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序章 ナーインアクダと双子竜
エルムスランドの建国王の名をナーインアクダと言う。
ファド暦1469年。エルムスランドが建国されてそれだけの時が流れているが、初代英雄王ナーインアクダ・エルムスランドの名を知らないものはない。
このエルムスランドの民は無論のこと、他国の民にすらその名は知れ渡っている。
エルムスランドの建国は旧暦の末、新暦のはじめになる。
旧暦末期、平和だった世界に突如魔物が現れた。世界は混乱した。魔物が闊歩し、絶望が世の中を満たす。
その中現れた勇者がナーインアクダ・エルムスランドだった。
彼は栗色の髪に緑の瞳の見目麗しい青年。剣と魔法に秀でていた、それ以外はごく普通の人間だった。
彼を勇者たらしめたのは彼のみの力ではない。協力者……友人がいなければ彼は世界を救えなかったろう。
ナーインアクダの友人達は偉大だった。人間ですらなかった。
神に仕える黄金色の双子竜、黄金竜だったのだ。
竜の力を借りてもナーインアクダは魔物を滅ぼすまでには至らなかった。魔物が強かったからではけしてない。
強い魔物はいたが、ほんのひとにぎりだった。ついでに奴らは互いに仲が悪かった。徒党を組まれたら脅威だが、そんなことは全くない。
ただ、いかんせん魔物の数は多すぎた。対して、戦うことのできる人間はナーインアクダを含めても数えるほどしかいなかったのだから、分が悪すぎる。
ナーインアクダと竜たちが一騎当千の力を誇っていても、世界各地で同時に起こる魔物による被害すべてをどうにかするなんてことができるわけがなかったのだ。
力があってもできることとできないことがある。そのことを竜たちは承知していた。
だから、彼等は友人に言ったのだ。
「ナーインアクダ、我々が世界のためにできることはもうそう多くはない」
「では、諦めろというのですか?」
ナーインアクダの鋭い声に竜たちは首を振る。
「いいえ。違いますわ、わが友」
妹竜は言う。
「ですが、私達は竜としてあまりに未熟なのです」
ナーインアクダと竜たちは親しい友人だった。だから彼は友人の言いたいことはわかる。
彼の友、双子竜は思いのほか若いのだった。彼らはその永遠であろう寿命と比較すると嘘みたいに若いのだ。
神の加護あついとはいえただの人間と、力あるとはいえ未熟な若い竜とに、全てを託すのは神とて本意ではなかったはずだ。だが、他に手はなかったのだ。
この上なく不安に思い、気を揉んでいることだろう――それは容易に想像できる。
だが神の居る場所とここは隔てられている。
神は有能ではあるが、けして万能ではない。
神が現在、世界に降臨できないことは歴然とした事実だった。
全ては魔物が原因だ。
だから人間は魔物に不安を抱き、恐怖し、そして憎悪する。
ナーインアクダにはそれはできなかった。
彼も不安だったけれど、それをごまかす術に長けていた。ようは楽観的な青年なのだ。
そして魔物を苦々しく思っていたけれどそれは憎しみではありえなかった。彼は神の想いも知っていたし、魔物の考えも知っていたのだ。
それを知りつつ、なお魔物に憎しみを抱くことは彼にはできなかった。
そのことを、他の誰かに語るほど彼は愚かではない。真実を知ったところでそれを信じるもの、認められるものはいないに違いあるまいから。
魔物はあまりに突然現れ、人々から多くのものを奪い過ぎた。真実を声高に叫んだところで無意味なのは明白だ。
「やはり、封印でもするしかないですか」
ナーインアクダは呟く。
実際、それが最良の手段だろう。
他の人間のように彼は魔物を憎んでいなかったし、それは竜たちも同じだった。だから魔物を滅ぼそうなどとはとても思えない。
――それほどの力もないというのも理由の一つではあるが。
魔物は滅ぼせないけれども、放置するわけにもいかない。それはあまりに危険だった。
そんなことをすれば、人間の方が滅びてしまう。それでは本末転倒だ。彼らは人間を救うためにこの場にいるのだから。
封印すれば……魔物の存在を押さえ込んでしまえば当座の危険はかわせるはずだった。
時間を置けば人々も冷静さを取り戻し、聞く耳を持ってくれるかもしれない。
「それしか方法はなかろう」
兄竜は静かに呟いた。
「しかし、封印はできますか?」
「しなくてはならない」
断固として兄竜は言う。
「多少支障があろうとも」
ナーインアクダが視線を上げる。その意を察して兄竜は言った。
「我らには現在天空へ帰る術がない」
「知っています。かの方が降臨できないのと同様の理由でしょう」
「――神と同じくけして万能ではない我が身、いつか魔物を封じた結界も破れるだろう」
「その方が、語り合う余地が出来ます」
あっさりとナーインアクダが言い、兄竜は満足げにうなずいた。
「封印が破れる、その時のため――我らの守り人をしてくれないか? ナーインアクダ」
そう続けて、兄竜は友人を見下ろした。
「守り人……?」
「我らは本来神のそばにあり、補佐することこそ定め。本来の役目からかけ離れた技は必要以上に力を使うだろう」
「ですから私たちはこの姿を変え、力が戻るのを待たなくてはなりません」
「――あるいは魔物が復活するときまで、だが。だから我らの体をその時まで見守っていてはくれぬか?」
ナーインアクダにそれを拒む理由はない。
「それはかまいません。魔物の封印が解けた時には、貴方がたに人を導いてもらわなければなりませんから」
「ならば、躊躇することはなにもない」
兄竜は言った。妹竜に視線を移して、ふわりと浮かぶ。
「行こう」
「そうですね――ナーインアクダ」
妹竜は兄に続いてから、友人に呼びかけた。
「封印にはあなたの力も貸してくださいましね」
「もちろんです」
世界には魔物を封じた双子竜と英雄の物語が残っている。
その真実を知るものは少ない。皆無と言っていいだろう。ナーインアクダの子孫すら真実は知らないまま、世界は平和にまどろんでいる。
不完全な封印の危険も、英雄達の思惑を知らないままに。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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