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二章 4.お勉強の時間
レスティーのお勉強の時間は、はっきり決まっているわけではないが、大体昼を過ぎたあたりにある。
だが、ウォークフィード博士も多忙な人である。午前中にあったりもするし、ないときもある。
今日は、博士が午後から仕事が立て込むらしいので、午前中だった。ウォークフィードは午前の授業が特に苦手だ。
彼の唯一の悩みの原因にして理由である姫君は低血圧だからだ。
これまでの統計で見ても、身の入らなさ具合は明らかだ――そうウォークフィードは結論付けている。
普段がぼーっとしているとしたら、ぼ――――っとしている。
ほら――今も教材を見るふりして、目が泳いでいる。
一体どこがいけないのだろう?
ウォークフィードは真剣に悩むのだが、実は彼は全く悪くない。
例えば、今日のレスティーはこうなのだ。
まず、指示された通りに書物を開く。
そこまでは完璧だった。
誓って言おう。別にレスティーにやる気がないわけではない。彼女はそれなりに真剣だ。
まず、言われたように文字を目で追う。
――それが、はじまりだ。
しばらくはちゃんと読むのは間違いない。
真剣になりすぎて周囲の音が聞こえないくらいの集中力で博士を無視し続けることもよくある。
今回は違った。ある個所で引っ掛かってしまったのだ。
『トラスレクにおいては、新暦がはじまった当初は荒廃した土地にもはや草木は生えぬものと思われていた』
こんな文章があった。『気候と農業――その歴史』の中の、結構どうでもいい箇所である。重要なのはそれに続く『いかにして土地が荒れ、それをいかにして復興したのか』それを解説した箇所にあるのだが、引っ掛かったものは仕方ない。
(ああ、それにしても何故なのかしら?)
レスティは真剣に文字を睨みつけた。
(何故、れってれなんでしょう?)
視線をどこへともなく上げて、彼女は脳裏にその字を描いた。
『れ』と。
(ええ、これは確かにれ。れです。れに違いないです)
自らに言い聞かせる。
(でも、何かが違います。いえ、そもそも何故これがれと読むんでしょう)
心中描いた『れ』の文字に真剣に突っ込む。
何故と言われても困る。少なくともこの世界において文字と言うものは、神より与えられたものなのだ。そこに突っ込まれても誰も明確な答えなど出せない。
そこを深く突っ込んで考えてしまうのがレスティーなのだ。
気になって気になってもはや本を読むどころではない。
うーん、と黙り込んで周りの声を聞こうともしない。
その姿をウォークフィードが困惑しながら見ているのもお構いなしだ。
じーっと見ていると、本当にそれが「れ」と読めるのかわからなくなってくる。そして一文字でも読めないと、続きを読むわけにはいかない。どうやったっていかない。
本を縦にしても横にしても、斜めにしたって、どうやったって納得いかないものはいかない。
(ううー。何故なんでしょう)
真剣に悩むレスティーの横でウォークフィードも負けず劣らず悩んでいる。
(こういう場合はどうすればいいのだ?)
しまいには、本を裏返しすらしているレスティーにどう対処していいものやら。
(……書物は駄目なのか?)
だからと言って、説明しても駄目なのだ。
(……むしろ絵で解説するか?)
ウォークフィードは心の実験メモに「子供用のイラストで解説」という項目を付け加えて、その下に赤い印をつけた。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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