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四章 14.こういうこと

「こういうこと?」
 レスティーは不思議そうに呟いた。
「ナーインアクダ・エルムスランドは魔物の封印に協力せざるを得なくなり、今サナヴァ・エルムスランドがその封印の危機をどうにかしないとと苦悩しているようなこと?」
 王のどこか突き放した言い方にエルラは違和感を覚える。
「封印が、なくなろうとしていると?」
 呟きながら同僚に視線を移す。竜の化身――彼女がこんなところにいるのはだからなのだろうか?
「もとより封印は完全なものではありませんから。その場しのぎのものですわよ。千五百年近く、よく持ったと思いますわ」
「もう一度封印するようなことはできないのか?」
 フィニーは「さあ」とでも言いたげに肩をすくめた。
「こちらは明らかに分が悪いし、彼らも再びそんなことになるのを簡単には許さないだろうね」
 エルラの問いかけに答えたのは王だった。
「再び、魔物が闊歩する世になる、のですか?」
「そうならないように願うけれど」
 それは婉曲な肯定に聞こえる。
 エルラは身震いして魔物のことを思い起こす。過去の世界で、それは恐ろしい存在だった。
 あの時、ナーインアクダが――つまり前世の王と竜達がやって来なければ。おそらく姫様とエルラはそこで果てていただろう。
 エルラは自らの力を過信していないけれど、それでも護衛を任されている身だ。剣技に自信がないとは言わない。でも対人間に向けたその技が魔物に対してどれほど役に立つかその答えは未知数だ。
 剣の腕に多少は覚えのあるエルラでさえ恐ろしいものを感じるのだ。身を守る術のない者は魔物にどれだけの恐怖を覚えるだろう。
「各国にその危険を伝えてあるから、それぞれ武力に磨きはかけているだろうけど」
 気乗りない顔で王は呟く。
「人と魔物が正面を切って相争う事態は、なんとしてでも避けたい」
 視線を上げて告げた一言にだけ力が篭もっている。
「互いに甚大な被害が出る――彼らにそれが理解できることを祈るね」
 エルラは再び違和感を感じた。
「魔物さんと戦わなくてすむように頑張る、ですか?」
 その違和感を形にして問いかけたのはレスティー。王はにっこりと笑ってしっかりとうなずいた。
「合格点をあげよう」
 その言葉をエルラが理解できるまでにしばしの時を要した。
「えええええ!」
 理解できた途端に行儀悪く声を上げながら立ち上がる。
「何をお考えなのですか陛下っ。魔物とはかつて世界を滅亡の危機に陥れた存在ですよ!」
「そんな大昔の罪は封印で帳消しでいいじゃないか。彼らは長い時間をそれにより費やした。過去のことは伝承の域に達して、現実としてそのことを知る者もいないのだから」
「ですがッ」
 エルラは裏返った声を張り上げる。その彼女の様子に王は目を細めた。
「ですが今現在、世界に蘇りつつある魔物の被害の報告も……」
「エルラ・レッツィ」
 その声は優しくて、しかし何か強い意志が込められている。優しいながら有無を言わせないその声にエルラは口に出そうとしていた反論の数々を思わず飲み込んだ。
 王の視線は柔らかく、自分の無礼を咎めている様子ではない。それでも背中に冷や水を浴びせられたみたいにエルラはすとんと我に返った。
「君は真面目で、どこか折れるところを知らない」
「は、はぁ……」
「さすがにレッツィの娘さんだね」
 居心地悪くエルラは身じろぎした。王は彼女のそんな様子に気付いているのかいないのか、顔をほころばせてつと窓に視線を逸らした。窓の外には寝殿の姿。
「世界に魔物が現れた理由について、考えたことはあるかい?」
「え……」
 突然の問いかけにエルラは真意を見極めようと王を見た。偽りではなく本当に英雄王の生まれ変わりであると竜の化身に保証された男の横顔は寝殿を見つめたままだ。
 彼の横顔は真意を読ませない。
「魔物が、現れた、理由?」
 ぶつぶつ呟いたのはレスティーだった。
「なんででしょう?」
