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三章 3.説明と捜索
エルラが足早に廊下を進んでいくので、フィニーは自然と小走りにその後を追った。
そんなことをしようものなら、普段なら即座に「廊下を走るとは何事だ」と言いそうなエルラなのに、今日に限っては反応がない。
(お……おかしいですわっ!)
彼女の後を追いながら、フィニーは嫌な予感に胸を震わせた。
これはどう考えてもおかしい。
普段のエルラなら、間違ってもノックもなしに扉を開けたりしないだろうし、廊下を走るのを許容しないだろう。
(これは、まさか――封印崩壊の前触れ?)
大げさすぎることを考えながら、フィニーは離されないようにエルラの後を追い続ける。
角を2つほど曲がったところで、エルラは近くにあった扉をまたノックもなしに開いた。
フィニーが彼女の後を追って室内に入り込むとエルラは扉を後ろ手にばたんと閉める。
どうやら、空き部屋のようだった。
わずかにある家具にはそれぞれ白い布がかけられていて、その上にうっすらと埃が積もっている。
エルラが無造作に扉を開けたのは、ここが空き部屋と知ってのことだったのだろう。
(何故知っているのかは疑問ですけど)
どうでもいいことを気にしつつ、フィニーは思い詰めた顔をして自分を見ているエルラをそっと見返した。
「エルラ?」
何も言い出そうとしないので、声をかけるとエルラは意を決したように呟いた。
「姫様が……」
「姫様が?」
「忽然と姿を消された」
重々しい口調だった。
フィニーは思わずまじまじとエルラのその真剣な表情を見返す。
「え?」
目をぱちくりとさせても、エルラのその真剣な表情は揺らぐことがない。
「忽然と、って……」
「あああ、姫様。今頃どこで何をなさっているか……」
「ええと」
頭を抱えてうめくエルラにフィニーは困った顔になる。
「そんなおおげさな。貴女の説教中に何処かに行かれただけでしょう?」
どこかに行ってしまうというのは、姫様にしては珍しい行動ですけど。内心でそう続けるフィニーには気付かず、エルラは真剣な表情を変えようともせずに続けた。
「室内はくまなく探した」
「姫様の行動範囲はもう少し広いと思いますけども」
「あり得ないと思いつつ、博士の所にも行ったが。陛下のところかとも思ったが――さすがに謁見を賜る理由が私にはない」
「ですわね」
「近衛に聞いたところ姫様をお見かけしてはいないようだ。王妃様の所も同様。他に思い当たる節が私にはない」
「庭園は?」
「そうか……そこもあるな」
フィニーの言葉にエルラは頷いた。
「姫様も子どもじゃあないんですから、そこまで心配しなくていいんじゃないですか?」
「それで何かあったらどうするんだ?」
「そう滅多なことはないと思いますけれど」
フィニーが勤めはじめてからこっち、そんな大それた事態なんかなかったのだ。
だから、フィニーは護衛でなくただの侍女として認識されているのだから。
「断言できるのか?」
「絶対はありませんけど」
エルラの問いかけにはいと頷くこともできず、フィニーがぼそぼそ言う。
危険どうこう以前に何かとんでもないことをやらかしそうなところが姫様にはあるのだから。
「探すぞ」
「ええ」
姫様を捜すこと自体に異論があるわけではない。フィニーはこくんとうなずいた。
「私はお部屋を探しますわね。戻られてるかもしれませんから」
「わかった」
言うなりエルラは身を翻して、扉に手をかけた。
「庭を探したら一度戻る」
「ええ」
そうして足早に立ち去るエルラよりはゆっくりとフィニーも部屋を出た。
「そう心配することなないでしょうに」
そうは思うのだがエルラ本人には言えない。
(少なくとも――王宮内にはいらっしゃいますものね)
姫様が王宮から出たらわかる程度の、簡単な魔法くらいは使っているのだ。その魔法を応用すれば居所はすぐ特定できる。
(まあ、そんなことする必要はありませんわよね)
緊急の場合でもない限り、そんなことはしなくてもいいだろう。そんなプライバシーを侵害するようなことはフィニーのしたいことではない。
(エルラに言ったら心配だから即探せと言われそうですけれども)
わずかに苦笑して、フィニーは心持ち早足で部屋に向かった。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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