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四章 0.王とその騒動
エルムスランド王国の王都ガードンの真ん中、王宮のそのまた中心にあるのが国王の執務室である。
第57代国王サナヴァ・エルムスランドは、予想外の来客に頭を抱えたい気分だった。
執務室は、そこまで広くない。その上に左右を埋め尽くす書棚があるものだから手狭と言ってもいいかもしれない。
そもそも大人数で打ち合わせをするなら会議室があるのだし、無駄に広いよりも書棚にすぐに手が届くこれくらいの広さがちょうどよいのだとサナヴァは思っている。
だが、五人ほどに押し掛けられるとたちまち窮屈に感じてしまう。
来客に気付かれないように、彼はそっとため息を漏らした。
わかるように処理中の書類を机の端に追いやり、視線を上げる。
「寝殿へ入りたいなどと言う人間は、この国にはいないと思っていたけれどね?」
にっこりと微笑む。
柔らかく優しげで愛嬌のある微笑みが、サナヴァの最大の武器である。
「他を納得させる資料さえもない。寝殿は不可侵の場所だ――それは国民はおろか世界中が知っている。仮に他国の王族の希望であろうと、我が国は寝殿へ何者も入れなかった。それをただ何か異常な力を感じたというそれだけで君たちはその中に入り込むと?」
じっくりと一同を見回す、その瞳には確固たる意志が見て取れた。
「しかし陛下、我々は確かに感じたのです。異常な魔力の高まりを」
「ふむ」
「陛下は魔法がお得意でないから、事の異常さがおわかりにならないかも知れませんが」
「そんな問題じゃないよ、ラインワーク」
臣下の言葉に混じるわずかな棘にサナヴァは苦笑した。
「君たちが言うのだからそれは事実なのだろう。その魔力というのも問題だけど、私は別のことを心配する」
「寝殿に――いや、竜達に何かあればどうするというのですか」
「私は竜は簡単にどうにかなる存在だと思っていない。それよりもだ、例外を作るということを恐ろしく感じる」
「貴方の発言とは思えませんが」
トレッド・ラインワークは国王よりは一回りほど年が離れている。
代々王家に仕える有能な魔法使いの家系だから、彼自身も若くから王宮で働き魔法使いの長の地位に数年前に就いた。
当然若き日の王も知っているし――、反対する家臣を煙に巻き英雄王の生まれ変わりという名目で各国を回った頃のこともよく覚えている。
「貴方はそのような方ではない。古くからあるしきたりをくだらないと切り捨てるのが本来の貴方ではないですか、陛下っ」
サナヴァは笑みを深めて、頬杖をついた。
「よろしいですか、私たちは二度も異常な魔力が膨れ上がるのを寝殿の方角から感じたのです。何もなければ、それでよいのです。ですが、もし万が一何かあればどうなります?」
「何もないと思うけどね」
ラインワークの熱弁にサナヴァはさらりと呟いた。
「陛下っ! 竜は我が国の象徴であると同時に、世界の平和の証でもあるのです。封印されたはずの魔物が徐々に姿を現しつつある現在竜に何かあれば世界は混乱しましょう!」
「君の言うことはもっともだけれどね」
頬杖を解いて、サナヴァはうなずいた。
「だが寝殿は私たち王族ですら簡単に立ち入れる場所ではない、そのことは君たちも重々承知していると思うけれど。竜達の眠りを妨げないようにと、いつからか定められている。本音を言えば――私もそのこと自体はくだらなく思うよ」
それはあっさりとした口振り。
立ち上がり、王は背後の窓を開けた。風が室内へと入り込み、彼の髪を柔らかく揺らす。
寝殿を一瞥した後、彼は臣下を振り返った。
「窓を開けたらさわやかな風が入り込むだろう。人々が訪れれば明るくなるだろう。眠りを妨げないように、とはいえ隔離されて押し込められては竜達も寂しいかと思うのだが……だが、それは長い間で培われてきた掟だ――不可侵の」
「ですが」
「最後まで言わせなさい。君たちを向かわせるのはたやすい。人は良心によりそこに入らないだけだし、取り立てて警備もない。宝物庫に侵入するより、寝殿に入り込む方がよほど簡単だろう。だがそれを君たちにさせたくはない」
サナヴァはふいに笑みを消した。
「何故ですか!」
ラインワークをはじめとした、魔法使い達が声をそろえる。
「答は簡単だよ、君たちが神殿に入り込んだ事実が知れれば私は君たちを処分せねばならない。それは私にとって面白くない事態だ。エルムスランドになくてはならない有能な人間がいなくなるのだから」
「そういう問題ではありません」
「私にとってはその程度の問題だよ。君たちが納得できないと言うのならば、私が寝殿に行こう。私ならば問題ないからね」
「陛下では異常がわかりようがないでしょう」
「王妃を連れていく。彼女は魔法に詳しい――他に問題は?」
有無を言わせない口調で、サナヴァは問いかける。その言葉に反論がなかったので彼は顔に笑みを戻した。
「では王妃を呼んでこよう。君たちも神殿前までついておいで。もし万が一何かあれば力を借りなければならないからね」
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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