IndexNovelディリアム

四章 9.護衛の葛藤

 エルムスランド宮は、他国のそれに比べたら建物自体はそう大きくない。
 国土も世界最小だから、それに見合った大きさと言われればそれまでのことだけれど。
 そう大きくないと言っても、人たる身としてはかなり広い。日常過ごしている領域から一歩踏み出せば迷う可能性まである――いったん外に出たら苦労しないで目的地を割り出し直せるだろうが。
 宮内で働く者も、それぞれ得意とする領域がある。
 貴族達はほとんど政務関係の場所にしか現れないし、魔法使い達にも決まった場所がある。侍女は主に奥の用事をこなす。騎士団は宮内よりも彼らに与えられた本部兼宿舎に篭もるのが好きだ。
 エルラの主な居場所は姫様のまわりだった。
 レスティー・エルムスランドという現在の第一王位継承者である少女にとっては、自室の周りと勉強部屋がそのほとんどすべての世界だった。そろそろ社交界にデビューというお年だけれど、とりあえず今のところそんな話はないので世界が広がる気配もない。
 当然その護衛たるエルラの行動範囲は姫様の行動範囲に毛が生えた程度のものだった。手の空いた時間――つまり今のような姫様が勉強している時間だけど――にかつて放り込まれていた騎士団に顔を出すこともあるし、神殿に祈りを捧げにいくこともある。ただし今日は当然そんな気分にもなれず、来たまんまの道を舞い戻っている最中だった。
「エルラ」
 フィニーをどう問いつめてやろうか必死に考えていたエルラは、かけられた声に一瞬反応が遅れた。
 彼女が歩いている廊下の先、手前の曲がり角をやってきたらしい男がこちらを見ている。
 お互い近づく方向に歩いたから、面と向かうまでそう時間はかからない。
「父上」
 呟きながらエルラは内心首を傾げた。レッツィ家はエルムスランドの名家の一つに数えられ、その中でも武を司っている。
 当然父が王宮の中を自由に歩き回れる身分だとはわかっているが、それにしてもこの場所は父の行動範囲には含まれていない。
 生真面目できっちりとした父は自分の部署と陛下の執務室、会議室をその縄張りとしていて滅多にその外に出ない――そうエルラは知っている。
「どうかなさいましたか?」
 それを曲げて現れるのだから何かある。まさか自分に会うために仕事を抜けてやってはこないだろう。そんなことがあったら、自分は父の正気を心配する。
「姫様は教育係殿のところか?」
「はい。姫様が何か?」
 問い返しながらエルラは嫌な予感がした。
 レッツィ家は武を司る。つまり、騎士団から軍、護衛兵警備兵、すべて統制を最終的に取り仕切る任にある。
 自分もフィニーも姫様を捜すためにうろついたし、気付かれなかったと思ったけどもしや警備兵の誰かが寝殿に入り込む姫様や自分を見ていたのではないだろうか?
 思って、父を見るけれどその顔には怒りは特に見つからなかった。いらだちのようなものは見えたけれど、それは表立っていないし気のせいかもしれない。
 どきどきしながら父の次の言葉を待つ。
「……宮内に賊が侵入した」
「本当ですか!」
 予想外の言葉にエルラは声を張り上げる。
 エルムスランドは平和な国だ。王宮の門は開かれ、ある程度自由に出入りできる。
 だからといって、警備を怠っているわけではない。
 そこを管理統制するのが父で、父はその辺りに手を抜く人間ではない。
「姫様はご無事か?」
「はい。今はウォークフィード博士と共にいらっしゃいます」
「何かないとも限らない。姫様から離れないように」
「はい」
 フィニーを問いつめるのは諦めざるを得ないだろう。自分の本業は姫様の護衛なのだから。
「どういった相手なのです?」
 王宮でも一般に開放されていないエリアがある。
 その境には警備兵が配置され、魔法の壁が張り巡らせてある。
 そうあっさりと侵入を許すわけがないとエルラは聞いていたし――実際これまで聞いたことがない。
