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1.うそつきでーと

「ったく、あの馬鹿はっ」
 口をつくのは文句ばかり。春菜は自分で自分にうんざりした。
 四月初日、桜が咲き始める頃。日が落ちるのも今ではすっかり遅くなり、かなり暖かくなってきた。
 とはいえ。
「寒いっつーの」
 日が落ちれば寒いし、待ちぼうけを食わされれば嫌になる。春物のコートは淡い水色、かわいらしさに一目惚れをしたのはいいのだが、今は少しどころか結構寒い。最近の日中の暖かさに油断をしてコートの中を薄着にしてしまった自分が悪いのだろうけれど、それでも八つ当たり気味に不満をぶつけたくなるのは無理もない。
 持ち上げた左手の腕時計は午後七時半。待ち合わせ時刻よりすでに三十分ほど経過している。朝のニュースで日々確認する限り時計は正しい時を刻んでいるはずで、多少間違っているにしろ大幅には違わない。
 つまり。
「自分で呼び出しといて遅れるって、どういう了見よ。せめて遅れるなら遅れるって連絡の一つくらい入れろっちゅーに」
 身を切る寒さが苛立ちを増幅させて、不満を吐き出す春菜に容赦はない。
 コートの下は白いシャツに濃いイエローのキャミ。ベージュのスカートはしっかりとした作りで、裾に柔らかいレースがあしらってある。
 そこまでの気合いは入っていないそこそこの服装。遅れる連絡が早めに入っていれば着替えに帰るくらいはした。そうすれば寒さに震えない程度に防寒の準備もできたのに――そう思うと苛立ちは増すばかりだった。
「信じられないわよね」
 ぶつぶつ言いながらそれでも待ってしまう自分はけなげだと春菜は自分を褒めてやった。かわいげのなさには自信があるけれど、この一点だけは自分で言うのも何だがかわいらしいと思う。
 一途でけなげ――それは一歩間違うと諦めが悪いと言われるのだろうけど。
「まさか、今年はあるなんて思わないじゃない」
 春菜はそっと目を伏せて、過去に思いをはせた。



 春菜がヤツと出会ったのはちょうど五年前の今日、全ては誤解から始まった。
 桜は早くも満開を迎えていて、用事ついでに大学に出てきた春菜がふらりと構内の桜を見に行った時のことだ。そのこと自体については春菜はすぐさま後悔した。
 春休みとはいえ雑事で忙しく、耳鼻科に全然行けなかった。授業が始まれば嫌でも来なければならない大学をふらふらするくらいなら、早いところ耳鼻科に行かねばならなかったのだ――ぬぐってもぬぐっても止まらない鼻水にそう悟った時は収拾のつかない事態になっていた。
 花粉が多い年だった。
 朝に飲んだ最後の薬が効いていたのか昼近くまでは平気だったのに、ちょうど正午を越えた辺りで気楽に外をうろつき始めた途端の事態。後悔先に立たずとはよく言ったものだと、思い返すたびに春菜は思う。
 簡単に鼻は止まらなくて、羞恥心から木陰に隠れる。構内の桜は綺麗なもので、休みの割には見物客が多かった。
 木を背にしゃがみ込んでずびずびとみっともなく鼻をかみながら、一体いつどうやって帰るべきか春菜は思案に暮れた。花粉症の春菜にはティッシュが必需品で、カバンにいくつも忍ばせてはある。それでも使えばその分減るし、残りが心許なくなってくる。
 加えて愛用の保湿ティッシュを使い切ってしまえば、よくある街頭配りのそれに移行して、そうしてしまうと今度は鼻の頭を心配しなくてはならなくなる。
 マスクなんてみっともないと持ってこなかったけど、鼻のかみすぎで鼻が赤くなると知っていればまだそっちの方がましだった。春菜がそう思いながら鼻をずびずびしている時に声をかけてきたのがその男だった。
「大丈夫か?」
「えー、まあ、はい」
 それがあんまりにも心配そうな声音だったから、春菜は何でこんな時に余計な声をかけてくるんだという文句を飲み込んだ。
 心配してくれるのに悪いが、顔を上げられるような状況じゃない。間の悪い男だなとは思った。実際ヤツはどこか気の利かないところがある。
「こんなところじゃ、悪目立ちするぞ」
「はあ、どうも」
