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二章 5.お昼のひととき

 レスティーはマグカップを両手で包み込んで、「ほう」と息を吐いた。
 夏だろうと冬だろうと、レスティーはあたたかいスープが大好きだ。
 具はなんだっていい。肉だろうと魚だろうと、好き嫌いはない。
 でもあえて好みを言うなら、原形をとどめないくらいにくたくたに煮込んだ野菜スープが好きだ。
 行儀は悪いといわれるけれど、大きいマグにそれを入れて、フォークでつつきながら食べていると至福なのである。
 かっちょんかっちょんかっちょん。
「姫さま!」
 苦い顔をしてエルラが叫ぶのをいつものことと聞き流しながら、幸せそうにマグをつつく。
 行儀は悪いが、幸せでたまらないといった表情。フィニーとしてもそれはどうかと思うのだが、幸せそうな表情にまず言う気が薄れて「他に誰かいるわけでもないから」と自分を納得させる。
 「野菜スープだけで一週間くらいは生きていけます」と幸せそうに豪語した過去のあるレスティーだから、それはもう幸せそうなとろけそうな顔をしてマグをつついたり傾けたり忙しい。
 エルムスランドの姫君の味覚は庶民的らしい。
 フィニーもそれをにこにこ見つめているのを視界の端に収めて、エルラは額に青筋立つのを自覚した。
 もしかして――いやもしかしなくとも、ことに真面目に取り組んでいるのは私だけではなかろうか?
 なんかそんな気がする。むしろそうだろう。なんでそうなんだ?
 どうにも納得いかないものを感じる。
 愛情と甘やかすのとは別物だと思う。フィニーのように黙ってにこにこ見ているだけでは姫様のためによくない。よくないのだ。よくないに決まっている。
「姫様、いいですか。仮にも将来この国を背負って立つべきお方がそのような行儀の悪さを見せるなどもってのほかです!」
 力強く言い放つ。食事中まで、とレスティーは渋い顔になりながら、それでもマグをつつく手を止めない。
「まあまあ、エルラ。説教なんてしては食事がおいしく感じられなくなりますわよ」
「フィニー。なんだって貴方はそう姫様に甘いんだ?」
 きろりと睨みつけるとフィニーはしまったという顔で曖昧に笑う。
「まあ、いいじゃありませんの。この場くらいは」
「そういうことでどうする」
 曖昧な笑みのままで呟くフィニーにエルラは瞬時に返す。
「いいか? この場で仮にいいとしよう。しかし、日常の怠惰はいざというときに出てしまうのだ。エルムスランドの者の前なら――それも許しがたい話だが、まあいいとしよう。だが、他国の者の前でこんな姿を見せられるか?」
「う」
「その者がエルムスランドの姫について悪し様に語れば、英雄王から脈々と続くエルムスランド家の名誉は失墜するのだぞ!」
「ううっ」
 フィニーはエルラの勢いに押されて反射的にあとずさる。
「ましては、陛下は英雄王の再来として名高い。魔物が徐々に現れ、民の心は不安に苛まれていることだろう。陛下は英雄王の再来としてその不安を払拭できる唯一の方だ。その! 陛下の後継たる姫様になにか汚点があれば民は不安に思い世情が乱れる……」
 勢いよく語りだしたエルラにフィニーは声をかける術を持たなかった。流れるように語り続ける彼女に、一体どうやって口が挟めるだろう?
 挟めるわけもないので、フィニーはあっさりとエルラから視線をそらした。真剣に聞いていても時間の無駄だ。その間に食事を済ませた方がよほど建設的じゃないか。
「飽きませんわよねぇ、エルラも……」
 つい漏らした一言にレスティーはようやく顔を上げた。
「エルラですもの」
 答えになっていないことを言って彼女はマグをフィニーに差し出した。
「フィニー。おかわりお願いします。えっとですね、具たっぷりでお願いしますー」
「かしこまりまして」
「スープおいしいですー」
 エルラの説教をBGMに、レスティーはひどく幸せそうに微笑んでみせた。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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