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四章 7.勉強部屋と内緒の話

 レスティーの勉強部屋は、自室から離れたところにある。
 扉を開けると一番に窓が目に飛び込んでくる。窓にかかるのは清潔な白いカーテン。少し開けた窓から入り込む風がカーテンを優しく揺らしている。
 部屋の真ん中に大きい机があって、向かい合わせるように椅子が二脚。
 片方の壁に暖炉がある。
 そのほかには装飾も家具も何もない。とても簡素で質素な部屋だった。
 質素倹約を旨とする、エルムスランド王家らしい部屋だった。それはなにもケチったわけでなく、勉強するのに目移りするような物があってはいけないという配慮から来たものだけど、それにしても本棚の一つくらいあってもいいのではないかとエルラなどは思う。
 姫様と二人、勉強部屋にやってきたエルラは暇なので思わず中を見回してしまった。普段はフィニーがやってきているから、彼女がこの部屋には入ったことなんて数えるくらいしかない。
 その数回も姫様を部屋に送ってしまえば、博士がすでに待っていたから彼に任せてあとはそのまま去っていたのだから。
 今日、室内を見回す余裕があるのは珍しく真面目なウォークフィード博士がまだやってきていないからである。
 椅子の一つにレスティーはちょこんと座り、おとなしくしている。
 エルラは座ることなく立って、ただ室内をじっくりと検分するしかない。
 なるほど、集中力を乱さないという意味では誘惑のない部屋ではある。確かにそれを乱すような何かは存在しない。
 勉強するには最適だろう。しかしこの部屋で待ちぼうけは苦痛だった。
 この部屋に至るまでに、エルラはとりあえず思いついた注意をレスティーにしておいた。
 お説教ではない。
 簡単でそれでいて難しいのではないかと思われる注意だった。
 フィニーと認めることにした竜の化身と別れ、ここに向かう最中に、ふと思いついたこと。
 それは姫様ならフィニーが竜だと言ってしまうのではないかということだ。
 実際、それはあり得そうな話だった。
 何かとぼーっとしている姫様だから、それがどんな結果になるか考えずにただ言ってしまいそうな気がする。
 普通の反応だったら「何を寝ぼけたことを」と反応するだろう。
 自分ならそうする自信があったので、エルラはそのことを疑わない。本当のことを言って信じてもらえないのはつらいだろう。
 姫様が傷つくのは、エルラにとって望ましくないことだった。
 それも望ましくないけど、もし万が一誰かがそれを信じてしまったらそれはそれで問題である。
 エルラ自身も危惧するように、それは魔物が封印を逃れる前触れのように思えてならないし、そうではないにしても竜というのは半ば信仰の対象になっている。
 フィニーが大げさに崇められるのが好きなようにも思えないし、それ以前に「偉大な竜=姫様の侍女兼護衛」だなんて事実がばれたらこれまでの竜の名声も地に墜ちるような気もする。
 だって、姫様の相手をするフィニーなんて信じられないくらい甘いんだから。
 どっちにころんでもろくな事にならない気がしたので、エルラは口止めをすることにした。
「姫様、フィニーのことですが」
 そう切り出すと、レスティーは足を止めた。
「はい?」
「彼女のことは、私たちだけの秘密にしましょう」
 それを聞いてレスティーは驚いた顔をする。
「ええっと」
 目をぱちくりとさせてから、レスティーは言葉を探した。
「フィニーが、竜さんだってことを、ですか?」
 それをこっそりと言うくらいにはレスティーも事の重大さを理解していたようだ。
 こくりとうなずくエルラにレスティーは真剣な表情を向ける。
「ええ」
 同じく真剣な顔でうなずくエルラに、レスティーも神妙な顔で同意した。
「わかりました。内緒ですね」
 あっさりと望みが叶ってしまったのでエルラは拍子抜けした。
「フィニーが竜さんだってわかったら、きっとみんなびっくりするもの」
 エルラの顔つきに何か感じたのか、レスティーはそう続けた。
「私もものすごーくびっくりしました」
「……私もです」
「それに、いうのならフィニーがちゃんと言いますよね?」
「――そうですね」
 それはどうだろうと内心思ったけれど、エルラは同意しておいた。
 『竜が目覚めた』ならばまだいいけれど、『その上姫様の侍女の真似事をしていました』なんて言いそうにないと思う。
 でもそれを姫様に告げる必要はない。
 双子竜の片割れたる彼女なら言いそうにないけれど、姫様の侍女兼護衛の彼女なら意外とあっさり言いそうかもしれないと思ったのも理由だ。
 とりあえず話が終わってしまうと、お互いに歩きながら考えるのに夢中で、黙りを決め込んだまま部屋までやってきた。