 いかにも心配そうに言ってくれるけど、その存在がかえって目立たせる原因になりそうだ。そう言いたいけれど言えない状況で春菜は鼻声で返事をする。
 内心を反映した淡泊な声だったというのに、ヤツは見るからに心配そうな顔をして春菜の顔をのぞき込んで、そこで動きを止めた。
「あ。あー」
「何見てんのよ」
 きゅっと目を細めて春菜はヤツをにらみつけた。
「あ、えっと、悪い」
 慌てたようにヤツの顔が離れ、動揺した声が降ってくる。
「悪いけど、どこか行ってくれる?」
 動揺するヤツにかけた春菜の声はどこまでも冷たく愛想のないものだったはずだ。
 だというのに、その男は立ち去らなかった。究極に鈍いヤツのことだから仕方のないことだと今では思うけど、その時の春菜は怒鳴り散らしてやろうかと思ったくらいだ。
 鼻をかみながらでは情けなさ過ぎるけどどんな文句を言ってやろうかと考えていたら、ヤツは言ったのだ。
「こんなところで一人で泣くもんじゃないよ」
 優しい声だった。
 そのあまりの内容に心底驚いて、春菜は反射的に顔を上げてしまった。びっくりしたせいか、鼻さえも止まったのが幸いだった。
「は?」
 感情のこもらない短い反応にヤツは痛ましげに目を細めて、春菜から顔をそらす。
「外はまだ寒いし、寒い時は明るい気持ちにはなりにくいし」
 春菜が呆然と見上げる男は、いかにも遊んでます風の外見だった。染められた髪、着崩した服。じゃらりと光るシルバーアクセサリー。メンズに興味はない春菜だけど、それなりのものに見えた。
 横顔も整ったもので、それなりの場所でそれなりの行動をすればもてそうな感じ。
 だというのに今はどこか自信がなさそうな様子で、そんなことをぼそぼそと呟いている。
 鼻が赤いとかそんなことさえも忘れて春菜は思わず彼のことを見つめ続けてしまった。
 少し経って我に返り、鼻や目を真っ赤にして花粉症で苦しんでいる自分の姿は端から見たら泣いているように見えたのだという事実に春菜はようやく気がついた。
「えーと、あの、どうも?」
 本当のことを言うよりは泣いていると誤解された方がいくらかましだ。意味の通らない事を呟きながら早く立ち去って欲しいと願う。
 見た目の割にふざけた様子が全くないから、ヤツは心底心配してくれてるんだろう。それがわかるから、これ以上不躾なことは言えない。
 春菜をちらりと見てヤツは極上の笑顔を見せた。やけに人好きのする笑顔だけを残して何も言わずに去っていく。
 ほっと一息ついた。緊張が解けると同時にまた鼻がずびずび言い始める。どうせならずっと止まってくれればよかったのに、春菜はうんざり思いながらティッシュと再びの友情を結んだ。
 せめてもうしばらく止まってくれたなら、耳鼻科に駆け込んだのに。
 診てもらってすぐに治るものじゃないけれど、薬をもらったら少しは安心する。
「その前にマスクかしら」
 鼻が赤いのは一応は年頃の娘として許せない。見た目が悪いが、どっちがよりましか考えたらマスクに軍配が上がる。
 だとすれば手に入れるためにまずは人目を避けつつ目的地に向かわなければならない。
「――はい」
 思案に暮れる春菜の前にその時すっと何かが差し出された。
 金属質な円柱形、青い色をした缶コーヒー。
 驚いて顔を上げると、目の前には再びヤツがいた。
「どうぞ?」
 ふんわりと柔らかな微笑み。春菜は唖然とその顔を見返した。
 何でわざわざ戻ってきたのだと問いかける前にさらについと缶が差し出される。反射的に春菜がそれに手をかけると整った容貌が笑み崩れた。
「――ありがと」
 缶は温かく、春菜は両手で包み込む。
「どういたしまして」
 春菜は両手に挟み込んだ缶をごろごろともてあそびながら、彼女が背にする木に同じようにもたれかかる男のことを上目遣いに観察した。
 すらりとして、背が高い。立ち上がって確認するまでもなく春菜とは頭一つくらい違うだろう。
 スニーカーには春菜でもよく知るロゴ。だぼっとした洗いざらしのジーンズの上に、ストラップらしきじゃらりとしたチェーン。Tシャツの上にジャケット代わりのシャツを羽織っている。
 左手はジーンズのポケット。持ち上げた右手の中指にはごついシルバーリング。春菜に差し出したのと同じ缶コーヒーを一口二口すする。
