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三章 7.その時代

「突然、ですか」
「気付くと、一瞬にして移動していた。だから私にはここがどこだかわからないし、何故こんなところにいるのかと聞かれても答えようがない」
 青年は目をぱちくりとさせて、仲間の二人を交互に見た。
「信じがたい話だが、そうだ」
 疑われているものと思って、エルラは付け加える。
「信じないとは言ってませんよ」
 青年はにっこり笑ってから、どう思いますかと仲間に聞いた。
「あり得ない、なんて言いませんけど――頻繁にあり得ることではありませんわね」
「そんなことの出来る者なんてそうはいませんよ」
「どうしてそんなことになったか、心当たりはありませんの?」
 聞かれて、エルラは迷った。
 心当たりといえば竜の瞳が光った、そのことしかない。
 竜は偉大な存在なのだ。その力は神には及ばないけれど、人間よりももっとずっと力を持つ。
 たとえ眠ってはいても――それが使い果たした力を取り戻すための眠りでも、人間を二人くらい知らない土地に移動させるなどわけがないだろう。
 だが、そのことは言えることではない。
 竜は世界に二匹しか存在しない。
 神の居場所とこの世界は隔てられて、世界には竜がただ二匹しか残らなかった。
 その二匹はエルムスランドの寝殿で眠っている。
 たとえここがエルムスランドから遠く離れた地であろうと、それを知らない者はいない。
 何故竜の寝殿に入ることが出来たのかなどと聞かれたら、答えようがない。
 さてどうしよう。
 嘘を並べ立てたところでこの状況が打開できるかもわからないし、そもそも嘘をつくことがエルラは苦手だ。
「いや、それは……」
 間が持たなくなって、ぼそぼそという。エルラが返答に窮したのにしびれを切らしたのか、そこでレスティーが口を挟んだ。
「竜さんの目が光ったんですー」
 いい加減黙っていることもないと思ったのかも知れない。レスティーの言葉は三人にそれなりの反応を呼んだ。
 大きく目を見開いたのは青年で、顔を見合わせたのは金髪の二人。
 エルラは慌てて「いやそれはあのつまりっ」と大きな声を出した。大きい声を出せばレスティーの発言がかすむかもととっさに思ったのかも知れない。
「つまり――」
 息を飲んで、青年は呟いた。
「眠っている竜さんの石像の目が光ったんです」
 エルラの思いを知らぬままレスティーが青年に明るく答える。
「あ……あ………」
 言葉を封じる間もなかった。はっきり言い切られてしまうとフォローのしようもない。
 ため息と共に、全部素直に言うしかないと決める。
「魔物を封じて眠る双子竜」
 きっとまなじりをあげ口を開きかけたエルラに先んじて青年が呟く。エルラがうなずいて答えると彼は苦笑いして仲間を見た。
「そんな力なんてないと思いますけどね」
「彼女たちは嘘は言ってないと思いますよ」
 レクトの呟きに青年は答えて、レスティーとエルラを交互に見る。
 エルラはその青年を惚けたように見つめた。
 問題点が激しく違うように思う。どうしてエルムスランド宮の、それも聖域たる竜の寝殿に入り得たかというそこに言及しないのは何故だろう。
 だがありがたいことではあった。
「竜は偉大なのだ、人間二人くらいを移動させるなどわけないだろう」
 なのでレクトの言葉にそう反論すると、彼は曖昧に笑う。
「そりゃあ、それくらいならば簡単でしょうけどね」
 あっさりと前言を翻す男をエルラは不審そうに見る。
「どういうことだ?」
 問いに三人は顔を見合わせた。相談するかのようにこそこそと言葉を交わす。
 最終的に代表として出てきたのは青年だった。
「つまり、ですよ」
 言いにくいことを言わなければならないような、それは先ほどのエルラとよく似た表情だった。
 視線を泳がせて、言葉を探す。
 やがてため息と共に意を決したらしい。彼は再び口を開いた。
「ここは、まだ魔物が封印されていない時代なんです」
「は?」
 耳にした言葉が理解しきれなくてエルラが間抜けな声を出す。しばらく黙っていてくださいね、と青年は口の前に指を一本立てた。
「世界に魔物が現れ、それに人々は怯えている。戦いの術はあっても、それは未知の魔物に使うべき技ではなかった。魔物は人を恐怖させる。それこそが彼らの力の源だから。戦う者もなく魔物は力を付ける一方で、日増しに驚異は大きくなっている――」
 青年はそこで一息ついた。
「世界はあまりにも広い。人手は限られている。僕と、レクトとレディア。それだけで世界を守りきることなど不可能に近い。助けを求めたいところだけれど、神の力が及ばぬよう魔物達がしてしまった。そんなことでもなければ、かの方はとっくにこの地に降臨なさっていただろうに――僕たちの出せた結論は一つだった。僕たちに出来るほとんど唯一の方法が魔物を封じるそのことだったから」
 青年が金髪の二人に視線を向けると彼らはこくりとうなずいた。
「魔物を封じた眠れる双子竜――ということは、うまくいったみたいだね」
 その言葉によく似た笑顔を見せて、二人の姿が変わった。一瞬消えたように見え――次の瞬間には巨大な金色の肌を持つ竜がその場に姿を見せている。
「なっっ」
 明らかに信じていない顔つきで青年を話を聞いていたエルラが驚愕の声を上げる。
「竜――さん?」
 大きく目を見開いてレスティーが呟くと青年がにっこりうなずいた。
「時を越えることは時空神様も自ら禁忌とされることですが――まれにそういった現象が起こるそうです。その偶然が、不安に思っている僕らを後押ししてくれたのだから、ありがたいことだね」
「つ、つまり、それは……貴方は……」
 エルラがかすれた声で呟くと青年は顔をしかめた。
「竜以外のオプションまで、その分だと有名になっているようだねえ。僕はナーインアクダ。彼らの友人で、そしてこれからは守り人になる人間だよ」

2004.06.01 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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