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四章 11.真実という名の衝撃

 エルラが気乗りしないまま戻ってきたとき、国王一家はそれなりに家族水入らずを楽しんでいたようだった。
 会話がぴたりと止まり、それに多少の居心地の悪さを感じながらエルラは深呼吸する。
「もういいのかな?」
 国王の言葉に、エルラははいとうなずいた。
「いいの?」
 びっくりしたような顔で問い返したのはレスティーだった。
 とてとてっとエルラに近づいて、じいっとその顔を見上げる。
「でも――フィニーが」
「そうなのですが」
 こっそりささやかれた言葉にエルラも明確に答える言葉を持たなくて、困ったように扉を見やる。
「フィニーが自分のことは気にしないでかまわないと」
「うーん」
 エルラもレスティーにささやき返した。
 姫様はちょっと首を傾げて、それから少しして両親に向き直る。
「じゃあ、お昼にしましょう」
 それからあっさりというと自ら扉を開けて、すたすた入り込んだ。
「失礼するね」
 王と王妃がそのあとに続く。
 レスティーの切り替えの早さにエルラはまたため息をついて、仕方なしにその後を追った。
 扉をくぐったら、正面と左右に扉がある。
 左右がエルラとフィニーの部屋に続いて、正面の扉がレスティーの部屋になる。
 待合いの意味合いのある横長の一室を通り抜けて、レスティーはさらに奥に進んだ。
 さすがにその扉の前でレスティーはもう一度考え込んだ。
 ゆっくりとノブに手をかけて、恐る恐る開くと、一番に黄金色の髪が目に入った。
 見慣れた色だけれど、その持ち主だけは見慣れない姿をしている。
「お帰りなさいませ」
 それでもその微笑みはよく知ったもの。
「ただいまですー」
 だからレスティーもにっこり笑って返事をする。
「――驚いた」
 ほのぼのした空気を打ち破ったのはレスティーの後ろから顔を覗かせた王だった。
「まあまあ」
 王妃はやたらとにこにこしながら目を大きく見開いている。
(どうする気なんだ)
 エルラはこっそりと最後に部屋に入り込み、静かに扉を閉ざした。そして問題の侍女に視線を向けると、彼女は丈のあっていないスカートの端をひょいと持ち上げて優雅な一礼をくれたところだった。
「いらっしゃいませ」
「ん」
 王はエルラをちらりと振り返った。
「ええとあの」
「何も言わなくてよいよ」
 思わず何かを――とりあえず何かを訴えようと思ったエルラの言葉を冷たく王は封じる。
 そうしてすたすたと中央のテーブルに歩いて、手に持ったバスケットをおろした。その左にフィニー。彼女と正面から向き合うように王は体を回転させた。
 お互い、手に何も持っていない。それでも緊張感のある対峙だった。
 次に何が起こるのか、想像もつかなくてエルラは息をのむ。
「お父様っ」
 そのぴりぴりとした緊張に気付いたのかレスティーが言いながら後ろから王に突っ込んだ。
「うわっ」
 その普段ならぬ娘の突撃に王は間の抜けた声を出して体勢を崩した。前にぐらりと傾いだ体を椅子の背を持って止めると、ゆっくりと娘を振り返る。
「何で君の言動はたまに突拍子もないんだろう」
「誰に似たんでしょうねぇ」
 のんびりと続いた言葉に彼は視線を妻に向けて、ちょっと顔をしかめる。
「少なくとも、かなり君に似ていると思うなあ」
 体勢を立て直し、王は娘を見下ろした。ぽんとその頭に手を乗せてなだめるようにしながら、彼は肩をすくめる。
「お忙しい中、わざわざお越し下さるとは思いませんでしたわね」
「忙しいから、あまり無駄なことはしていないつもりだけどね?」
 再び緊張感と共ににらみ合った王と侍女はそれぞれ辛辣に言葉を交わした。
「――ま、よろしいですけど」
 その視線から先に力を抜いたのは侍女の方。
「つまり時期が来たのだと私は思うね」
 その彼女にそう声をかけながら、彼は娘からそっと離れた。
 フィニーは苦虫をかみつぶしたような渋い表情になって、再び視線に力を込める。王はその視線から自然に顔を逸らして、妻を振り返った。
「ディア、お茶の用意をお願いできるかな」
「はいですー」
 王は椅子を引いて座ると片肘をついた。
「目的を達するためにはここで二の足を踏んでいる場合じゃないよ」
「――正論ですけど」
「けど?」
 フィニーはため息を漏らした。
「……言い争っている場合でもありませんわね」
「賢明だね」
 そこでお互い緊張を解いたので、ようやく過ごしやすい空気になる。フィニーは長い髪を掻き上げた。
「つまり、覚悟はできているんですわね?」
「君が覚悟した以上ね」
「……買いかぶりですわよ」
 吐き捨てるようにフィニーは呟くと、軽く王を睨んだ。
「私は言う気はありませんでしたわよ」
 面白そうに王が「へえ?」と呟く。
「お父様と、お知り合いなんですか?」
 二人の訳ありな空気に口を挟んだのはのほほんマイペースなレスティーで、二人は顔を見合わせてそれから苦笑した。
「エルムスランドに仕える以上、国王陛下のお顔くらい存じておりますわよ?」
 まるで煙に巻こうとするかのようにフィニーが言う。
「そうじゃなくって」
 レスティーはむーっと顔をしかめた。そりゃあ、いくらぼけぼけのレスティーだってフィニーと父親が顔見知りだってことくらい知っている。夕食だって一緒に食べちゃう仲なのだ。
 でも、今問題にしたいのはそうじゃなくって。いつもじゃない姿のフィニーと父が親しく言葉を交わしているということ。
「見た目が変わったくらいで誰だかわからなくなったりはしないよ。特に強い気配を持つ人に関してはね」
「えっと」
 にこやかに言う父の言葉にレスティーは目をぱちぱちさせた。
「つまりえっと――」
 自分に言い聞かせるようにぶつぶつ呟くレスティーの頭を王はぽんと叩いた。
「ま、気配じゃなくても分かっていたけれどね。どちらかというと、今の姿の方が私は見慣れていたし」
「え?」
「はっ?」
 レスティーの声と、エルラの声がほとんど同時に響く。二人分の視線を浴びて、王はますます笑みを深めた。
「どういう意味ですか陛下」
 エルラの問いかけにいたずらっ子のように瞳をきらめかせて、王はさらりと爆弾発言を投下する。
「私がなんて自称をしているかは知っているだろう? 竜以外のオプションの生まれ変わりだって」
 英雄王、ではなく竜以外のオプション。
 その言い方は確かに過去で英雄王本人が自分のことを称した言葉。
「あれから何事もなく帰れたんだね。よかった」
「ですわねえ。姫様に何かあったら――私、後悔してもしきれませんもの」
 爆弾発言の主は一人で納得してうなずき、それに呼応するのはその友人たる竜の化身。
 奥のキッチンからトレーを手にして王妃が戻ってきて、室内の緊張感に首を傾げた。
「さあ、お茶が入りましたよー。お昼にしましょう」
 何も知らないような無邪気さで王妃はトレーを机に置いた。
 そんなことを言われてもレスティーは驚きで動きを止めていたし、エルラは同じように固まったまま食事がのどを通るわけがないと思ったけれど。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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