IndexNovelうそつきでーと

5.ほわいとでーと3

 一日はいつもよりもゆっくりと過ぎていった。
 仕事がどこか手につかない。それでも慣れた作業を機械的にこなしていく。浮ついた気分だから、余計にしっかりと書類チェックだけはしておいた。小さなミスの積み重ねがとんでもない結果になることはわかっている。
 小休止を挟みながら仕事をこなし何とか定時を迎えることができた。ミスもなく、残業もない。机の上だけ片付けて春菜は席を立った。
 更衣室は少し混雑していた。残業の少ない会社だけど、日頃は混雑を避けてみんな少しずつ時間をずらしている。今日人が多いのは、ホワイトデーだからだろう。熱気が籠もった室内に気圧されて、春菜は廊下で立ちすくんだ。
 どうせ修平もすぐに終わらないだろう。そう見越してしばらく待った。確認した携帯には修平から六時半くらいに合流できそうだとメールが届いていたから、了解と返信を打つ。
 その間に着替えて化粧直しまで終えたらしい同僚たちが数人慌ただしく出て行った。そこで春菜はようやく更衣室に入る。熱気の余韻が残っていて、まだ残っている何人かは鏡に向かって真剣な顔をしていた。
 一時間弱は余裕がある。急ぐでもなくゆっくりと春菜は着替えた。その間に更衣室からは誰もいなくなったので、最後に一つくるりと回ってみた。ふんわりしたスカートがやわらかく広がったのを確認して満足する。
「おー、ノリノリだねー」
 うんと一つうなずいたところでそんな声が聞こえたから春菜は驚きで固まった。
「な、うわ!」
「かわいー格好もできるんじゃない、春菜。デートか、デートだな、デートに違いない」
「なんでいるのー!」
 携帯片手に奥のロッカーから顔を出し、勝手に一人納得するのは別部署の友人だ。顔をほんのり赤く染めて春菜は叫んだ。
「女子社員の共有スペースにいるのを責められてもなあ。暇だから、ゲームしてた」
「そっちこそデートはどうした、智香ッ」
「和宏君は残業デース。お客さんからクレームが来たとかで、終業間近にバタバタしてるってさっき電話が」
「電話できる余裕があるんじゃない」
「商品再送の手続きが終わればすぐに、とか言ったところで誰かに呼ばれたらしくて慌ててブチリよ。何時まで私に待てと言うの」
 答えようもなくて春菜は首をかしげる。ため息を漏らして、智香は携帯に目を落とした。
「――それで、ゲーム?」
「そう。フリーのパズル。楽しいわよ?」
「電源切れたら致命的じゃない?」
 現実的な春菜の突っ込みに、智香ははっとしたようだった。すぐにゲームを止めて手を下げる。
「うっかりするところだったわ。最悪、充電器あるけどね」
「どこで充電すんの」
「ここで」
「電気泥棒は感心しないなあ」
「春菜って、意外と真面目よね」
「意外は余計」
 ぴしゃりと言い切りながら春菜はカバンを手に取った。
「――で、誰とデート?」
 が、立ち去ろうとするところを、智香に止められた。物理的に腕を捕まれたら振り払うわけにはいかない。
「別にデートって訳じゃ……」
「もしかして、バレンタインに告ったの?」
「そーゆーことはしてないわよ」
「うそー。じゃあ何でそんなにノリノリで出ようとする訳よ。春菜の恋バナなんて聞いたことないわよー」
 友達がいないなあなんて言われたら、言葉に詰まる。新入社員研修以来のつきあいだから、知り合ってそろそろ二年ほどになる。
 その間一言も胸に秘めた思いを明かしていないのだから、確かにそうだ。
「人の時はぎっちり話を聞き出したくせに、自分が逃げようなんて卑怯よ」
「いやあれはむしろあんたが率先して和宏君が気になるのー取り持ってーとか言ったんじゃない!」
「そーゆー過去もあったわね」
「あったわねじゃないっ。自分に都合よく過去を改ざんして欲しくないわ」
 話を聞き出したなんて言われるのは心外だ。聞き出したと言うよりは、うるさいほどに自ら吹き込んできたじゃない。それに話を聞いて、機会を作ったのだから文句を言われる筋合いはない――春菜はそう言いかけたけれど、口をつぐんだ。言うのは簡単だが、あとが怖い。
「春菜ちっとも男に興味なさそーだったじゃない。それが何、ホワイトデーにノリノリって何ッ!」
「別にノリノリって訳でもないし」
 ヒートアップする友人に春菜ははっきりと言い切った。期待と不安が拮抗する状態で、そんなこと言われたくない。
「うそばっかりー」
 呆れた顔を作って距離をとる春菜にかまわず、智香は誰かしらと、一番最初に修平の名前が挙げた。一瞬どきりとしたのが顔に出たかもしれない。でも智香はさらに次々と共通の友人の名前を挙げる。
 春菜の気持ちを悟っているからではなく、春菜と修平が中心となって何度も遊んだから最初に言ったのだろう。春菜は内心ほっとした。
 智香に彼ができる前はグループでよく遊んでいた。彼女の彼の和宏は元々は修平の友人の友人に当たる。二人が付き合うようになってからはご無沙汰だけど、共通の友人の数はそれなりの数に上る。
 最初、修平の名前に反応したことにさえ気付かれなければ、何食わぬ顔でスルーできる。眉間にしわを寄せながらあやふやな記憶をたどり幾人もの名前を口にした智香は、最後に春菜の平然とした顔を見てつまらなそうな顔をした。
「新顔なわけー?」
「万が一うまくいったら、そのうち話すから。じゃ、行くわ」
「はいはーい」
 春菜はごまかし笑って、ひらひらと手を振る。智香は諦めたのか応じて手を振った。

2007.03.12 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

←BACK  INDEX NEXT→

感想がありましたらご利用下さい。

お名前:   ※ 簡易感想のみの送信も可能です。
簡易感想: おもしろい
まあまあ
いまいち
つまらない
よくわからない
好みだった
好みじゃない
件名:
コメント:
   ご送信ありがとうございますv

 IndexNovelうそつきでーと
Copyright 2001-2009 空想家の世界. 弥月未知夜  All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.