「遠慮なくどーぞ?」
「いただきます」
 春菜はありがたく好意を受け取ることにして、プルトップを持ち上げた。
 微糖のコーヒーは春菜の口にはやや苦かったけど、温かさは身に染みる。
 気持ち鼻が通った気がしたのは安心したからかもしれない。あるいは、見知らぬ人の前でみっともないことになりたくないと無意識が鼻をセーブしてくれたのかもしれなかった。
 だったら最初から出先で出るなと無茶なことを思いながら春菜は苦いコーヒーを黙って飲んだ。
「落ち着いたか?」
 飲みきったタイミングを見計らった声かけに、すぐに反応ができない。
「――あー、えーと、まあ?」
 花粉の魔の手が何故か降りかからなくなったから、落ち着いたとはいえるだろう。
「そうか」
 だけど、この目の前のヤツは何かをものすごく誤解している。
「それならよかった」
 彼はふっと木から離れる。
 結果的に騙してしまっていることを心苦しく思っていた春菜は神妙にありがとうございますと口にした。
 こくりとうなずいて、彼はそのまま立ち去るものと春菜は思った。
 だけど逆にすっと近付いてきた。腰から折るように上体を傾けて近付いてきた顔に身を引く。数センチも動かないうちに背中が木にぶつかって息を飲んだ。
 その距離、数十センチ。息を飲む春菜にヤツはからかい混じりの笑みを見せた。
「傷心のオンナノコに言い寄るなんて馬鹿な真似はしないよ」
「ちょっと待ってッ?」
 言ってることとやってることのギャップが大きすぎる。なにより、経験もないくらいに間近にあるよく知らない男の顔。意識したワケじゃないのに顔が上気するのを春菜は感じ取った。
 今、ゆでダコのように真っ赤な顔をしているに違いないと確信する。
 失礼にもぷはっと吹き出して、彼は顔をそらした。ごく自然に春菜の頭に伸びてきた手は大きくて骨張っている。
 その手が小さい子にするように春菜の頭をぽんぽんとなでた。
「なにすんのよ!」
 あまりの事に声を張り上げて春菜はその手を振り払う。そらされたままの顔に彼の手は戻っていき、考え深げにあごに当てられた。
「それだけ元気なら、充分」
「勝手に誤解して納得するのはやめて」
 心配そうな表情が消え失せれば、ヤツはすっかり遊び人の顔。
 飲み込んでいた文句代わりに冷ややかに告げる。
「そりゃ失礼」
 ちっともそうは思ってない様子で含み笑うと、少しだけ顔が遠のいた。
 そうだ、すぐにどっかに行け。声なき声で呟いて見えない手をしっしと振った春菜は、めげない様子で再び伸びてきた右手にぎょっとした。
 ごついリングがきらりと光る。
「何よ?」
 全く持って意図の読めない行動に眉間にしわが寄るのを感じた。
「花見しようぜ、花見」
「は、ぁっ?」
 脈絡のないことこの上ないいきなりの発言。真意を探るべく見上げた顔は思いの外真剣だった。
「なんで見も知らない男といきなりそんなことに」
「三元修平、工学部情報工学科」
「自己紹介したらいいってもんじゃないでしょ?」
「携帯番号は――」
「だから!」
 文句をつける春菜を前に平然と男はメールアドレスまでそらんじてみせる、
 不機嫌に目を細めて春菜は彼をにらみつけた。
「一人で鬱々とするより、健康的だろうが」
「……それが誤解だって言ってるの」
 泣いていたわけじゃなく、全ては花粉の仕業だ。初対面の男に今更言うのも気恥ずかしく、真相を見せてやりたくても今は何の異常もない。
 みっともない姿を見せなくてすむのはありがたい話だったけど、声を大にして主張しても信じてもらえるかわからない。
「別に取って食いはしないから、気晴らしにちょっとつきあってみねえ?」
「別に気晴らしする必要は」
「いいから」
 強引なものだった。渋る春菜の手から空き缶を取り上げて、ひょいと腕を掴んで立ち上がらせる。
「なにすんのよッ」
「いーからいーから」
 春菜の怒りなんて気にする素振りもなく、そのまま連れ出された。
 怒りと動揺とで真っ赤になっている足取りの重い春菜を三元修平なるその男は飄々と連れ出す。
 逃がさないように春菜の腕を捕らえたまま学内を出てコンビニで食料を買い込み、着いた先は河原だった。
