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一章 3.護衛のお小言

 エルラ・レッツィは十の歳に王宮にあがった。
 レッツィ家はエルムスランドでも有数の名家だ。
 厳格で堅実な父とそれを陰から支える優しい母。ひとり娘ゆえに後継ぎたるべくしつけは厳しかった。
 早くに王宮に上がったのはその教育の一環である。
 レッツィ家を継ぐべきものは剣技に優れてねばならぬ。
 故に放り込まれたのは男臭い騎士団だった。
 元々剣は学んでいたが、優秀な騎士たちが稽古を進んでつけてくれたため、数年もすれば腕前は格段に進歩していた。
 才能もあったのだろう。
 そこが王の目についたのか。十ニの歳に王女の護衛に抜擢された。
 両親はそれなりに喜んでくれた。手放しでなかったのは家の存続を危ぶんだのかもしれない。何か失態があれば即首が飛ぶであろうから。
 エルラが守るべき姫君は大層愛らしい。
 やわらかな午後の日差しのような雰囲気の優しい面差しの少女だ。
 エルラはこの姫君のことを――不遜なことだが――妹のように思っていた。
 多分それを知るのは世の中で彼女だけだろう。
(どうして姫様はああなのだろう?)
 毎日のように嘆く。
 マイペースに行動する王女はエルラの目にとてももどかしく写る。
(もっと、こうはきはきと動けないものなのだろうか)
 思うが、恐らく無理なことを彼女はもはや悟っている。
 もう八年の付き合いになる。今まで言って改善されないのなら、これからもそうだろう。
 だがフィニー・トライアルのように姫様を甘やかしてはならんのだ、とエルラは思う。
(姫様は国を継ぐべき方なのだ)
 その柔らかい細い肩に、エルムスランドの将来がかかっているのだ。
 今のままではよくない。そうに決まっている。
 自らに言い聞かせる。



 そろそろ、王女と王女を迎えに行ったフィニーが戻る頃合いだ。
 エルラはなにか落ち度がないかあちこちを探った。
 幸い何も問題は見つからない。暗殺者なんてこれまで気配すら感じたことはない。
 調度の埃は奇麗になっている。フィニー作のクッキーは甘い香りを漂わせている。
 完璧だ。
 納得してうなずいたときに主が戻った。
「おかえりなさいませ」
 立ち上がり、言う。
「ただいま」
 にっこりとレスティーは答えた。フィニーは素早く奥へ行く。
「今日はどうでした?」
 エルラの問いかけにレスティーはさらりと言った。
「眠かったですねー」
「………」
 数秒、エルラは自制した。数秒だけ。
「姫様ッ!」
 声を張り上げる。
「また、ですか? またですかッ」
「だって眠かったんですものー」
 悪びれない口調。それにぴきぴき顔が引きつるのがエルラにはわかった。
「ですから、あれほど夜更かしはお控え下さいと申しているではありませんか!」
「でもぅ」
「でも、ではありません姫様」
 エルラは腰に手を当てる。
「よいですか? 姫様は仮にも……」
 レスティーは心の中で舌を出した。また始まった。
 お決まりの説教だ。
 お茶をいれて戻ってきたフィニーが呆れた顔をする。
「よく飽きませんわね」
「もう聞き飽きました」
 レスティーが言うとフィニーは苦笑する。
「でしたら、もう少しエルラの行動パターンを読むべきですわ」
「はい?」
「言動に気を付ければお小言は減ると思いますけれど」
「――どう気を付ければいいのかしら」
 フィニーはどう言うべきなのか迷う。
 ちょっと考え込んで。
「例えばエルラの気にいることを言ってみるとか」
「えーとぅ」
「……他は思いつきませんね」
 まずレスティーに、そしてエルラと自分にお茶を出して、作っておいたクッキーを出す。
 断りもせず席につく。
 エルムスランドの王族は他国のそれに比べてずっと気安い。特に、この姫君はそうなのだ。いちいち断ることはない、と言うからフィニーはそれに従っている。
 カップを両の手で包みながらレスティーは渋い顔。
「エルラが気にいりそうなことなんて」
 目をぱちくりさせる。
「眠かったのに眠くなかったと言うことかしら?」
「何故コレがはじまったかわかりましたわ」
 フィニーは内心頭を抱えた。
 彼女は姫様のことをずいぶん買いかぶっているので、王女はやればできると信じている。信じているが――独特な間とたまに鈍い反応を見ると時々不安に襲われる。
「嘘はいけないと思いますよう」
 レスティーは自分で言い出したくせにそう言った。
「ちゃんとお勉強されればいいだけではありませんか」
「だって、眠いんですもの」
 フィニーは嘆息した。
 博士もかわいそうに、これではやりがいがないに違いない。
 エルラは延々とお決まりのお小言。耳新しいことはなく変わりばえしない。
 エルラと同じことを言っても無意味なことくらいフィニーにはわかる。だからちょっと悩んだ。
 エルラと同じことは言えるが、違う切り口で攻めなければならないだろう。そうでなくてはレスティーは納得しないに違いない。
 とはいえ、彼女を納得させるのにはどうすればいいのだか検討がつかない。
 エルラのお小言はまだ続いている。続くのはまあいいとして――フィニーは思った。
 行ったり戻ったり同じこと何度も言うのは止めて欲しいですわ。
「ですから、姫様の両肩にはエルムスランドの未来がかかっているのです。そのようなことではいけません。そもそも……」
 もう何度目になるのかわからないお決まりの言葉をむやみに生産するエルラを見て、(やっぱりエルラと同じことは言えませんわ)と、前言を撤回する。
 フィニーはぼへーっと話を聞き流しているレスティーの注目を得るためにはどうすればいいか、真剣に悩み始めた。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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