 首を傾げて、父の見ている方を――寝殿を見つめる。その方向に答えがあるのではと疑っているようにじーっと見て、諦めて顔を逸らした。視線を戻す途中に神殿の姿。
 この世界にとって神は遠い。魔物によりその力を世界に及ぼすことを封じられた神よりも、魔物の脅威を封印した竜の方が人にとって近しいから。
 視線を父に戻すとレスティーは首を傾げたまま迷いながら口を開く。
「神様の力が足りなかったからですか?」
 レスティーにはそれが悪くない答えに思えた。
 王はゆったりとうなずきを返す――肯定。それにエルラが驚いて口を開きかけると、王は一瞥でそれを制した。
「神は万能ではないよ。有能ではあるけれど。だから世界を創世する事ができたけれど、魔物の発生を阻むことはできなかった」
 諭す口調は主にエルラに向けられているのだろう。レスティーは素直にふんふんとうなずいている。
 エルラはこっそりと神に近しい存在である竜――フィニーを横目で見た。自らの仕える神を貶めるように聞こえる王の発言にも彼女は平然とした様子を崩さなかった。
 王にはズバリという彼女であると理解したような気がしただけにエルラは拍子抜けした。釘を差すようなことを言うでなく、フィニーはゆったりと食事を進めている。
「なかなかいい着眼点だね」
「もちろん、姫様は優秀な方ですもの」
 娘を誉める王の発言には本人の前に反応するから聞いていないわけではなかったのだろう。
「レスティー……」
「――、ええと、レスティー様は優秀な方ですから」
 じっとりと注意するレスティーの言葉に戸惑ったように言い換える。その侍女の様子に満足して一つうなずいたあと姫様は父を再び見つめた。
「お父様、神様の力が足りなかったから魔物が現れたなら、神様の力が封じられてる今はもっともっと魔物が現れちゃうんですか?」
「どうだろうねぇ」
「否定はできませんねぇ」
 王と王妃が口々に娘の言葉に首を傾げる。
「――それをどうにかするのが私たちの役目ですわよ」
 少しは前向きに呟くのはフィニー。
「それにしてもひ……あー、レスティー様」
 どうにも慣れないらしいフィニーは何とか呼び方を直して、レスティーに向けて極上の笑みを見せた。
「とても良い洞察力ですわね」
 見慣れない大人びた姿でも、実は竜の化身でも、フィニーが姫様に甘いのには変わりないらしい。
 面はゆくなってレスティーはスープ皿に視線を落とした。
「ええとええと……、じゃあ魔物がたくさん現れるんですか?」
 誉められたということはそういうことでもある。
 大好きなスープに手を伸ばしかけたまま、気付いてしまったので顔を上げる。
「どうすればそれを押さえられるかが課題だね」
「貴方が本当にナーインアクダの生まれ変わりだと公表して指揮を執ればいいじゃないですの」
「もうとっくに自称はしているよ?」
「知ってますわよ」
「信じている人はいないだろうけどね」
 フィニーは呆れたように目を見開く。
「信じさせないようにしている、の間違いでしょう」
 言われて王はにやりと笑う。
「英雄王の名はかつてそうであった私にとってもとても重いよ。そう呼ばれるのはご遠慮願いたいね――」
 でも呟きには自嘲が混じっていて、フィニーはますます呆れた顔になった。
「自らの名を毛嫌いしなくてもいいと思いますけどね?」
 そこでフィニーはレスティーの視線に気付いた。
 姫様の理解を置いてきぼりにしている事実に表情を改める。
「魔物がどうして現れたのか、という話でしたわね。それは簡単な事実ですわ――とても簡単で、でも理解しがたいことですの」
 フィニーはそこで言葉を切り、王はそれに気乗りしない顔で続ける。
「だからこそ、竜とナーインアクダは魔物の封印という手段を選ばざるを得なくて、そして今魔物の復活を前にどうすれば今後うまくいくか悩んでいるわけだよ」

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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