 河川敷にレジャーシート代わりに新聞を敷いて、食料を広げる。川に沿っている道路脇には満開の桜の木。
「ほれ座れ」
 手招かれて、渋々新聞紙の片隅にちょんと座る。
 サンドウィッチにスパゲティ、唐揚げにキムチ、サラダにどんぶり、ヨーグルト。その上種類の違う弁当が二つ。一体何人分を食べる気だと考えてしまう。
 差し出されたのはオレンジの缶だった。かわいらしい缶だったが、よく見てみるとアルコール分五パーセント。昼間っから飲む気かと突っ込む前に目の前の男は発泡酒の缶を乾杯するように掲げている。
「ほれほれ」
 期待にきらめいた無邪気さを何故か逆らいがたく思って春菜は渋々缶を合わせる。
 軽い金属音と共ににやっと笑って、彼は一気のみのごとく缶を傾けた。
 満足げな吐息を吐き出すと次には並べた食料に手を伸ばしている。
「遠慮なく食え?」
「イタダキマス」
 昼食はまだだから、食べることに異議はない。
 春菜は彼の差し出すあれこれに箸をのばした。
 花見と言うには桜が遠く、初対面の相手と何をやってるんだとは思う。
 ただ、一缶二缶チューハイを空けるとだんだんどうでもよくはなってきた。大量に思えた食料も無駄にはならず、酒のつまみ代わりに次々と腹に収まる。
 春菜以上に食べたのはもちろん買った当人だ。あらかた片付けると満足そうに腹を叩く。
「人間落ち込んだ時は飲んで食うに限るぜ」
「その為に私をここに連れてきたの?」
「おう」
「初対面の女にそこまでするなんて」
 お人好しね、そう言いかけた春菜は意地悪げに口の端を持ち上げる男の顔を見て言葉を止める。
「初対面じゃないことにしとけよ」
 警戒してじわりと距離を置く春菜にあっさりと男が言い放つ。
「しとけって、あんた」
「三元修平。修平でいいぜ」
「そうじゃなくて、あのさ」
「あんたは?」
 人の話を聞かないヤツだった。春菜は呆れてため息を一つ。
「富岡春菜」
 渋々名乗ったのは昼食代のお礼だと思うことにした。
「今日だけは何もかも忘れて、俺と恋人同士ってことにしとけ」
「何がどうなったらそういう話になるわけよ!」
「だってほら、なあ?」
 明瞭に訳のわからないことを宣言したくせに、春菜が文句をつけると途端に言いにくそうに口ごもる。
「酔っぱらったからって何無茶なこと言ってんのよ」
 初対面じゃないことにしておけやら、恋人同士ってことにしておけやら、よく考えると命令形。
 何言っているんだコイツはとにらみつけた相手は無茶なことを言っている酔っぱらいの割に素面に見えた。
「あんなところで泣いてるより、建設的だろ?」
 その答えを聞いて春菜は唖然としてしまった。
 するとつまりこの男は、花粉症で苦しむ春菜を失恋して泣いているとでも思ったのか。
 よくよく聞いてみると、四月馬鹿の日なんだからそういうことにでもして憂さを晴らせときた。
 しばらく呆然とした春菜がとうとう誤解を解こうと真実を口にしても、思いこみで意志を固めた修平は聞く耳を持たなかった。
 場所を移動したのが功を奏したのか、唖然呆然としてその暇がないのか鼻は静寂を保ったままで、とってつけたような春菜の言葉を言い訳としか思えなかったらしい。
 最後には花粉症で大変だったのだと初対面の相手に信じ込ませるのが嫌になって、春菜も諦めた。



 その場限りの付き合いで別れたはずがその後も修平は何故か春菜の前にたびたび現れて、半年もすればすっかり気が置けない友人になっていた。
 はっきりとは口に出さないけれど、「恋に破れて木陰で泣いていた」春菜のことを修平は気にしたらしかった。付き合いが深くなればなるほど春菜が簡単に泣くような女じゃないとわかったはずだというのに思いこみも甚だしい。
 親しくなったとはいえ、それはあくまで友人としてだ。二人の間にあるのは恋や愛などといった甘い言葉でなく、友情そのものだったはずだ。
 目を離した瞬間どこに飛んでいくかわからないような相手は全然好みじゃないんだけど。ふとした拍子にその意識が変わってしまって、春菜の中でその思いは半端にふくらみ始めている。
 見かけ通り修平は遊び回るヤツで、春菜のことはただの合コンの幹事の相棒とでも思っている節がある。
