くんだけど、基本ホワイトデーは男が女にお返しする日だからか手作り用品はあんまり充実していない。
何を作るって目的がないまま製菓コーナーで色々見ても、頭がくらくらしてくるだけで結局何も買わないまま家に戻って首をひねるばかり。
気が向いた時に何度かお菓子作りをしたことはあるけど、さすがに飴やマシュマロを作ることは出来ない。そう多くない経験の中で作ったのはクッキーにマドレーヌ、パウンドケーキにゼリー。
ゼリーを選択肢に入れるのはどうかと思うから、やっぱり作るなら焼き菓子だろうか。
篠崎は何が好きか――甘いモノの中でも特に何が好きか、どれだけ考えても出てくる答えはただ一つ。チョコとバナナの組み合わせしかない。
でもその組み合わせのケーキは既に篠崎が私にくれた物で、そこで袋小路にはまってしまった。
篠崎は甘いモノ、何だって好きだと思うんだ。
でも私の手作りがそこまでおいしいとは思えないんだ。
篠崎が好きなモノだからこそ、生半可なモノだと駄目だよね。だけど特に好きなチョコとバナナをどうにか使ってれば、多少評価が上がってなんとかなりそうだって思うじゃない。
チョコとバナナははずせない。
最初にチョコバナナパウンドを考えてみたけど、バナナをつぶして投入したらバナナっぽさが減ると思うし、篠崎にもらったケーキと傾向が似ている。
次にチョコバナナクッキーなんて考えてみたけど、やっぱりバナナがつぶれちゃいそうだから、駄目かなあ。
迫ってくるホワイトデーに戦々恐々としながら思考の堂々巡りを繰り返す私の目に、ある朝飛び込んできたのがお菓子屋さんのチラシだった。
最初は篠崎が好きそうだなーって思ったのよね。洋菓子っていうよりは和菓子のお店で、春らしい色合いの季節限定のお菓子が一面に載ってた。裏をめくってみると、予想外に和風の洋菓子。右下の方に抹茶あんロールってロールケーキが載ってて、ふっとひらめいたわけ。
チョコバナナロールってどうかなって。
ロールケーキは挑戦したことがないけど、薄いスポンジを焼いて、クリームをしいて、バナナをどーんと一本置いて巻けばすぐ出来そう。ケーキはケーキでもロールケーキならこの間もらったのと被らないから完璧だ。
思い立ったらなんとやらで、オーブンにくっついてたレシピ本を見ると普通のロールケーキのレシピならしっかり載っているし、材料を見るとバナナと生クリームだけ買えば何とかなるって私は勢い込んだ。
ちょうどホワイトデーの二日前。
一日頭の中で作り上げるケーキをシミュレーションして、篠崎と別れた後にスーパーで目的の物を買う。
その日の夜にまずはスポンジを焼いた。晩ご飯の後に作業を開始すると、お母さんが興味津々に覗いてきたから適当に言い訳して、構想を話したらアドバイスをもらえた。
アドバイスと引き替えにもう一つ家用に作りなさいって言われたけど、練習も兼ねて二つ作るのはまあ悪くない。
同じ作業を二回繰り返して作った刻みチョコ入りの二枚のスポンジを一日置いておいて、十三日の晩にクリームを作った。お母さんがダブルクリームにしなさいって、賞味期限間近のクリームチーズを提供してくれたんだ。
ゆるく泡立てた生クリームの半分と柔らかいクリーム状にしたクリームチーズを混ぜたチーズクリームをまずは敷き詰めて、ココアを軽くまぶした後で残り半分の生クリームを均一にのばす。その上にバナナを置いて、くるりと巻く――これがお母さんのアイデア。
クリームチーズとココアでティラミス風になるからなんてお母さんは言いながら、巻きやすいようにってまず切ったスポンジの端っこを小さく切って器に入れて、2種類のクリームとバナナを重ねてココアを振る。
それを味見をしてみるとすごくおいしかった。篠崎じゃないけど、チョコとバナナの相性はとてもいいんだと思う。
これなら彼もきっと満足するに違いないって自信を持って作業に挑んだ。スポンジにクリームを重ねて、バナナを置いて。緊張しながらくるりと巻く。
出来映えの方は、まあ悪くない――かな。一本目は巻き終わりの所までたっぷりクリームを置いたせいではみ出して、二本目は逆に控えすぎて少し物足りない感じだけど。
作業のやり直しは出来ないのでそういうものだと諦めてそれぞれラップに包んで冷蔵庫で一晩、ホワイトデー当日に早起きして切り分けた。
普段だったら面倒でしないけど人に渡すものだからって一切れごとに包丁を拭いた甲斐もあって、なかなか上手に切れたと思う。私にしては、だけど。
クリームがはみ出た一本目より、二本目の方が見た目もいいから端っこだけをのけてラップで包んでみる。可愛らしさも何もないけど――何を作るかだけ必死に考えててラッピングの事なんてすっかり抜けてた。
お母さんに突っ込まれても嫌だし、ラップで包んだロールケーキをさらに色気のないビニール袋に入れて保冷バックに保冷剤と一緒に入れてラッピングは終了。
生クリーム使ってるから、冷やしてないと駄目だし。
可愛いラッピングして中身が悪くなったらその方が問題だし。
何とか可愛げのないラッピングを自己フォローして、篠崎が気に入ってくれるように信じてもいない神様に私は祈りを捧げたのだった。
2008.06.14 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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