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三章 2.嫌みと衝撃

 フィニー・トライアルの王宮内の立場は当初微妙なものだった。
 突然雇われた新参者なのに、王女の侍女という地位を得たのだから仕方ないと言えばない。
 本当は護衛も兼ねているのだけど、その必要がないくらいエルムスランドは平和だから、そのことを意識するものはあまりいない。
 大体、フィニーは護衛というイメージからはかけ離れた容姿の持ち主だ。
 新人のぽっと出の侍女にいいようにさせてなるものかと、それはもう陰で色々されたものだ。
 だが今ではそれも大分和らいでいる。
 フィニーは侍女としてとても優秀で、心底から姫様にお仕えしていることは年輩の者ならしばらくすればわかったことだった。そして若い者もほどなくしてその人柄を好いた。
 彼女よりあとに王宮入りした者にとっては彼女は有能な先輩だったし、そうなると彼女を悪く思う者はあまりいないことになる。
(全くいない、とは言い切れませんけども)
 フィニーは内心嘆息した。
 彼女より少し前に王宮にあがった者の中には未だ彼女に好感情を持たない者も多い。
(わからなくもありませんが)
 そりゃあ、ちょっと後に入って来たものがいきなり抜擢されたら面白くないだろう。
 多少コネを使い半ば無理矢理に今の立場を得たから多少の後ろめたさが彼女にもある。
 最終的に決定を下したのは国王自らであるから、そのことに気付くものはいないだろうけれど。
「聞いてるの?」
「えぇ」
 好意的とは言い難い呼びかけにフィニーは曖昧に頷いた。
 それにしても毎回厄介なことだと思う。
 反フィニー連合の毎度の主張は申し訳ないけれどももう聞き飽きた。
「姫様にいい顔をして取り入ろうだなんて」
 というのがその主旨だ。
(自覚してますわよ)
 自分が姫様に甘すぎることくらいとっくに自覚している。
 あの純真な目に見つめられると、ついほだされてしまうのだから仕方ない。それは別に取り入ろうとかいうものではなく、本能にしみついてる習慣ではないかと思う。だから、一生変えられないだろう――そんな確信まで彼女にはあるのだ。
 多分、彼女達には自分がとても嫌味に写ってるのだろう。
 全く――同じことを彼女と同じ立場のエルラや教育担当のウォークフィード博士にも言ってみせればまだ真剣に対処するというのに。
 レッツィ家の後ろだてがあるエルラや、王と親しい博士には何も言わずになんの後ろだてのない自分にだけ言うだなんて。
(残念ながらそこまで弱くありませんわよ)
 この程度で屈するほど、弱ってはいない。最初は孤立無援だったのだ。屈するならとっくの昔に屈している。
 いつものように呆れて上司が仲裁してくれるのを待ちながらフィニーは自分に言い聞かせた。
 月に一度のこの会議はどう考えても時間の無駄だと思うのだけれど、仕方ない。確かに、仕事のための打ち合わせは多少は必要なのだから全くの無駄とは言えないのだし。
(こんな場所に間違っても姫様をお連れするわけにはいきませんわ。あぁ――、姫様は今頃エルラにお説教されてるのかしら)
 フィニーは現実逃避みたいに思う。
 エルラのお説教は愛情があるから聞いてられますけど――、そんな風に考えたときだった。
 突然ノックもなしに扉が開いたのは。
 そんな常識知らずなど王宮に滅多にいるものではない。しかし現実に扉はいきなり開いて、あまりのことに誰もが言葉を失った。
 扉を開けた人物の呼吸音だけが静かな室内に響き、誰かが我に返る前にその人物は口を開いた。
「礼もわきまえずに失礼」
 そう言ったのはエルラだった。
 驚きで目を見開いて、フィニーは反射的に立ち上がった。
「どうしましたの?」
 エルラは曖昧に顔をゆがめて、フィニーの上司の方に視線をやった。
「申し訳ありませんが、彼女をお借りします」
 有無を言わせぬ口調で言う。
「え、えぇ、もう大方話は済んだけれども……」
 エルラの鋭い視線に中年の侍女長はしどろもどろに答えて、
「それで――」
 一体何があったのか聞こうとしたときには、すでにフィニーはエルラの隣をすり抜けて部屋を出ていた。
「お邪魔いたしました」
 エルラがその瞬間に一礼して扉を閉めたのでその言葉は出ないまま終わる。
「一体どうしたのかしらねぇ」
 ふぅ、とため息一つして侍女長は漏らすと、とりあえずパンパン、と手を叩いて会議を終了することにした。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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