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4.ばれんたでーと2

 一人用こたつの真ん中には、青いリボンがかかったベージュの箱。滅多にしない正座をして、春菜はじっとその箱と向かい合った。
 付けっぱなしのテレビは、つい先ほどまで明るい声のトークを展開していた歌手が、続いてコミカルな恋の歌を歌い上げている。
 素直じゃない彼女に振り回されて、それでも頑張る男の子の歌。たまには警戒するのをやめて信用してよと歌うその声。
 それを聞きながら、うむむと春菜はうなった。
 歌声が修平のものだったら――そんなことを、重ねて言ってくれればもう少し勇気を出すのに。
 バレンタイン一日前、端から期待をしていないのか、修平からは連絡の一つもない。毎日定期的に連絡を取り合っているわけでもないけれど、仮にも自分を好きだと口にしたなら、少しはバレンタインを期待した素振りくらい見せてもいいだろうに。
 春菜はそう思って苦笑した。自分は何一つ本心を明かさずに、何を都合のいいことを考えているのだと。
 ベージュの箱はこれまで修平に贈った義理を装ったチョコレートのどれよりも、本命にしか見えない姿をしている。包装紙は何もないけれど、素朴な色合いの箱を彩るのは修平の好きな青にほんの少し黒が混じったようなストライプのやわらかなリボンだ。蝶結びでなく、一度ほどいたら戻せなくなりそうな複雑な結び方。それがさらに本命らしさを増幅させているように春菜は思う。買ったときに入れてくれた、セットにしてあつらえたようなちょうどいいサイズの紙袋も、本命らしさを高めるのに一役買うだろう。
 はぁっと息を吐いて、春菜は肩を落とした。正座をやめて足を伸ばし、座椅子にもたれる。視線は箱に固定したまま近くに置いてある机を引き寄せた。手探りで探し出したのは、春菜と修平をつなぐほぼ唯一の存在だ。
 ぎゅっと両手で携帯を握りしめながら、深呼吸で息を整える。一度、二度、三度――そうしてようやく、意を決した。
 手慣れた仕草でアドレス帳を出し、通話ボタンを押し込む。修平の番号が画面左下から右に流れ始め、春菜は携帯を耳に当てた。プップップッと短い音の連続。プーッと長い音の後、コール音が聞こえることもなく携帯は沈黙した。
「んなっ」
 呆然と春菜は携帯を見下ろした。
 話し中だ。いかにもありそうな話ではある。これまでも連絡を付けようとした時に話し中だったことは何度もあるのだから。
 かけ直してそれを告げたら「お前の方が長電話だろうが」と倍以上の愚痴になって返ってきて、「女の電話は長いのよ」なんて言い返したことも一度や二度じゃない。
 普段であれば時間をおいてかけ直すけれど、今回ばかりは無理だった。一度ケチを付けられて、バレンタインに修平を誘う勇気を再び出すのは難しい。
「あーもー」
 こたつに半ば突っ伏すようにしながら、だらしなく春菜は再び箱を眺めた。
 せっかく堂々と本命チョコを渡せる機会を、フイにしてたまるものか。
 よしと気合いを入れてから、春菜は紙袋に箱をしまい込む。あらかじめ約束するのは心臓に悪い。明日は定時ちょうどに仕事を終えて、修平の会社の前で待ちかまえておけばいい。
 びっくりするであろう修平の顔を想像して含み笑いを漏らしつつ、春菜は普段使いのカバンの隣に紙袋を置いて、布団に潜り込んだ。

2007.02.13 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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