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二章 7.おやつの時間

 ようやく、おやつにありつけるようになったのはすっかりケーキが冷え切った頃だった。
 再び暇を持て余して繕い物を開始したフィニーがまず最初に気付いたのだった。
 監視していたわけでないのだが、姫様は彼女の目の前にいて。
 ずっとその側で手元に視線をやっていたのだが、嫌でも気付くことがある。


 もしかして。


 作業で手を動かす素振りをしながら、疑念を持ってフィニーはレスティーの様子を観察した。
 一分…二分……十五分ほど観察して、フィニーはその疑惑に確証を持った。
(もしかして、姫様先ほどから一頁も読まれていない?)
 もしかしなくてもそんな気がする。
 寝ているのかと疑って、しかしそれはないと思い直す。姫様の表情は真剣そのもので、目だってつぶっていないのだから。
 もしこれで眠っているのだとしたら、かなりの才能である。そんな才能があるのなら、ウォークフィード博士は姫様が眠っていることに気付かず授業を進めているような気がする。
(何を、そんなに真剣に?)
 不思議に思ってフィニーは少し大胆に姫様を見つめた。じっと、一点を見据えたまま動かない真剣な眼差し。
 ごく何気ない振りをして後ろに回って、内容を確認する。
 『気候と農業――その歴史』そのさわりの部分だ。
 さわりの部分だからして、さして重要な事は書かれていない。当然、理解に苦しむような小難しいことも書かれてない。
 ウォークフィード博士はさぞや困ったことだろう。
 フィニーは苦笑した。彼女は博士よりはよほど姫様のことを知っている。
「姫様、どうされたんですか?」
 そっと呼びかける。少し、ほんの少しだけ声に力を込めて。
「姫様」
 ちょっとして、レスティーはようやく顔を上げた。
「あ、はい、フィニー?」
 きょとんと顔を上げる姫様に侍女はにっこりと微笑みかける。
「本がどうかなさいました?」
 レスティーは一瞬言葉に詰まった。
「え、ええ」
 ちょっと口籠もってちらりとレスティーは紙面に目を落とした。
「れが」
「は?」
「れなんです。れがれでなくて、でもれでないとれじゃないような気が…」
 フィニーは紙面と姫様の顔とを交互に見比べる。
「……はあ」
 間の抜けた声を出して、とりあえず彼女は提案した。
「ええと、とりあえず。お茶にいたしませんか?」
 まずは落ち着くことが肝心だろう。
「ケーキ作りましたの。持ってきますから」
 こくんとレスティーはうなずいた。
「エルラ? お茶にしますわよ」
 未だにぶつぶつ言っている同僚に声をかけてフィニーは厨房に行くとお湯を火にかけて、冷やしていたケーキを切り分ける。
 お茶の準備を整えて、エルラをなんとか現実へと連れ戻す。
「それで、れ、がどうしたんでしょう?」
 フィニーが問い掛けると、レスティーは幸せな気分でケーキを切り崩しながら、ちょいと顔を上げた。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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