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四章 19.フィニーのお話2

「いいんですか?」
 思わずレスティーは聞き返した。
 不思議そうに首をかしげるフィニーを見て、もじもじとカップをいじくって。
「あの、話すのが。あんまり話したくないような感じでしたから、ええと。大変そうですし」
 ぶつぶついう様子にフィニーは軽く吹き出す。
「フィニー!」
「あ、つい……」
 ほおをふくらませるレスティーに、フィニーは慌てて表情を改める。
「申し訳ありません。確かに大変ですけれど、お話しすると決めましたから」
 その言葉に迷いは感じられなくて、レスティーはじっとフィニーを見つめた。
「いいんですか?」
 重ねて問いかけると、フィニーはゆっくりうなずいた。
「どこまでお話ししたんでしたっけ」
「神様の力が届かなくなったって……」
「そうでしたわね」
 レスティーがぼそぼそ言うとフィニーは言った。扉の隙間から覗くと、どう続けるか迷っているのか、彼女は壁をじっと見ている。
「その中で神の一人でもあるルディア様がこの世界になぜいるのか」
 こくこくこく。力強くレスティーはうなずいた。それはちょっと疑問だった。
「どうしてですか?」
「ナーインアクダとルディア様は以前より恋仲だったらしいですわ。ですから」
 フィニーは言葉を切った。
「ですから?」
 続きがすぐに聞こえなくて、レスティーは呟く。
「ですから――比較的きれいな言い方で言うなら、ルディア様は魔物の封印の大役を果たしたナーインアクダに対する神様のごほうび、なのですわ」
 目をぱちくりさせてレスティーはフィニーを見た。
「きれいじゃない言い方をしたら?」
「……裏技を使って違法に世界に入り込んだ、と言えばよろしいでしょうか」
「裏技で違法……?」
 フィニーはうなずいて、小さいため息を落とす。
「レスティー様にとってはそう遠くはない、過去の世界でお聞きになりましたでしょう? 時を越えることは時間を統べる神でさえ禁忌としている、と」
「んん……」
 眉間にしわを寄せて考えてから、確かにそんなようなことを聞いたことを思い出してレスティーはうなずいた。
「こえちゃった、ですか。おかーさまは」
「ええ」
「ということは――犯罪者ってこと、ですか……? お母様が!」
 思わず声を張り上げてしまった。慌ててエルラの様子を見ると、叫び声に何か感じたのか彼女は身じろいで寝返りを打った。
 起きていないか、しばらく待って。
 がばりと起きあがったりしなかったので、大丈夫だったのだと判断する。
「よかった」
 レスティーが思わず言うと、フィニーは楽しそうに微笑んでいた。
「犯罪者ってことですか?」
「いいえ」
 それでもどうしても気になって尋ねると、あっさりとフィニーは否定してきた。
「裏技ですから。この世界に入れないようになったのなら、一瞬過去に行き、世界に入り込んで時間軸を元に戻せばいい。一瞬ですから、まあいいかな、と思われたのでしょうね」
「……えーっと」
 理解が追いつかなくてレスティーは呟く。続きの言葉はすぐに出ない。
 フィニーは続きを催促することはせずに、ゆっくりとお茶を楽しむ。
「それは、ええと」
 考えて、迷って。
「それなら他の神様もそうすればもっと違うんじゃないでしょうか」
「違うのは間違いないですけれど、それは私やレクト、それにナーインアクダが少し気楽になることが違うくらいですわ。この世界に神が力を及ぼせないのは間違いない事実で、その中にいらっしゃるルディア様も本来の力を振るうことはできませんから」
 一度言葉を切ったフィニーは、少し迷って――
「ここで神として力を振るうことは、明らかに違法ですから」
 そう続ける。
 レスティーはまたちょっと考えた。
「使えるのに使わないってことですか?」
 そういう言い方に聞こえたのだ。フィニーはひどく曖昧に微笑んだ。
「そういうことになりますわね」
 否定はせずにうなずきを返して。レスティーが難しい顔になるのを見て笑みを深めた。
「エルラが起きていたら、どうして、と言うでしょうね」
「――私でも思います」
 控えめにレスティーはうなずいた。
「真剣勝負にずるはなしにしよう、ということなのです。時統べる神の力をもってすれば、すべての事柄を覆すことが可能です。やろうとおもば神にとって都合の悪いことをすべてなかったことにできる。自ら創りたもうた世界から締め出しを食らうなんて、外聞のいい話ではありませんでしょう?」
「えーと、そんな気もします」
「でも、それはしてはいけないことですし、するおつもりもないでしょう」
「どうして?」
 反射的にレスティーは問い返した。不思議そうな姫様の顔をフィニーはじっと見た。
「神にとって都合の悪いすべてを消し去ったら、どうなると思いますか?」
「ええっと、魔物さんがいなくなりますか?」
 フィニーはそれにゆっくりとうなずいた。
「魔物もいなくなりますわね」
「……も?」
 含みのある言い方に引っかかりを覚える。
「私たちが住むこの世界より、神の歴史は長大なのですわ。そのすべての都合の悪いことを消し去れば、魔物もいなくなることでしょう。でも……おそらくこの世界も、姫様も、ルディア様も――それに私だって、存在できていないでしょう」
「ど……どうして、ですか?」
 いきなり大きなことを言われた気がした。驚いて震える声で尋ねる。
「世界、というものは無数に存在しています」
「ウォークフィード先生が言ってました。そのたくさんの世界の一つに私たちが住んでいるのだと」
「無数に存在するようになった原因は、遙か昔――世界がまだ一つしか存在しなかったときに、我らが竜の内の裏切り者が神に反旗を翻したことが原因ですから。それさえなかったことにしてしまえば、今あるあまたの世界は存在しないことになってしまいます」
「……」
 息を飲んで、レスティーはフィニーの様子を伺った。言っている内容は重いようなのに、なぜか彼女の表情は明るい。
「そのすべてを覆すことを神々は良しとしないのです。起きてしまったことを覆してばかりでは進歩がありません。一つの事柄を覆したために別の問題が現れないとも限りませんから」
「なんとなく、わかったようなわからないような」
 レスティーの口振りは明らかにわからないそれだったけど、フィニーはにっこりとうなずいた。
「なにかあれば、解決すればよいのですわ。神々は裏切った竜も許し、今はまあ、大方よいようになっていますから」
「大方?」
「まだ、神に反したままの竜もいますから――その竜達が撒いた負の感情の種が、あらゆる世界に根付き魔と呼ばれるものの発生原因の根本を成しているのですけど、まあこればかりは仕方ないことですわね。種があっても、芽吹かせるのは……」
 フィニーは余韻を残して言葉を切った。言いあぐねたのかもしれない。
 彼女の声が完全に部屋の中に吸い込まれて。
 レスティーはカップを強く握り込んだ。
「人間、ですか」
「人間がその最大要因ではありますわ――誰にでも、後ろ暗い感情は持ってますもの。私も、姫様も、エルラも」
 名指しされて、レスティーは目を見開いた。
「そんなこと」
「私にはありますわ」
 レスティーが否定しかける口を、フィニーはそう言って封じた。

2005.03.25 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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