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せいなるよるに、ひとり

 細身の黒のコートは、去年初めてのボーナスで手に入れた物だ。カナエモデルのカシミア。寒いのできゅっとウエストを絞っている。
 手編み風のマフラーはシマウマカラー。手袋はファーのついたお気に入りだ。
 ポケットにはカイロを忍ばせてある。
 足早に歩くのは通い慣れた道。通い慣れたとは言え、しばらく前からきらびやかな電飾が夜道を彩っていて、目に鮮やかだった。
 春菜が違和感の正体に思い至ったのは、家路について十分ほど過ぎた頃だった。
「あー、イブか」
 春菜の勤務先はちょっとしたオフィス街にある。少し歩けば住宅街が姿を見せるが、そこまでに立ち並ぶのはオフィスビル。無個性な建物に時折彩りを添えるのは、いつもは原色の目立つコンビニやドラッグストア、あるいはカフェショップくらいしかない。だから、日中と夜間の人口密度には大きな違いがある。
 午後七時を過ぎれば日中の人の多さが嘘のように人通りがなくなる街だ。気が強いところはあるが、一応春菜も年頃の娘だ。オフィスから漏れる明かりや街灯のみのなか一人歩くのは寂しいものがあったし、闇の中から誰かが飛び出してこないとも限らないと時々考えることもある。
 秋が深まるにつれ日没が早くなり、春菜と同じように街に闇がはびこるのを憂いる誰かさんがいたらしい。冬が近づいた先月の初めからオフィス街に似合わぬ明るい電飾が出現した。
 街路樹を飾る光の帯に、はじめ春菜は驚いた。だけど、慣れてしまえばありがたいと思ったものだ。明るさは寂しさを吹き飛ばすし、犯罪の危険性も減る気がしたから。
 それから半月もすると、日中クリスマスカラーが目立つようになった。やはり去年は見かけなかったものだから、電飾に触発された誰かが少しずつ街を賑やかにしようと思って持ち込んだもののようだった。
 十二月に入ると、当然この街だけでなくどこもかしこもクリスマスをこれでもかとばかりにアピールする。最初は目新しかったこの街の電飾も、日本中がクリスマスに浮かれはじめたらその中に埋没してしまった。
 朝の通勤では目に鮮やかな赤と緑も、夜、電飾の光の下ではくすむ。見慣れてしまえばなおさらだ。
 月曜日から金曜日、毎朝毎晩歩き続ける電飾ロードにいつしか無関心になっていた。
「ったく」
 春菜は軽く舌打ちする。
 違和感は、いつもより多い人の形をしていた。やけにカップルが多いなと思ったが、金曜日だからと思っていた。この辺りで待ち合わせて、どこかに消えていくんだろう――そう考えていたのだが、よく考えると今日は十二月二十四日。
 世の恋人達の祭典とするのに金曜日は好都合だろう。
「浮かれてんじゃないわよ」
 気付かなければ良かったのに、気付いてしまうとなにやら苛立たしい。春菜は低くぼやいて早足になった。
 郊外のクリスマススポットほどではないだろうが、今年始まった電飾はそれなりに見栄えがする。人気スポットで人混みにまみれるより、ちょっと人気のないところでクリスマス気分を味わおうと思ったカップルがそれなりの数いたようだ。
 寒い中、肩を寄せ合う男女に春菜は眉をしかめる。それ以上に正視出来なかったのは公衆の面前でキスするカップルだ。
「いちゃいちゃするなら、よそでやれッ。私に見せつけるんじゃない」
 ああもう、何で気付いちゃったかなあ。春菜は夜空に呟いた。
 一人暮らし、彼氏なし。そうとなればクリスマスには縁がない。無意識にその虚しさに気付いていたのか、年末に目が向いていて、いつもより早い締め処理に終われるばかりの一日だった。
 道理で時間が来るなり帰宅する同僚が多かったはずだ。週末は毎度のことと諦めていたが、思えばいつもよりも彼らのそわそわ度合いが大きくなかったか。
 考えれば考えるほど虚しい。
「あーあー」
 春菜にだって想い人くらいはいる。知り合って六年近く、自分の恋心に気付いてからも五年は過ぎている片思い。
 目を離した瞬間にどこかに行ってしまいそうな軽い男はけして好みじゃないはずなのに、そんな相手を好きになった自分がはじめは信じられなかった。
 だが、春菜の想う修平は軽そうに見えるが面倒見のいい男で、優しいところがある。
 想いに気づいたきっかけなんてもう思い出せないくらいたいしたことじゃなかったのに、気付いてしまうと止まらなかった。
 見込みは限りなくゼロに近い。二人の間にあるのは間違いなく友情。修平の好みは春菜と正反対の、ふんわりと柔らかそうな女の子なんだから。
 春菜は彼の対象外なのだ。
 彼の好みを詳しく聞こうなんて思ったことがないから、はっきりとは知らない。それでも、一緒にコンパまがいの飲み会の幹事を何度もして、呆れるくらい顔を合わせた。
 その中で修平が優しく声を掛ける女の子の傾向は嫌でもわかる。
 先月の飲み会で彼が声を掛けたのは、春菜の友人の会社の後輩で大人しい感じの女の子だった。そんな子に声を掛ける時、いつだって彼は優しい顔をしている。
 軽い男だけど、修平は整った顔をしている。優しく声を掛ければ、惹かれる子は多いと思う。特定の彼女がいてもおかしくないだろうにその気配も見せず、何度もコンパまがいの飲み会を開催するのはやはり遊び回っているからだろう。
 そんなヤツに何年越しで想いを積み重ねても、見込みも救いもない。理性がはじき出した答えを受容できないのは、未練がましいから。
 思いを成就すべく彼の好みに近づく努力をするのは、春菜には到底無理な話だった。長年付き合った性格とは、そう簡単に決別できない。
 今日、ヤツはどうしているんだろう――聖夜を満喫するカップルから意識をそらして修平を想っても、ますます虚しさが増すばかりだった。
 抜け目のない彼のことだ、今夜はきっと誰かと共に過ごすはず。そんなことをたやすく想像できるのに諦めきれない、きっとそれが叶うのは振られたその日だろう。
 諦めるために失恋が確定しているのに告白するなんて、考えられないことだ。このことに関してだけは、強気になれない。だからいつまでも未練たらしくて、自分が嫌になる。
 修平と一緒にいると居心地がいいのだ。告白して気まずくなって、縁遠くなるのは嫌だった。友達以上にはけしてなれないけれど、現状を維持する方がましのように思える。
 会うのは二ヶ月に一度ほど。だけど、そう広くないこの街に修平の会社もある。日中ほとんど外出しない春菜が修平と出会う確率なんてほとんどないようなものだったけど、全くないわけではない。
 偶然出会った時に、笑顔で挨拶できる関係でいたかった。
 せめて、彼が特定の相手を定める覚悟をするまでは、密やかに想っていてもいいはず。
 そのうちどんな女の子からも見放されて、自分を見てくれる可能性だって万に一つくらいはあるかもしれない。
 溢れんばかりのカップルを見て、暗い気持ちになるのは趣味じゃない。春菜は自分を慰めながら、クリスマスムードを高めるカップル達から逃げるようにますますスピードを上げた。

 物書き交流同盟 様の冬祭り2006聖夜祭に参加した作品です。
 クリスマス、もしくは聖夜に関するシーンを書くお祭りでした。

2006.12.31 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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