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4.ばれんたでーと1
クリスマス一色の世間が素早く新年に模様替えをし、それからさらに新年のムードが遠ざかって、しばし。
今度はバレンタインムードが広まってきた。
春菜は一人、デパートの入り口までやってきて、ごくりと息を飲んだ。
平日の夜とはいえ、それなりの客が出入りしている。呆れるほど多くないが、春菜が思っていたよりも遙かに多い。普段通うオフィス街からデパート街まではそれなりの距離がある。だから大分閉店間際のはずなのだが、それにしては客が多い。
そう、閉店間際だ。春菜はよしと気合いを入れてデパートに突撃を開始した。
衝撃のクリスマスが終わり、一ヶ月と少し経つ。春菜と修平のお試し期間は、全く何もないままただ過ぎている。
仲間内の新年会で顔を合わせたものの、デートらしきデートもしていない。あえて言うならば新年会では珍しく修平がほとんど春菜の近くにいたのが、「何かあった」ことと言えるだろうか。。
あとは割とマメに連絡が来るようになったこと、くらいか。連絡といっても数日に一度メールや電話がかかるくらい。
他に恋人らしい気配のかけらもないのは「お試し」だからか。あるいは修平はすでに勢いで馬鹿なことを言ったと後悔しているのか――。
考え始めるときりのない思考を春菜は頭を振って払った。
これまでの長い友人関係の間に、もちろんバレンタインだって何度も経験している。でも、義理を装っていたこれまでと、今年とは少しは違ってもいいだろう。
「お試しでも付き合ってるってことになってるんだからね」
そう言っておけば、さほど違和感はないだろうから、この機会に恋人ごっこをして修平の様子を探ってみるのも手かもしれない。前向きにそう考えて、春菜は終業後に離れたところにあるデパートまで足を伸ばしたわけだった。
春菜だって一応は女だ。イベントごとに全く興味がないと言えば嘘になる。
春菜は閉店間際の店を早足で見て回ることにした。上から下まで、バレンタインコーナーはあちこちの売り場で設けられている。
これまで経験したバレンタインを思い返して、それが何の参考にもならないと春菜はとっくに悟っている。押し隠した気持ちを知られるのが怖くて、くだらないものばかりを贈っていた。例えば、子供がお小遣いを握りしめて買うような駄菓子とか。
一度は張り切ってそれなりのものを買ったが、結局当日渡す勇気が出なくて、数日遅れで「安くなっていたから、いいものをあげよう」と大嘘をついたこともある。
思い返せば返すほど、素直じゃない自分に直面して春菜は気が遠くなりそうになる。そんな自分を鼓舞しつつ、さらりと各売り場を流す。
マフラーを編むのも手かもしれないが、手編みは重すぎて修平は引くだろう。さらに言うと、明らかに時間が足りない上に、春菜は編み物なんて中学の家庭科でやったくらいで経験がほとんどない。
手作りチョコも重さはほとんど変わらないように思う。食べればなくなる分、マフラーよりは軽いだろうが。手作りグッズを眺めた結果、春菜は結局諦めた。お菓子作りなら経験はそこそこあるが、見た目がおいしそうだった試しがない。下手なものを修平に渡せばからかわれるだけだと思うと、やめておこうという気になる。
紳士服コーナーももちろん眺めた。ネクタイやハンカチ、靴下に手袋、それからマフラー。トランクスに、なんとふんどしまで。ここぞとばかりに様々な商品が並んでいる。実用的だとのばしかけた手を、春菜は考えて引っ込めた。
実用的だから使ってもらえる可能性は高いし、使ってもらっている姿を見ることは楽しみの一つになるだろう。だが、仮にお試し期間と同時に元の関係に戻れば、見る度に落ち込みそうだと気付いたのだ。
結局春菜は甘くチョコレートが香る地下食品売り場に降り立った。
終業後、デパートの閉店間際にチョコレートコーナーにたどり着いたのは僥倖だった。悩む間もなく、春菜はほとんど勢いではがき大で厚み五センチほどの箱チョコレートを購入できたのだから。
2007.02.09 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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