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せいなるよるのまえに

「お前も、頑張るねえ」
「うるせえ」
 我ながら、尖った声が出たと修平は思った。その事実に対して、電話先で馬鹿笑いが上がる。
 くそう、目の前にいたら腹に一発入れてやるのに。内心呟くものの、実際できるのはせいぜい枕に一撃入れることくらいだった。
 自分がどれだけ空回りしているかはよくわかっている。呆れるほど長い間、同じ場所をぐるぐると。現状を打破したくても、下手を打てない。
「俺だって努力してるんだよ」
「今更かよ」
 耳の痛い一言に修平はぐっと詰まった。
「告るなら早くしろよ。いいお友達状態から脱却できるとは思わないけどな。下手すりゃ逆効果だ」
 言うだけ言ったとばかりに、挨拶もなしに電話は切れる。修平はもう一度枕に一発入れて、ばたりとベッドに倒れ込んだ。



 そもそも話は六年近く前にさかのぼる。
 春休みだというのにふらりと立ち寄った大学内で出会ったのが春菜だった。木陰にそっと佇んで泣いていたのを見つけたのがきっかけ。隠れて泣いている風だったけど、変に目立っていて心配で声を掛けた。
 のぞき込んだ顔はお世辞にも美人とは言えなかったが、ちょっとかわいい子だなあと思ったのが最初。バツの悪いところを見られたと思ったのか、うるんだ瞳で修平を睨む様が痛々しかった。
 修平が思いついた、いい年をした女が一人目立つところで泣く理由はただ一つ、「失恋」だ。
 そもそも、計算のない涙に修平は弱い。傷ついて泣いている女の子の涙ならなおさらだ。それは一目惚れの域に入るのだろう。
 馬鹿な理由を付けて強引に花見に連れ出して、「花粉症なのであって泣いていたわけじゃない」と主張し、つっけんどんな態度を取る彼女を痛ましく見つめた。
 彼女が本当に花粉症だと知るのは一年後の話。それでもあの時とそれ以降では症状が明らかに違うのは、わかる。
 その場限りの出会いで終わらせるのは惜しかったが、傷心の女の子にしつこく詰め寄るのはためらわれて花見の後はすぐ別れた。
 だけど諦めがたく思ったのでマメに学内をうろついて、修平は何とか彼女と再会を果たした。
 再会までの間にあれこれ想像していた彼女と、現実の彼女には大きなズレがあることにはまもなく気付いた。
 どちらかというとかわいらしいと言える顔立ちはもちろん変わらない。ただ、性格の方が違った。花見の時は初対面で緊張しているからと思ったが、親しくなることに成功しても愛想のない態度が全く変化しなかった。
 春菜は色気がなく、男には特に冷たい。男を忌避する態度は失恋が尾を引いているからかとそれをさらに痛ましく思いながら、何とか友人になるまでは順調だった。
 そしてそこからが、茨の道。
 どんなに努力しても意識してもらえず、それどころかかえって警戒される羽目になり、諦めて方針転換。
 出来るだけ警戒させないように振る舞い、親しい友人の地位を確とすることには成功したものの、その先が何もない。彼女に男っ気がないことだけが修平にとって救いだった。
「ほんとになー。何だってあんな女なんだろうなー」
 ベッドに転がりながら修平はぼやいた。
 春菜は明らかに修平の好みから外れていた。修平をよく知る奴らは口をそろえて「あんな女か?」とうさんくさそうに言ったものだ。
 女らしさもかわいげもなく、おまけに気が強いときている。これまでの修平の彼女とはひと味違うどころか真反対だ。
 おまけに警戒させないような態度を取ることによって、当初修平の気持ちも周囲からは窺い知れないものだった。より疑わしく思われるのも仕方ない話だ。
 自分自身、どうして一目惚れなんかに捕まったのかと不思議に思ったくらいだ。
 長い時を経て、修平はその理由を導き出した。きっかけは無論、出会いにあるのだろう。好みの見た目に、好みっぽい性格に思えたのだから仕方ない。
 一歩引いたところでおとなしく控えているような女の子が修平のストライクゾーンなのだ。初めて会った時の春菜の印象はまさにそれだった。満開の桜の下、所在なげに根元に座り込んで鼻をすすっていた、その様子がひどく儚げだったから。
 親しくなるにつれ、少しずつ違和感を感じ始めたのは間違いない。彼女は逆に自分が前に立って走り出すようなタイプだった。
 基本的に分け隔てなく誰ともつきあうが、ある一定以上になると男をシャットアウトする。それは、あの春の日にやはり彼女には何かあったのだと想像できるような行動。
 修平が彼女にはまったのは、常の彼女とあの日の彼女との二面性にあるのだろう。彼女の中に潜むあの日の弱々しさを思うと、その原因である男に嫉妬せずにはいられないし、護ってやりたいと強く思う。
 時に男を毛嫌いする態度を見せる彼女はまるで毛を逆立てた猫のよう。気が強いように見える春菜も、内心では傷つくことを恐れているのだ――好みのタイプからは大きく外れるけど、ここまで気になるならばそれはきっと好きだということ。
 気の迷いだと信じ込もうとした時期もあったし、別の子と付き合ったことだってある。それでも最後は春菜が気になって終わってしまうのだから、もはや否定しようもない。
 毎年一回デートの真似事を持ちかけて、それで満足するのにも限界がある。彼女に気になる男がいないことがその真似事で推測できても、そこから何も発展しないのだから。



 友人に聞いて書いたメモを手探りで取って、修平は携帯のボタンを押した。ワンコールで通話状態。修平は意を決して口を開いた。
「二十四日の夜、六時半から予約したいんですけど」
 聞き込んだばかりのおすすめの店に、勇気を出して予約を入れる。
「クリスマスディナーコースで、二名――名前は三元で」
 穴場で隠れ家のような、おしゃれでうまい店なのだと友人は太鼓判を押した。「女の子が好きそうな」と言った後で「富岡が気に入るかは微妙だが」と付け加えられた辺りが微妙だが――春菜だってクリスマスくらいは気分を盛り上げてくれると信じたい。
 あっさりと予約は完了。修平は手帳のカレンダーにメモを書き込んで、さらなる計画を頭で練ることにした。

2007.04.12 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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