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四章 4.魔法使いと教育係

 エルラが納得がいかないまま竜の化身とにらみ合っているちょうどそのころ。
 王と王妃を寝殿に残して立ち去ったラインワーク達魔法使いは、そのあとそれぞれに分かれた。
 王の指示に従って侵入者の探索に出向くのはラインワークを含め三人。
 あとの二人は異常な魔力を探るべく彼らの本拠地に戻った。魔法使いでも異常に気付いたのは彼らくらいで、その彼らも異常な魔力以外の何かはわからなかったから探ることに意味はあると思った。王の指示とは少し違うが、魔法使いには魔法使いなりの考えがある。それは魔法のわからない王にはわからないし、そのことをちゃんとわかっているから王も別段咎めたりはしないだろう。
 本来彼らは魔法に関することを司るべきであって、王宮に悪意もって侵入した者を追うことは職務にないのだから。
 エルムスランド宮は広い。その広い中を探るのは骨が折れることのように思えた。
 だいたい侵入者と言ったところで、王宮は開かれている。王宮の敷地内にはいること自体はそれほど大変ではない。入られては困る奥の方に一般国民が入り込まないように兵士が配置されているし、うっかり入り込まないような魔法をそれとなく使っている――不心得な国民はこれまであまりいなかったけれど。
 問題は、寝殿の辺りは別段入ってはまずいところではないというところだった。
 ごく普通に神殿に参って、そのあとに寝殿を外から拝んで帰る者も少なくないのだ。普通ならば寝殿の扉に手をかけるなんて、おそれ多くてできない。
 それを二度もした者がいるだけでも驚きなのだ。二度の異常な魔力は、侵入者があったものとラインワークは信じるけれど。
 王族のみに反応する細工が成されているのなら――そして陛下が「侵入者の形跡はない」と言ったのなら、侵入には至らずに諦めて去ったのだろう。
 実害はなかったとはいえ、そんな罰当たりな人間を逃すことなんてできない。
 同じく王宮内を捜しはじめた同僚を見送って、ラインワークはさて自分はどこを捜そうかと考え込んだ。
 王宮を捜すのに三人では明らかに少なすぎる。五人でも少なすぎる。とはいえ異常な魔力を感じ取れた人間以外にその特定は難しいと考えた。
「ラインワーク殿?」
 声がかかったのは真剣な顔つきで歩いているときだった。ラインワークは声をかけた相手を顔を上げて見定める。
「……博士」
 ウィアン・ウォークフィードがその相手の名前だった。  
 様々な学問に秀でる、エルムスランド一の天才。その彼はラインワークへを足早に近づいてきた。足を止めてラインワークは彼を待った。
「気付かれたか?」
 そして、声を潜めて問いかける。ウォークフィードはこくりとうなずいた。
「悪いようなものではないようでしたが、妙な力を感じました」
 やはり感じたか、とラインワークは思う。ウォークフィードは魔法にも秀でているし、なおかつ信用の置ける相手でもある。
「その原因を探っている――陛下は寝殿に侵入しようというものがあったのではないかとおっしゃっているのだ」
 だから人が周囲にいないことを確認して、潜めた声で告げる。ウォークフィードは驚いた顔でラインワークを見て、眉根を寄せた。
「そんな愚か者がいるとは思えないのですが」
 ラインワークもその意見に異論はなかった。
「だが実際、寝殿の方向で異常な力が二度も膨れ上がった」
「ふむ」
 ウォークフィードは考え込んだ。視線をラインワークが来た方――寝殿に向けて、腕を組む。
「近くにいたならばもう少し詳細がわかったかもしれないのですが」
「出られていたか?」
「私用で町まで」
「そうか」
 それでも何かあったと気付いたウォークフィードに感心しながらラインワークはうなずいた。
「怪しい人物を捜そうと思うのだが、協力していただけないか?」
 ウィアン・ウォークフィードは貴族ではない。若くして才に恵まれ重用されてきた男だ。ラインワークより若いが、その才も人格もラインワークの認めるところだった。何にでも器用に才能を発揮するこの男は、今この国で一番魔法に秀でているはずなのだ。
「それはかまわないのですが」
 ウォークフィードは真面目な男だ。真面目で、出しゃばることもなく淡々と研究をこなすことにすべてをかけている。それでも国の大事とあれば、迷いなく動く人間だとラインワークは思っていたのだが、返答はどうも煮え切らないものだった。
「何か問題が?」
「姫様とのお約束の時間が」
「あぁ」
 ラインワークは納得した。ウォークフィードは姫様の教育係でもあるのだ。あらゆる学問に秀でるこの男は、教育係にぴったりだと言える。
「それならば仕方ないか」
 ウォークフィードはすまなそうな顔をした。
「ですが、本当に寝殿に侵入しようというものがあったのなら、姫様のお相手をしている状況ではありませんね。陛下にご許可を頂いて、私も協力させていただいてよろしいでしょうか?」
「そうしていただけるとありがたい」
 ラインワークの返答を聞いて、ウォークフィードは動いた。早足で歩き始めるその背中にラインワークは声をかけた。
「陛下は執務室ではない――寝殿にいらっしゃる」
 ウォークフィードは珍妙な顔で振り返った。
「自ら寝殿内をあらためると、寝殿にいらっしゃるはずなのだ」
「らしい、といえばらしいですか」
 ウォークフィードは疲れたようなため息を漏らして、寝殿へと進路を変えた。

2004.06.01 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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