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四章 21.フィニーのお話4

 ――深夜。
 フィニーはむくりと体を起こした。
 夜だからして、当然の事ながら辺りは暗い。
 しばらくぼうっと辺りを見回していると、目が慣れてきた。
 窓の外から柔らかい月明かりが入り込んでいる。
 ベッドと、鏡台と、クローゼットと本棚と。そのほかには大した家具もない、奥行きだけはある部屋だ。
 そっとフィニーは立ち上がった。
 暗いので、着替えるのに多少手間取ったが、慣れたものなのでそこまで時間はかからない。
 鏡台に近寄って、覗き込む。さすがに暗くて見えにくいので、フィニーはこっそり顔をしかめた。
 ぱちりと指を鳴らして、光を喚ぶ。
 金髪に、黒い瞳だけは、いつでも変わらない。顔つきはまあ――当然の事ながら変化している。
 それは永く慣れ親しんだものとは違うけど、この数年で見慣れた十代の少女の姿。
 外見よりも内面の方が彼女にとっては重要だけど、それが成長したかどうかいまいち自信は持てない。
 眉間にしわを寄せて、慌てて伸ばす。
 こんな事をしている場合ではない。
 扉に向かおうとしたその時に扉が鳴らされたので、逆にフィニーは動きを止めた。
 深夜。こんな時間に扉が鳴るなど普通ならばあり得ない。
 不審そうに首をかしげて、フィニーは扉に近付いた。
 遠慮しているかのように静かに、だけれど気付いてもらえるように断続的に、ノックは続いた。
 その主として考えられる人間は少ないし、叩き方の癖や時間から言っても扉の外に誰がいるのかは明らかなように思えた。
「はい」
 応えて、明かりと共に移動して扉を開ける。そこにいたのはフィニーの予想通りの人物だった。
 こんな時間に人の部屋に押しかけることに、内心葛藤があるのかもしれない。気まずそうな顔をして立っている――エルラだ。
 麻の上下に、職業柄であろうか剣を帯びていて、寝巻きなのだろうその服装は装飾のない質素なものだ。
「寝ていたんじゃないのか?」
 気まずそうなまま、深夜の訪問者たるエルラは聞いてきた。
 扉を開けたフィニーが、いつもの服装だったのに少なからず驚いたらしい。
 目覚めたとは聞いたものの、顔を合わせるのは昼以来で。安心したのもあってフィニーは微笑んだ。
「入れ違いにならなくてよかったですわね」
「どこかに行くのか?」
 多少戸惑いながらもエルラが普段のままの口ぶりで聞いてきたので、フィニーはますます笑みを深める。
「ええ、ちょっと。――もう、大丈夫ですの?」
 うなずいてから、心配そうにエルラを見つめた。
 真面目なエルラのことだ。色々知ってしまったらこれまでの培ってきた自分との関係が変わってしまうのではないか――と密かに危惧していたのだ。
 自分の正体が竜だと知ってしまったことで微妙な敬語を使われてしまっていたのが一層丁寧になるか……あるいは、コネで姫様の護衛の座を手に入れたのはけしからんと憤るか――どっちに転ぶのか、読めないところではあったけど。
 見る限り、昨日までのエルラとそう違いないように思える。
 とすれば、自分にとっていい方に転んだんだろう。うれしく思って口の端が緩むのをフィニーは自覚した。
「ああ、まあ――」
 エルラはうなずいて、ため息を漏らす。
 なにやら複雑な顔で口を開いたり閉じたり――どう言うべきか悩んでいる様子が見て取れる。
「色々あったが――納得するしかないのだろうな。その……実は、姫様とお話ししているのが多少聞こえた」
 そしてようやく言ったその言葉が、やっぱりこれまでの彼女と変わらないものだったので、フィニーは安堵を覚えた。
 だがその様子を見てエルラは複雑な笑みを見せた。盗み聞きしたことに罪悪感を覚えてなのか、あるいは別の何かがあるのか、その内心は伺えないけれど。