 エルラの思考は、今日の信じられない出来事からはじまって結局あの自分の同僚は何のために今動き回っているのだろうというところに落ち着いて、本人に聞かないことには進展がない堂々巡りを繰り返し、さすがにそれも虚しくなってこれまでになく長居している勉強部屋をじっくり見回すことにしたのだった。
 椅子に座っているレスティーの方は、何かを考えているように見えた。
 何かに夢中になったレスティーの集中力は目を見張るものがある。
 エルラはそれに驚きつつも、一体何を考えているのだろうと思う。
 レスティーの考えは読めないところがある。先日も何を必死に考えているかと思ったら、「れがなんでれなのかわからない」とか謎な事を言ったくらいだから。
 持て余した時間のつぶし方もわからずにエルラは意味もなく窓の外を見た。
 今日はよく晴れている。きらめく太陽が真上に昇りつつある。
 視線を移動させると、難なく求める姿は目に入った。
 神殿と寝殿。
 その大きな姿は探すまでもない。
 大きく息を吐く。今日、つい先ほどの出来事がまるで遠いことのように思える。
 扉のノック音が聞こえたのでエルラは振り返る。その瞬間視界の端で何か見えた気がしたけれど、振り返ったときにはもう気にならない。
 レスティーが気付く気配がなかったので、エルラは代わりに返事をする。
 やってきたのはもちろんウォークフィード博士で、彼は扉を開けた瞬間驚いた顔をした。
「遅れて申し訳ありません」
 エルラを見た視線がレスティーへ移される。
 そこで驚いたようにますます彼は目を見開いた。
 レスティーは待ち人がやってきたことにも気付かずに、ぼーっと上の空だった。
 ウォークフィードはこっそりため息を漏らすとエルラの方を向いた。
 お互いあまり会わないので、どう言っていいものだかわからずにしばらく見つめ合ってしまう。
 先に困ったように視線をはずしたのはウォークフィード。
「珍しいね、エルラ嬢。フィニー君は――」
 言いかけた後にウォークフィードは、そらしたはずの視線をエルラに戻した。
「フィニー君は何か言っていたかね?」
「は?」
 エルラは思わぬ博士の勢いに目を丸くした。
 今日は珍しいものを見る日なのかも知れないな、などと思いながら首を傾げる。
「彼女は、魔法使いだろう。今日来なかったのは何か感じたからかと。寝殿の方で妙な魔力――ああ、いや」
 ウォークフィードの問いかけは最後はもごもごと消えたが、エルラはその言葉に眉根を寄せた。
「し……寝殿……」
 寝殿、妙な魔力。
 それは先ほど「戻ってきた」直後にフィニーが――竜の化身が言ったことではなかっただろうか。
 彼女が言った妙な魔力を、博士も感じ取ったんだろう。
 エルラはとっさに言葉に詰まって、視線を逸らした。
「あー、いや、確かにそんなことは言っていたような……」
 エルラはあまり嘘が上手ではない。あまりついたことはないし、良くないと教えられたから抵抗もある。
「言っていたのかね?」
「ええ、まあ」
 表情が顔に出ないように視線を逸らしたままだったけれど、ウォークフィードは気にしないようだった。
「そうすると、彼女にも話を聞いてみようか……」
 ぶつぶつとそんなことを呟いている。
「博士、それよりも姫様をよろしくお願いしたいわけですがっ」
 エルラは慌てて話題を逸らそうと思う。
 彼女の慌てっぷりはやましいことがありますと言わんばかりだったけれど、ウォークフィードはそれに気付かなかった。
「そうでしたね」
 うなずいて、彼が現実に視線を向けると彼の目の前に立ちふさがる壁ことレスティー・エルムスランドがううむむむと何かを考え込んでいるのだった。
 前途の多難さを感じて内心苦々しい思いを感じる博士は、その目の前で挙動不審なエルラには気付かず心のメモ帳を広げた。
 頭を妙な魔力から切り替えて、さてどうしようかと思いめぐらせる。
 エルラはそのことに気付いてほっと息を吐くと――何かぼろを出しそうで怖かったのだ――博士の注意が戻らないうちにと、慌てて扉に駆け寄った。
「ででででは私はこれでっ」
 慌てた声を出して、エルラは一礼して部屋を出る。しばらく中の気配を探って、特に博士が追ってくる気配もなかったのでほっと息を吐く。
 胸をなで下ろした後で、何で自分がこんなにやましい思いを抱えなければならないのか釈然としないものを感じる。が、頭を振ってそれを追い出すと、彼女は部屋に戻るために歩き始めた。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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