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三章 6.青年と金髪の二人
「へ?」
間の抜けた声を上げて、青年が自分のことを指差した。
自分の連れの二人と、レスティーとを見比べてレスティーが間違いなく自分を見ていることを知って苦笑いをする。
「あのね、君」
「隠し子なんていたんですの?」
優しく口を開いたところで、女性がくすくす笑いながら言ったので青年は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「レディア、僕は独身なんですけど」
「だから隠し子と言ったのですけど?」
真顔で言い返す女性――レディアを困惑した顔で青年は見る。
「冗談ですよね?」
「貴方と彼女、雰囲気がどことなく似てますわよ?」
からかうような口調。
「そうですねぇ」
女性と同じように面白がっている顔つきで男性も言うものだから、青年はさらに困ったように顔をゆがめた。
「あのですねえ」
「冗談ですわよ」
「冗談ですが」
さすがに声に怒りが混じると、同時に言ってのける連れに青年は嘆息した。
「僕に何か恨みでもあるんですか?」
まさか、とまた同時に返答が帰ってきて頭を振る。
「事態をややこしくするのはやめてくださいよ――ええとね」
気を取り直して青年はレスティーに向き直りにっこりと笑った。
「はいお父様?」
「えーと、あのね……聞いてた?」
レスティーの迷いのない答えに顔を引きつらせて、青年は首を傾げた。
別に声を潜めていたわけでもないし、会話は筒抜けだったはずなのに。
「はい?」
レスティーがちょこんと首を傾げるのを見て青年は絶望的な表情になった。
「僕は君みたいな娘を持った記憶がないんだけども」
「えええ、でも」
「大体僕はまだ20代で、未婚なんだよ」
優しく諭されて、レスティーはまじまじと青年の顔を見返した。
その顔はやはり父にそっくりで、別人とはとても思えないくらいだった。口調もよく似ている。
でも確かに――レスティーの知る父よりもずいぶんと若いのだった。
「違う――ですか?」
「残念ながらね」
「ごめんなさい、お父様にとてもよく似てらっしゃったから」
青年はにっこり笑って、レスティーの頭をぽんとなでてやった。
「君のようなかわいいお嬢さんを娘に持てたら光栄だろうね」
レスティーのふわふわ髪のさわり心地が気に入ったのか、青年はレスティーの頭に手を載せたまま驚いた顔のままで固まっていたエルラに視線を向けた。
「あ……あぁ……」
その視線で我に返ったのだろう、ごまかすようにぶつぶつと言ってエルラは彼の視線を避ける。
(冷静に考えれば――陛下がこのような場所にいらっしゃるわけがないじゃないか)
惚けていた間も聞こえてきた会話にそう自分を叱咤すると、改めて青年に視線を戻す。
はっきりと目をそらされたにもかかわらず、青年は不快に思った風もなくますます笑みを深めてこちらを見ていたのでエルラは気恥ずかしくなった。
それをごまかすかのようにエルラは引きつった笑みを見せながら青年に――というよりは姫様に近付く。
それにしても姫様になんてなれなれしいんだろう。
「危ないところを助けていただいて申し訳ない」
「いや、それはこっちが悪いことだから――どうして君たちはこんな危険なところにきたんだい?」
恩人に対するには愛想のなさすぎる言い方に何かを感じ取ったのか、青年は何気なくレスティーから離れてそんな質問をよこした。
「それは」
「助けていただいたことには感謝するが、それを貴方に言う必要はないと思うんだが」
レスティーが言いかけたのをエルラは制した。
「エルラ、その言い方はないと思うの!」
ぷぅと頬を膨らませるレスティーに「少し静かにしていてください」とお願いして、エルラは青年を見据えた。
「違うだろうか?」
言い返してみたものの、実際は何故こんなところにいるのか自分でもわからないから言いようがないだけのことだ。
それに説明するにしても、レスティーの素性がばれるようなことになれば厄介だ。
現在の状況がわからない以上、そしてそれが不得手な魔法が関わっていることは確定的な以上、魔法使いである金髪男女に話は聞いて欲しいとちらりと思うけれど。
でも、駄目だ。
きっと駄目だ。
姫様が自ら素性をばらしそうだからそんな危険は冒せない。
「まあ、そうだね」
青年はあっさりとうなずいた。
悪い人間ではないのだろう。そのことはよくわかったが――やはり言えない。
「エルムスランド宮から魔法の力でこんなところに来たらしい」なんて、自分で言っても信じられないのだ。
「初対面なのに突っ込んだこと聞いて悪いんだけど――教えてもらえないかな?」
「だからっ」
あっさり納得したはずの青年がしばらく困ったような顔になって、再びそんなことを言うのでエルラは青年に詰め寄った。
「まあまあ」
それを宥めるように割って入ったのはレディアだった。
金髪の美女は宥めるようにゆったりと微笑んでエルラの気をそがせてしまう。
「言葉が足りないんですわよ、貴方は」
「手厳しいよ、レディア」
「あら、でも事実でしょう?」
自分によく似た顔にそう言い返して、レディアは胸を張った。
「お嬢さん、私たちはどうして貴方たちがここにいるかが知りたいの」
「君の言葉も足りてないんじゃないかな」
「うるさいですわレクト――どうしてこんな危険なところにいらっしゃったの?」
きっ、と相棒をにらみつけて、売って変わった笑顔で言われてもエルラとしては返答に困ってしまう。
「わからないんです〜」
エルラが困ったのを見て助け船を出そうと思ったのか、美女の問いに答えたのはレスティーだった。
よく似た金髪の二人はその言葉に顔を見合わせた。
「わからない?」
つぶやきは同時で、イントネーションも全く同じだ。
聞く限り名前も似ているから兄弟なのかも知れない――そんなどうでもいいことに気付きながら、エルラはさらに質問に答えようとするレスティーにやめてくださいと態度で願ってその二人に向き直った。
「だから、答える義務はないとさっきから言っている」
「こんな危険な場所に、どうしているのかしら?」
エルラが言い切るのにもめげない、それは断固とした口調だ。
「君は剣の心得があるようだけど、彼女は違うでしょう? どれなのに何故こんなところにいるのかが聞きたいんですよ」
レディアの言い方に比べれば顔はよく似ていてもレクトの言い方は多少は柔らかく聞こえた。
「まさか、自虐趣味があるなんて言わないよね?」
金髪コンビに主導権を握られていた青年が、二人の間から身を乗り出した。
仲間を押しのける形で前に出て、真剣な顔でレスティーとエルラを交互に見る。
「さっきの魔物……か?」
確かにそれは危険だろう。
エルラの呟きにレスティーは見ないようにしていた魔物を思わず見て、すぐに顔を逸らした。息絶えた魔物など見ても気持ちのいい物ではない。
青年はこくりとうなずいた。
難しい顔をして、眉間にしわを寄せる。
「ここは――魔物の気配が濃い。人の憎しみが集中して、彼らはますます力を増している」
「彼らが人を襲えば、人はますます彼らを憎み、彼らはますます力を増してしまう」
「ですから、たやすくは入り込めないように、周囲に結界を張ったはずなのですけど」
三人で口々に言って、自分たちを見るのを見てエルラはレスティーをかばうようにした。
「――」
そうして考える。ここで黙っておくのは得策ではないと、そう感じる。
一つ自分に納得させるようにうなずいて、エルラは心を決めた。
「私たちは――なんと言えばいいんだろう。突然ここに来たのだ」
2004.06.01 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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