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番外編 英雄悲嘆

 かつて、ナーインアクダと呼ばれていたことを男ははっきりと覚えていた。
 いまや、その名で彼を呼ぶものはほとんどいない。
 その名は世界中に知られると共に彼とはもっとも遠いものとなってしまった。
 そのことを後悔しているわけではないけれど。たまに空しさに襲われることがある。
 神格すら帯びたその名を疎んじているわけでもない。
 ただ、気軽に誰にも呼ばれない、呼んでもらえないことがつらい。
(無理もないのは承知しているけど)
 溜め息とともに思う。
 その名は好きだった。ただのナーインアクダ。
 英雄?
 そんなご大層なものではない。
 王?
 なりたくてなったわけではい。
 義務と、罪悪感と―――どちらが勝っているのだろう?
 もしかしたら責任感なのかもしれない。
 自己分析したところですでに意味はなかった。



 ナーインアクダ・エルムスランドが王となり英雄王と呼ばれるようになって長い。今更彼一人が何と言おうとその名の持つ意味合いは変わらないだろう。大衆は個人の主張などたやすく押し流すのだ。
 溜め息と共に顔を上げ頬杖。
 神の名は失われた―――それは仕方のないこと。
 友人達の名は伝わらなかった―――それが彼等の望みだったけれど。
 残ったのはナーインアクダ・エルムスランドの名のみ。それすらも歪んだ形で伝わっていく。
 胸中には苦いものが広がってしまう。この気持ちを人は感傷と呼ぶのだろう。
 その感傷ゆえに――友の名を連想させる名を付け、子どもの名前すら呼べないと一体誰が想像できるだろう?
 いつも友人のことを思い起こすその名を呼ぶのをためらってしまう。
 くだらない感傷。子どもには関係のないところで、決まってしまったこと。
 子どもを哀れには思ったが……一生その名は呼べないかもと思う。子どもにはいい迷惑だろう。
 彼は頭を振った。
 さて、いつ彼らは目覚めるのだろう?
 彼の感覚でいえば、もう大分――長い長い時間が経っている。
 彼は神に愛でられているが故に人たる身にしては少々特殊ではあったが、その特殊さは未来を知るのには何の役にも立たない。
 一生、会えないのは覚悟している。それでも期待を止めることは出来ない。
 神に祈っても意味はない。
 神はけして万能ではないのだから。神はあの時世界へ来ることが出来なかったそしてそのことは今も変わらない。
 故に力振るうことが出来なかった神は、その真の名を犠牲にして魔物の封印に力を貸してくれた。
 竜達の眠りを覚ます力をその上求めることは出来ない。きっともっと虚しくなるだけだ。
 諦めの吐息を再び漏らすとナーインアクダは立ち上がった。
 落ち込んでいても仕方なかろう。どうあれ仕事をしないと部下が泣くのだから。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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