「フィニー、貴方が姫様をとても大事に思っていることはこれまでのことよく分かっていることだし、そうである以上護衛仲間である私の口から他に言うことはない――」
 悩むような素振りを見せて、再び口を開く。
 言葉の割に、何か言いたそうな顔には見える――それを口に出して、逆に突っ込んだ質問されても困るのでフィニーはただこくりとうなずいた。
 もちろん、フィニーにとって姫様はとても大事なんだから。
「ただ」
「た、ただ……?」
 エルラの言葉がまだ続いたので、フィニーは恐る恐るその言葉を反芻した。
「ただ、一つだけどうしても聞いておきたいことがある」
 普段以上に真面目で、真剣な声。
「――すべてお話しできる、とは言えませんわよ」
 フィニーが張る予防線にエルラはそれでもかまわないとばかりにうなずき返した。
「深く問おうとは思わない。ただ、何故貴方が姫様のおそばにいるのか、それだけが聞きたい」
「もうお答えしたと思いますけれど?」
「姫様が好きだから、という理由があるのは認めよう。だがそれ以外に何か、まだ言っていないことがあるんじゃないか?」
 エルラはじっとフィニーを見据えた。
 魔法の明かりの下、二人の視線が絡み合う。エルラのまっすぐな視線に、フィニーは苦笑した。
「姫様に言うべき事ではないのかも知れないが、私は聞いておいた方がいい内容なのではないか?」
 それでも何も言わないので、エルラはそう続けた。
 フィニーはゆっくりとまばたきをして、それからつと視線をそらした。
「理由を予測しているような言い方ですわね」
「……偉大な竜が友人の子孫の側に仕える理由が、ただ好きだからで納得できると思うか?」
「私は偉大じゃないですけれど」
「そういう話をしているんじゃない。仮に王妃様の正体が、その――正体が正体だとしても、納得できない話だろう」
 エルラは段々声が大きくなってきたことに自分で気付いたのだろう、大きく息を吐いた。
「子どもでも知っている。竜はその力が戻るまで眠りについていると――それが、姿を変えるのは力がいると言いながら、姫様のおそばにいる。魔物が復活するのが必然なら、それよりも力を蓄えるべきではないか?」
 声は押し殺したものの、力のこもった言い方。そらされたままのフィニーの視線の先を睨むようにエルラは言いつのった。
「それが、この場にいる理由。それを考えると、私には一つしか考えられない」
 フィニーはようやくエルラを真正面から見た。
「逆恨みで姫様が狙われないとも限りませんから」
「魔物に、か?」
「ええ」
 嘆息混じりに言ったフィニーに、確認の意味でエルラが尋ねると、フィニーは苦い顔で一つうなずいた。
「――魔物にそんな知恵があるものか?」
「魔物に知恵がなければ、今こんな事にはなってませんわよ」
 言われて、エルラははっとしたようだった。
「そうなのか?」
「まあ、ほとんどは知能と呼べるものを持ち合わせてませんけど――知恵ある者は脅威ですわね」
「それが、姫様を狙っていると――?」
「可能性があるだけですけれど」
 慎重に言って、それからフィニーは笑みを浮かべた。
「……大丈夫ですわ。姫様に何かあれば分かる程度の魔法は、常に使っていますもの」
「そうか」
 その笑顔で、エルラは何も言えなくなる。
「――夜中に不躾に来て、すまなかった」
「かまいませんわ」
 別れの挨拶を交わして、エルラは自室に去っていく。その後ろ姿がまだ何か聞きたそうなのは、わかっていたけれど。
 黙って見送って、フィニーは嘆息した。
 深く問おうと思わない、と言った以上そう簡単にエルラは前言を翻さないだろう。
「……まあ、これ以上はまだ秘密、ですわよね」
 自分に言い聞かせるようにフィニーは呟いて、ぱたんと扉を閉じた。

2005.05.06 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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