 一体どういった相手がそんなことをしでかしたんだろう?
 その興味が半分と、残りは姫様を護衛すると言っても相手の正体がわからないと後れをとるかも知れないからだった。
 娘の視線を受けて、その父は顔を歪めた。
「金髪の長身の女性。侍女の姿でうろついていたところを本物の侍女に発見された」
「…………え」
 エルラはかきーんと動きを止めて、視線をさまよわせた。
「呼び止める声を無視して、寝殿方向に逃走。何をしでかしたのか知れないが、必死の形相であったらしい――魔法使い達が寝殿で異常な魔力を感じたと言うのだが、その犯人の可能性がある。今から魔法使いに協力を要請するところだ」
「あー、ええと、そうかだからあれですねええとその」
「どうかしたか?」
 娘の妙な反応にレッツィは顔をしかめる。
「姫様に何かあってはまずいので、お近くに控えておりますっ! ではっ」
 エルラは自分がぼろを出さないうちに慌てて叫んで敬礼した。
 くるりときびすを返す。
 父がこんなところにやってきた理由もわかったし――魔法使い達のところに行こうとしたのだろう――、その理由がとんでもないこともわかった。
 父が捜す犯人も、魔力の原因もわかった。
 犯人とは、恐らくあの竜の化身たる自分の同僚のことで、異常な魔力というのはつまり姫様と自分が過去に行って帰ってきた不思議な力のことだろう。
 帰り道は自分たちと一緒だったから、フィニーは寝殿に行くときもすでにあの姿になっていて、それを本来なら同僚である侍女に発見されたのだろう。
 廊下を早足で――走り出したら父にしかられるだろう――戻りながらエルラは頭を抱えたい気分になった。
 姫様の侍女がその賊だなんて、きっと誰にも予想は出来ないだろう。王宮内を、もしくは王都中を捜しても、金髪の偽侍女なんて見つからない。
 なぜならその彼女は本物の姫様の侍女で、その姫様の自室にいるのだから。
 王宮中を捜すと言っても、姫様の部屋まで捜す真似などしないだろう。見つかるわけがない。
 そしてフィニーのことを全く忘れてその事だけを考えると、頭が痛くなりそうだった。
 エルムスランド宮の奥深くに侵入者。時を前後して寝殿に異常な魔力の発生。
 寝殿は偉大な竜が眠りにつく、神聖不可侵な場所だ。そこで異常な魔力――エルラには心得がないからわからないけれど――が起きたというのなら、それはエルムスランドを揺るがす大事だった。
 事実を知らずそのことを聞いたら、エルラだってその犯人を躍起になって捜そうと思うだろう。
 竜の存在は現在の繁栄の礎。それに仇なそうとするものは断じて許せるものではない。
 考えたくはないが、他国に知れれば醜聞にもなり得るだろう。
「どうすれば」
 エルラはようやく勉強部屋の前に戻ってくると呟いた。
 少なくとも自分には判断できない問題ではあるが、どうしようという思いだけがぐるぐる頭を巡る。
「……フィニーが鍵だな……」
 相談に行きたいところだけど、姫様の護衛がある――賊の正体はフィニーなのだから目くじらを立てなくてもいいんだろうけど、だからといって建前上護衛としての任務は果たさないといけないわけで。
 壁に背を預け、腕を組む。そしてエルラはいらいらと足を踏みならし始めた。

2004.06.01 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

←BACK INDEX NEXT→

感想がありましたらご利用下さい。

お名前:   ※ 簡易感想のみの送信も可能です。
簡易感想: おもしろい
まあまあ
いまいち
つまらない
よくわからない
好みだった
好みじゃない
件名:
コメント:
   ご送信ありがとうございますv

 IndexNovelディリアム
Copyright 2001-2009 空想家の世界. 弥月未知夜  All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.