 お互い友人が多い身で、一緒に合コンを企画した回数は数知れず。だから、共に飲んだ数は数えるのも馬鹿らしくなる回数。
 二人で飲みに行くなんて片手の指で足りる。その数、わずか三回。簡単に数えられるのはそのどれもが四月馬鹿のその日に「今日は恋人同士だ」などと言って修平が連れ回すから――それが中途半端な期待の原因になるから喜んでばかりもいられないけれど。
 例外は去年のみ。お互い社会人一日目、週中で出かけて騒ぐ気になれなかったからというのがその理由で、それは今年も変わらないと春菜は信じていたんだけど。
 今日呼び出されたということは、二年目になって心の余裕ができたということか。
 うれしいような残念なような複雑な気分になるのは、一日限りの恋人のふりがだんだん苦痛になってきたから。
 向こうにとっては冗談の延長、エイプリルフールの行事のつもりなのだろう。でも、春菜にとってはそうではない。この五年間で育んできた友情が違うものに化けたから、冷静でいることが辛い。
 一日限定で愛をささやかれたって虚しいことだ。
 でも、それでも。
 すっぱりと突き放すことができないのはきっと惚れた弱み。砂粒ほどの期待を胸に、待ちぼうけさせられた文句を口に、その場を動けないのは往生際が悪いから。
 やがてやってきた修平は春菜の内心を想像もしていないらしい満面の笑顔。就職活動の開始直後に初めて見た時は思わず爆笑してしまったスーツ姿も見慣れた今は大分しっくり見えるようになった。
 手に捧げ持った袋にはきっと山ほどの食べ物とアルコールが入ってるに違いない。
「悪い、遅くなった」
「遅くなったら連絡入れるべきじゃない?」
「早く仕事を終わらせようと思って必死だったんだよ。終わったら終わったで慌てて飛び出して――」
「飛び出して走ってたにしても、電話で一言言うくらいはできたでしょ」
 謝罪を口にする割に悪びれない男に春菜はびしりと言ってのける。
「それにあんた、急いできた割には落ち着いて歩いてきたじゃない」
「手厳しいな。会社から全力疾走できるほど体力ねえよ。それにあれだ、慌てて走ってくるなんてみっともないだろ?」
「反省が感じられないわねえ」
 言い合いながら宴会に沸く花見会場を進んで、少人数の利点を駆使して一角を占拠する。
 百均のレジャーシートを広げて、遠慮がちに春菜は彼と向かい合わせになるように座り込んだ。
 広げるのは例のごとくコンビニ弁当と総菜。おごりなのだから贅沢は言えない。アルコールをこれでもかと取り出す修平から一つを受け取って、乾杯する。
 周囲は宴会どんちゃん騒ぎ。その中で二人きりで花見をする男女は異彩を放っている。
 周りはそれどころじゃないわよねとこっそり見回して、こくりこくりと春菜はカシスソーダを口にする。相変わらずの寒さはきっとアルコールが誤魔化してくれるはず。
 ビールをぐっと飲んだ後苦しくなったのか修平はネクタイをぐいと引っ張って緩めにかかった。
「生き返るねぇ!」
 どこか色気を感じさせる仕草とそのかけらもない発言、信じればいいのはもちろん後者だ。
 本気のかけらも自分にないのは毎回デートが花見だから。口説くならもう少し洒落っ気のあるところをこの男は設定するはずで、逆説的にこれはただの冗談なのだと示される。
 そもそも少しでもその気があるのなら、合コン幹事の相方を何度も担わされないはず。
「どーした春菜、食え食え」
 あーあなんてため息を漏らす春菜の気持ちに修平は全く気付かずに、食の進まない友人に買ってきたあれこれを差し出してくる。
 まったく、色気がないにもほどがある。
 それなのに期待が捨てきれない自分に半分嫌気がさしながら春菜は素直に差し出されたコロッケを箸で掴み口に運ぶ。
 どうすれば少しでも意識してもらえるのか思案に暮れながら春菜はぐびりとアルコールを腹に入れた。

2006.03.26 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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