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四章 17.秘密のお茶会を

 ぐるりと辺りを見渡しても、面白いくらいに何もない。
「ふにー」
 何度繰りかえし見渡したって、部屋の中に新しい何かが増えているわけがなかった。だからレスティーは仕方なく再び視線を元に戻す。
 部屋の中央に据えられたベッドに眠るエルラに。
 眠る、と言うよりは気を失った、と言う方が正しい。普通に寝たんだったら寝顔なんて見に来ない――というよりはそんなことをしたらエルラに叱られること請け合いなのだから。
 エルラが気を失った理由はレスティーにだって理解が出来た。
 のんびりレスティーでも、充分に驚くようなことをいくつも言われたんだから、エルラはそれよりももっとずっと驚いたはずなのだ。
(英雄王の生まれ変わりのお父様と、神様のこどものこどものこどものお母様、それから竜のフィニー……)
 思い浮かべて、頭を振る。
 レスティーだってその驚きをすべて昇華できていない。
 新しい情報が増えたところで何か変わる訳じゃないと思うから、気にしないようにしようと思うだけで。
 でもエルラは気を失うほど驚いたのだ。
 レスティーは両親を自分の部屋から追い出して、フィニーにエルラを運んでもらい、最後にはフィニーさえも追い出してエルラの部屋に籠もった。
 せめて彼女が起きたら一番に挨拶してあげたい、そう思ったから。
 エルラがレスティーの目の前で意識を手放すだなんてはじめてで、心配で心配でたまらない。
 だからといって、ずっと顔を見ているだけなのは不安が増すばかりで。気を紛らわせようと調度を見回しても何もない。
 自分の部屋からお気に入りの画集でも持って来れば暇だけはつぶせるんだけど、その為にエルラから離れるのはレスティーとしては納得がいかないのだった。いない間にエルラが目覚めたら、これまでここにいた意味がない。
 ちょこんと椅子に座って、レスティーはふらふら足を揺らす。エルラが起きたら、説教をはじめそうな動作を繰り返して、ふとそのことに思い至って止める。
 何もすることがないのは、よくない。
 ぴたりと足を止め、膝の上に肘を乗せる。両手の平であごを支えて、レスティーは目を閉じた。
 ため息。
 ぐるぐるぐるぐる、今更のようにいろんな事実が頭を巡りはじめた。
 竜の目が光って、過去の世界へ行って。
 魔物に襲われたのを、前世の父に助けられて。
 英雄王と一緒にいたのは人の姿をした双子竜で。
 その竜の片割れがフィニーで。
 思い返してみると、ふわふわとそれらが頭の中で頼りなく揺れる。まるで、夢の中の出来事の出来事だったかのように。
 ほっぺたをつねって、今が確かに現実だと確認する。
 エルラが気を失ってしまったのは、それらが確かにあったから、だ。
 めまぐるしく色々な事が変わってしまった気がするけど――。
 父は父で、母は母で、それからフィニーはフィニー。英雄王の生まれ変わりだとか神の血を引いているとか、正体が竜であるとかそんなことで何かが変わってしまうわけじゃないとレスティーは思いたかった。
「うー」
 本当に、暇なのはよくない。なんだか色々考えてしまう。
 レスティーは再び足をぶらぶらさせて、足を振る数を意味もなく数えはじめた。
 いち、にい、さん……。
 それが百を数えた頃に扉を叩く音が聞こえたのでレスティーは足を止める。
 控えめに鳴る扉に、レスティーは椅子からぴょんと立ち上がった。この扉の叩き方は間違いなくフィニーだ。
 慌てて扉に向かい、そっと少しだけ扉を開ける。
「いれませんよ」
 そして珍しくきっぱりとした口調で言ってのけると、扉の隙間からフィニーが苦笑するのが見えた。
「ええ、わかっていますわ」
 うなずきながら、そっと手に持ったトレイをフィニーは持ち上げた。
「お茶はいかがですか?」
「ほしいですけど。開けませんよ」
「ええ――私は入らない方がよいのでしょう?」
 こくりとレスティーはうなずいた。
「フィニーが嫌いだからじゃないですよ」
「はい」
 フィニーは淡く笑った。
「そのように思われたのでしたら、おめおめ現れたりしません――少しだけ開けてくださいませんか?」
 レスティーは一瞬ためらって、もう少しだけ扉を引いた。
「あのあの、フィニーが嫌なんじゃないんです」
「はい」
 フィニーはわかっていますと言うようにやさしくレスティーを見つめ、トレイをそっと隙間からレスティーに手渡す。
 空いた手で少しの隙間を残して扉を引き戻す。
「温かいうちにどうぞ」
 こくりとレスティーはうなずいた。
「ええとええと」
「どうなさいました?」
「フィニー、ええっと、私、フィニーに、いろいろ聞きたいです」
 レスティーが言い終えて隙間からそっとフィニーをうかがうと、彼女が驚いたように目を開いているのが見えた。
「おかしいですか?」
「いえ――ただちょっと不思議で」
「静かですることがないのはよくないです。色々考えちゃいました」
 レスティーはちょっと迷った後にトレイを床に置いた。
 お行儀悪くぺたんと床に座って、ポットを傾けてカップにお茶を注ぐ。
 よい香りに目を細めていると、扉の外でフィニーが動く気配がした。
「エルラが起きたら、お小言ですわね」
「……う」
 小さくうめいて、レスティーはちらりとベッドを見やる。とりあえず、エルラに動いた気配はないので、フィニーににっこり笑って見せた。
「大丈夫です多分」
 くすくすフィニーが笑うのが聞こえた。
「それで、何をお話しすればよろしいでしょう?」
 頬をふくらませかけるレスティーの気配を悟ったのか、少し慌ててフィニーが尋ねる。
 レスティーはすぐさまその言葉に乗った。
「昔のことが聞きたいです。フィニーがどうしてここにいるのかとか、お父様がどうして英雄王なのかとか――それよりもお母様が神様のこどものこどものこどもだっていうこととか」
「……」
「言えない、ですか?」
「いいえ」
 すぐに返事が聞こえなくてレスティーがおずおず問いかけると、打てば響くような答えが戻った。
「ただ、どう話せばいいのかと思いまして」
「フィニーが言いたいようにでいいです」
「では、一番分かりやすいところからお話ししましょう」
「はい」
 うなずいて、レスティーは聞く体勢を整えた。
 少し移動して壁を背に、手でカップを包み込む。ちらりと横を見るとフィニーの顔が少しだけ見える。
 フィニーは顔に微笑みを乗せて、目を閉じている。
 そしてすう、と息を吸った。

2005.02.18 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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