IndexNovel霧生ヶ谷市

不思議マップ企画 1

「霧まつり 新企画案 霧生ヶ谷不思議マップ」

 我らが霧生ヶ谷市では現在、経済観光局観光部が先導し、霧生ヶ谷市観光教会と一眼となって年に一度、春に「霧まつり」を開催している。市の観光資源である自然現象の「霧」のアピールと、昔ながらの面影をとどめる霧生ヶ谷水路美観地区やうどん・酒マップを元にしたスタンプラリー、中央公園には各区・町の名産品が並び、市内外から多数の市民がやってくる。
 今回提案したいのはスタンプラリーに新たな魅力を追加することだ。霧生ヶ谷市の名物と言えば、霧やうどんが特に有名だ。そこに新たに「不思議」の追加をすれば、もっと魅力的な都市づくりが可能であると私は考える。
 伝承めいた霧生ヶ谷昔話――六人の仙人話や、大名の封印話などを発端とし、今でも市には不思議な噂が数多い。単なる噂話とは思えない臨場感ある不思議な話を収集、地図を作成すれば、幼い客層を呼び込めるに違いありません。
 子どもはうどんや酒よりも不思議に弱い。そして独自のネットワークを持っています。
 不思議な町の噂は必ず子どもの心をつかみます。子どもは不思議萌えですから!
 子どもが「霧生ヶ谷に行きたい」と言い出せば親だって検討し、やってくる算段をつけてくれるに違いないです。頻繁に発生する霧越しに見つめる水路美観地区の町並みや、豊かで清い水源の産物であるこしがきいているうどんや、喉越しの良い酒は大人にとっても魅力的であります。
 子どもの後押しさえあれば、必ずや霧生ヶ谷へ訪れる観光客がますます増えることと私はそう信じています。

経済観光局 観光企画課 本田真介

参考文献:わたしたちのまち霧生ヶ谷(霧生ヶ谷研究会・編 仙人出版)

* * * * *

「話にもならんな」
 ふっと鼻で笑って、観光企画課の長、蓮川茂は本田の出した企画書をそのまま返してきた。
「何でですか!」
 本田は企画書を強引にもう一度提出した。渋々といった様子を隠そうともせず蓮川はそれを受け取る。もう一度見る気になってくれたのは喜ばしいことだった。
「霧生ヶ谷不思議マップ、いいじゃないですかー!」
「指摘するとしたら、本来まずそこかもしれんがな」
 顔を歪ませて蓮川は嘆息した。
 本田が渾身の力と熱い思いを込めて書き上げた企画書は用紙一枚にも満たない。
 熱く語りたいことはまだあったのだが、パソコン操作が苦手な本田にはそれでもいっぱいいっぱいだった。とはいえ、手書きは字が読めないから止めろと常々言われている。ギリギリの線まで努力を重ねて、ようやく完成した企画書なのだ。一読しただけで突き返されるのは遠慮したかった。
 本田がどれだけ努力してこの企画書を書き上げたかなんて、蓮川は興味がないに違いない。企画書を空いた方の手で遊ぶように弾いているのだから、軽んじられていると本田は不満に思った。
「それ以前の問題だな」
 一応再度企画書に目を通すだけの温情を蓮川は持ち合わせていてくれたらしい。だがそれだけだ。結局冷たく言い放って、彼は本田に企画書を突き返してきた。
「何がですか!」
「お前、採用試験の小論文はどうやってパスしたんだ?」
 疑い深げな眼差しが本田の目を射た。蓮川は眼光鋭い企画課の主だ。
 彼が本田くらいの頃に霧まつりの素案を作り上げたことは、観光部の誰もが知っている。市全体をお祭り気分に盛り上げる霧まつりは、市民なら誰もが知っている大イベントの一つだ。その生みの親である蓮川を本田は尊敬しているし、あこがれてもいる。
 だからといって、鋭く睨まれるのはご遠慮したかった。蓮川は事務屋らしからぬきつい顔立ちの男で、子供に微笑んで見せればそれこそが不思議――怪異に数えられそうな、そういう恐ろしさがあるのだ。
「どうって……普通に書きましたけど……?」
 気持ち身を引きながら本田は答えた。
「代筆とかじゃなくか?」
「代筆ぅ?」
 張り上げた声が部内に響き渡る。周囲の視線を感じて本田は肩を丸めた。
 ああ――今この姿を敦子ちゃんが見ていませんよーに。
 振り返る勇気も度胸もなく、本田はただ祈った。少数精鋭と言えば聞こえがいいが、蓮川一人の力で持っていると言っても過言ではない部署、それが観光企画課。一般企業に比べて人事異動が頻回ある役所内において、何十年も観光部観光企画課に所属しつつけた蓮川は、彼なしでは霧生ヶ谷の観光企画が立ちゆかないとまで言われる存在なのだ。
 蓮川は何かのコネで異動もせずに観光企画を引っ張っているのではないかとまことしやかにささやかれるが、すぐに消えてしまうのは彼にそれだけ実力があるからだろう。
 それはそれとして。頭ごなしに否定されるとやはり、不満に思う。
 春林敦子は同じ観光部の数少ない同期だ。観光企画課のお隣さん、観光振興課の所属だが、字が下手でパソコン操作も苦手な本田がこっそり文章の打ち込みを依頼する相手でもある。気の利く彼女が文章に訂正をかけてくれることも度々あった。聞かれるとバツが悪い。
 だが――。一応今回は、本田一人の力で作った企画書。それだけ情熱を持って練り上げた企画なのだ。
 もちろんいまいちパソコン操作に慣れない本田は今回も春林に打ち込みを依頼したのだが、いつもやにこやかに引き受けてくれる彼女なのに、今回ばかりは拒否された。
「本田くんがそれだけ必死なら、自分で全部やった方がいいんじゃないかなあ」
 自分の熱意を認めてか、そう申し出てくれた彼女の言葉を本田は額面通りに受け取ることにしている。先日からかったことでまだ怒っているとは思いたくなかった。
「頑張って俺はパソコンと見つめ合ったんですけど」
 熱意を持ってどれだけ力を込めたのか本田は熱く語ろうと口を開く。だが、蓮川は止めろとばかりにひらひら手を振った。
「熱意や情熱の問題じゃない。小学生以下とは言わんが、似たようなもんだろう」
「なにが、ですか?」
「この頭痛がしてくる文章だ!」
 蓮川は本田に突き返した企画書を指さして怒鳴った。
「いいか本田、いくら機械をつつくのが苦手とはいえ、印刷して読み返すことくらいは出来るだろうが? 一読すればわかる誤字――いや、誤字はまあましだが……せめてもう少し、文章を練ってこい」
 慌てて本田は渾身の力で書き上げた企画書に目を落とした。熱い思いの結晶たるそれは半分以上が勢いで書いたものだ。蓮川の言う通りにすぐに誤字を発見して彼は密かに驚愕した。
「わ、わかりました。直します!」
 しまった、読み返したつもりだったのに気付いてなかった――内心叫んだ本田は不満の矛を収め、ぺこりと一礼して自分のデスクに向かい、起動したままのパソコンのマウスに意を決して手を伸ばす。
 とりあえず、企画書のファイルをどこに保存したかから探さねばならない。それは彼にとっては一仕事だ。
「書き直したところで、そういうふざけた企画をする気なんぞないんだがね」
 だから本田は、蓮川が必死にパソコンに向かう部下に呆れ混じりに呟いたことになんて、ちっとも気付かなかった。

2007.05.05 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
ですが霧生ヶ谷市企画部考案課には関連しております。

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