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二章 10.就寝前に

ティーカップを両手で包み込むように持って、口に運ぶ。
 ほう、と満足げに吐息。
 カップを包み込んだままテーブルまでおろしてレスティーは呟いた。
「おいし〜」
 フィニーはその言葉ににっこりとした。ポットを掲げて、そっと差し出す。
「おかわりはいかがですか?」
「はーいぃ」
 うれしそうにカップをフィニーに向けて、幸せそうにレスティーは微笑んでもう一度カップを顔に近づけて、今度は香りを楽しんだ。
 周囲が闇に包まれて、皆が寝静まろうという頃、ほのかな明かりをテーブルの中央に据えてお茶を楽しむのがレスティーの日課だった。
 お気に入りの画集を広げる。
 画集とはいっても、お手製の代物だ。
 レスティーの母の親戚か何かが描きためたスケッチをごっそりとまとめた代物。
 どこともしれない風景画をぱらぱらと見るのもいいし、一つ一つ見入るのもいい。
 頬杖をついてじっと見ていると幸せ気分で。
「姫様、お行儀が悪いです!」
 エルラにしかられて慌てる。
「だってぇ」
「だって、ではありません」
 説教が始まりそうだったので、慌てて居住まいを正す。
「きれいな景色ですよねぇ〜」
 何も注釈などないのでどこの景色かわからないけれど。
 その言葉でエルラの発言を封じて、フィニーの同意を得る。
「そうですね」
 説教を封じられたエルラさえそれは認めた。
 認めるどころか、気に入ってさえいる様子ですらあった。
 サイズも何もあってない、適当な紙に描かれたスケッチ集が2冊。不格好ではない程度にひもで結わえられただけの代物である。
 それでも、いい物はいいのだ。
 その一方の、お気に入りのスケッチを開いて、飽きもせずにレスティーは眺めている。
 それは何の変哲もない景色だ。
(それでも、姫様にとっては珍しいものなのでしょうけど)
 身分という物は厄介な代物だ。
 エルムスランド王家の男性は、先祖に習い武者修行をするのが習わしだが、姫君にその義務はない。
 そうなると、見る機会に恵まれない景色だろう。
 邪魔をしないようにフィニーは黙ってレスティーを見守る。
 それでもいい加減夜が更けた頃に、おやすみの時間ですよと声をかけるが。
「姫様、そろそろおやすみの時間ですわ」
 そう声をかけるも、レスティーは気付かない。集中すると周りの声が耳に入らないのは長所なのか短所なのか。
 エルラなら集中のしどころが間違っている、と言いそうだ。
「姫様!」
 エルラも立ち上がって、鋭くレスティーに声をかける。
「もうそろそろおやすみにならなければ、また明日の朝が大変ですよ」
「そうですわね」
 つい説教をはじめそうになるエルラをフィニーは制した。
 レスティーに近寄って、軽く肩を叩く。
「ふにゃあ」
 半分寝たような声。
「もしかして、寝られて……?」
 目をこすりながら振り返るレスティーに何となく嫌な予感を覚えながら、フィニーはおやすみの時間ですよ、ともう一度繰り返す。
「はぁい」
 レスティーは答えてよろよろと立ち上がる。
「おやすみなさいませ」
「おやすみなさぁい」
 エルラが先んじてベッドルームへの扉を開けた。その中によろよろとした足取りでレスティーは入っていく。
「おやすみなさい、姫様」
 声をかけて扉を閉めて、エルラはフィニーに視線を向けた。
「私たちも寝ようか」
「ですわね」
 おやすみなさいと声かけあって二人も自室に戻る。
 そして夜は静かに過ぎ、また新しい一日が始まる。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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