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一章 2.侍女の日常

 フィニー・トライアルは姫様づきの唯一の侍女だった。
 他国の王女ともなれば―――あるいはエルムスランドの貴族の令嬢であっても―――数人の侍女を従えているだろう。
 だがエルムスランド王家においてはその限りではない。
 そもそも初代国王が多くの供を嫌ったためと伝えられている。それでも先代王は娘に三人の侍女と五人の護衛をつけていた。
 現国王が愛娘につけたのは侍女兼護衛が一人と、兼業ではない護衛が一人。四分の一である。
 サナヴァ・エルムスランドは初代王と同じく多くの供を嫌っているらしい。
 ナーインアクダ・エルムスランドと酷似した容姿を持ち、その再来と呼ばれる王である。
 なにくれとなく先人と比べられ――普通ならひねくれて全く逆のことをしそうなものだが、サナヴァ王は面白がった。
 その政策のことごとくは英雄王と酷似していて、しかして徹底の仕方はかの王より数段上だった。
 それがまた英雄王と比較される。
 サナヴァ王は「偉大な先祖がいるとやりにくいねぇ」と言いながらますます伝え聞く英雄王の政策を真似る。
 英雄王と同列視されるのが面白くてしかたないらしかった。
 もしかしたら偉大なる先祖と、そもそも似通った政治手腕をもっているのかもしれない。
 そんなわけで愛する娘にも供を嫌う故に少ない者しかつけないくらいに徹底している。
 だからこの侍女という地位は、就くには狭き門だった。フィニーがなりえたのは半ばコネだ。
(それを知ればエルラはいい顔しませんね……絶対)
 彼女の唯一の同僚は頭が固いのだ。
 コネとは言っても、護衛としても役に立つということがなければ今この場に存在しなかったろうが、同僚にとってはそんなことおかまいなしで、生真面目に非難してくるに決まっている。
「生真面目なんだから、エルラは」
 私室に向かって歩きながらぶうぶうレスティーは文句を言うのだ。頬を膨らませる仕草は似合っている――というのも変だが、愛らしい。
「昨日だって! ちょっと寝るのが遅かっただけなのにお小言なんですから、ねえぇ?」
「そうですわね」
 フィニーは苦笑を隠せない。だからといって、数時間も説教をくらわすのもどうだろう?
 早く寝て欲しいなら早目に切り上げるべきだろう。それを延々と説教など、本末転倒だ。
(姫様は姫様で聞かずに寝てらっしゃいましたからどっちもどっちですけど……)
 ともあれ、仕えるべき姫君のぼやきは続く。
「こう、びーって目を上げてもう、嫌になっちゃいますよぅ」
「あはははは」
 エルラの真似をするもんだから、フィニーは思わず笑った。
「眉間にしわ寄せて……消えなくなってるんじゃないかしら」
「……それ、本人にだけは言わないでくださいましね、姫様」
 言ったら説教が倍増する気がする――案外、呆れて何も言わないかもしれないが、試してみるには少々危険だった。まきぞいで説教を食らうのはごめんだ。
「言いませんよ」
 力強くレスティーはうなずく。
「私だって、それっくらいわかりますよう」
「本当ですか?」
「信用してくれないんですかーぁ?」
「しますけれど。ついうっかりなんて、嫌ですわよ私」
「だいじょーぶです」
 姫様はしっかりと請け負い、胸を張った。
「本人の目の前では絶対言いません」
「いないところで言うとただの陰口ですわ……」
「……そ、そうですねぇ、どうしましょう?エルラの前で言う? でもそんな恐ろしいこと」
「そもそも言わないで頂けたらいいんですけど」
 フィニーの言葉にポンとレスティーは手を打った。
「それはいい考えです」
 名案とばかりにぱっと顔を輝かせる。
 思いつかなかったとレスティーは笑い、そしてうんうん納得してうなずく。
「それで、姫様。勉強ははかどってらっしゃいますか? 今日も――ウォークフィード先生はいい顔してなかったですけれど」
 フィニーの言葉にレスティーはぺろりと舌を出した。エルラならはしたないと文句言ったかもしれない。
 だけれどフィニー・トライアルはそんなことは言わない。
「姫様……」
 困ったように言ってレスティーを見る。
 王女はいたずらっ子のように笑っている。この笑顔にフィニーは弱いのだった。その理由を聞かれても明確には答えられない。無邪気な微笑み――なんというかほだされてしまう。
 だから、「甘い」といわれてしまうのだが――それはもう諦めている。きっと自分の職務の一つに姫様を甘やかす、という項目があるに違いない。だから今更無駄だ。
「もう、姫様は将来この国を背負って立たなければならないんですから」
 それだけ言うのがフィニーには精一杯だった。
「はぁい」
 肩をすくめて答えると、レスティーは歩く速度をあげた。
「弟でも生まれれば、いいんですけどねぇ」
 ぽそりと、独り言めかして言う。
 正直な話、そんなことはほとんど不可能だとフィニーは思っていたが、とりあえず首肯した。
 部屋はもう近かった。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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