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二章 8.おやつとお話。

 レスティーの説明にエルラは先ほどまでの上機嫌さが嘘のように渋面になった。
「姫様ッ」
 裏返った声をあげる。
「まともに勉学に励まれていると思ったらなんなんですかそれはっ!」
「だーってー」
 レスティーがフォークを片手にもごもご言う。
「だって、ではありません! 姫様。そんなことではウォークフィード博士に申し訳ないと思わないのですかっ!」
「でもぅ」
「でも、でもありません!」
「まあまあ、エルラ。落ち着きましょう」
 フィニーは宥めるように微笑を浮かべた。
「姫様も、もうすこーし真面目にお勉強してくださいね」
「フィニー、貴方は!」
「まあまあまあ」
 にこにことフィニーはエルラを宥める。
 慈愛のこもった笑みだった。まるで聞きわけの子供を優しく見守るような表情に、エルラは文句を言いかけて止めた。
 何となく、そんなことをしたら負けと言う気がする。
 フィニーはよくできましたとばかりに笑みを深めて――エルラはそれに再び文句を言いかけたが押しとどめた――、レスティーに向き直る。
「つまり姫様は」
「はい?」
 目をぱちくりするレスティー。
「そのれの問題が解決すれば真面目に勉強をしてくださる、のですね?」
 確認するような問いかけに、ちょっと迷ったあとレスティーはこくんとうなずいた。
 正直な話、姫様にいくら甘いフィニーだってその言葉を全て信用することは出来なかった。
 信用するのはするがなんというか。今は真剣に思っていてもふと興味を惹かれるものがあればそっちに集中するだろう、と何となく予想がつくのだ。
 まるで子供のように、興味を持ったことしか見えないのはいいことか悪いことか。
 そんな風に思いながら、でしたらと彼女は切り出す。
「参考までに一つのお話をいたしましょう」
「参考、ですか?」
 レスティーがきょとんとする。
 フィニーはうなずいた。
「母に聞いた話ですが」
「なんなんですか?」
 興味を引かれたのかレスティーが手を止めた。
「むかーしのお話ですわ」
 フィニーはにっこりした。
「昔のお話、ですか? えーと、れの謎がわかるのかしら?」
「いくら歴史を紐解いて見ても、文字の由来は一つです。神から与えられたもの。この世界の創世から、その事実は変わりません」
「でもー」
「でも、私の母は妙に博識なので、少し違う話を知っているんです。お聞きになりますか?」
 レスティーはちょっと騙されたような気分になりながらこくんとうなずいた。
「昔々、この世界が生まれた時、偉大なる神は人間に言葉を与え、文字を与え、あらゆる物を与えてくださいました。ですから、その由来を探ろうとしたところで、それは無意味です」
「むう」
 話し出したフィニーは不満そうにうなるレスティーを見つめる。
「では、その言葉や文字はどこから来たのかおわかりになりますか?」
「どこ、って神様が与えてくださったんでしょう?」
 レスティーは目をぱちくりとさせた。真面目で勤勉な侍女の顔をじーっと見つめる。
 真剣なフィニーの顔。冗談の空気は感じない。
「ええ、そうです。この世界のおいては、少なくとも神が与えてくださったものですわ」
「この世界、ではって?」
 彼女はできのいい生徒に満足げにうなずいた。
「私達の住むこの世界以外にも、世界がたくさんあることはご存知……ですわよね?」
 ちょっと不安げに問い掛けるフィニーに、レスティーはこくんとうなずいた。
「とおーいとおーい昔のお話ですよね。ええ。聞いたことがあります〜」
「それがどうか?」
 エルラが一体何を言いだすんだとばかりに問い掛ける。
「神がこの世界に与えてくださったのは、その他の世界の文字なのですわ」
「そう、なんですか?」
 レスティーはびっくりしたようだった。
「はい。ですから、なぜ『れ』があんな形かなんて疑問に思っても、おそらく理由はわからないのではないかと」
「うー」
「ですが」
 不満げにうなるレスティー。フィニーはそれを宥めるかのように続けた。
「その当時より、文字の形は変化しているそうですわ。どうしてそう変化したか、その辺りを学ばれても面白そうですわね。その辺りにれの謎が潜んでいるかもしれませんわよ?」
「謎? ですか?」
 不思議そうにレスティーは目をぱちぱちさせる。
「『れ』の元の形がどうかは私存じ上げませんけれど、変化するその元の姿を見たら、何かわかるかも知れませんわ」
「何かって、何が……」
 エルラがいいかけるエルラをフィニーは一睨みした。
 普段ならなにということもなく無視するのだが、今回に限ってはそれができなくてエルラは「う」とうなった。
 視線に殺気が籠もっている。
「ウォークフィード先生は詳しいことを教えてくださるかもしれませんわね」
 その視線に似つかわしくない優しい声でフィニーは言った。
「詳しいこと……」
「はい」
 これ以上のない笑顔で。
 エルラはなにやら釈然としなかったが、何となく納得した。
(ようは、姫様に勉強をきちんとしてもらおうというつもりか)
 その為に嘘を――とエルラは思った――つくのはいかがなものかと思ったが。
「わかりますか?」
「姫様が頑張ってお勉強されたら、ですね」
 とりあえずエルラはその言葉にうなずいて同意を示す。
 レスティーは難しい顔をして、ケーキを口に含んだ。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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