IndexNovelその何気ない日常を

じーちゃんとよもぎだんご

 午後三時過ぎ。
「おーい、みーこ帰ったぞー」
 玄関に取り付けてあるベルがからりんと鳴って、その直後に威勢のいい声が聞こえた。
「おかえりー」
 私は声をかけながらばたばた玄関に向かった。
 おじーちゃんはやたらと元気な人だ。
 80代も半ばになってるっていうのにかくしゃくとしていて、毎日の散歩が日課。
 玄関までお出迎えすると、麦わら帽子をかぶったじーちゃんがにかっと笑った。
 手に持ったビニール袋をひょいと私に見せつける。薄い白いビニールの中で緑色が見えた。
「おみやげ?」
 受け取って中を見ると、野菜じゃない。ヨモギがたんまりと入っていた。
「摘んできたの?」
「おう」
 にこにこしたままじーちゃんは靴を脱いだ。
「ほれ、三丁目に空き地があるだろう」
「うんうん」
「そこに生えててなぁ」
 私が起きたときにはもういなかったから、約四時間出かけっぱ……なんて無駄に元気な人なんだじーちゃん。
 いや元気なのが悪いって訳じゃないけど、私には真似できない。
「あの空き地っておもいっきし犬の散歩コースじゃない?」
「おう」
「……汚くないかなぁ」
「洗えば問題ない。みーこ、団子作るぞ団子」
 じーちゃんは言いながら洗面台に手を洗いに行って、私と言えばヨモギ入りのビニール袋を握りしめて、一つため息。
「手伝わないと食べさせないぞ」
「えーっ」
 洗面台から台所になめらかに歩き始めるじーちゃんの後を私は慌てて追った。
 さてじーちゃんは、古い時代の人間の割にはそこそこ台所に立つ人だ。
「まず水洗いだな」
「らじゃー」
 びしっと敬礼をして見せて、ボウルをまず取り出してその上にザルをセット。袋を逆さにしてじーちゃんの収穫をがばっと取り出す。
 水を流しながら私はよもぎさんをきれいにすることに専念することにする。
 その間にじーちゃんは鍋を取り出し、だんご粉も取り出した。
「どしたのじーちゃん」
 それでもまだごそごそやってるから振り返ってみたら、じーちゃんはいろんな引き出しを開けている。
「重曹がない」
「重曹?」
「よもぎは重曹で茹でるに決まってるだろう?」
 知らなかった。じーちゃんはさすがに生まれたときからのつきあいだ、私の表情からそのことを悟って呆れた顔になる。
「灰汁を抜くんだ。最近の若いもんはそんなことも知らないのか」
 くぅ、耳が痛い……。
 普段料理なんてしないもん。やるってったってお菓子作りくらいで、それも年に数回。和風なものじゃなくってクッキーやマドレーヌが私的にお気に入り。
 だんごは作ったことあるけど、よもぎだんごなんてないよ。よもぎもちも。
 だって、その辺はばーちゃんの領域だもんさ。
 そうだばーちゃんで思い出した。
「じーちゃん、お昼はどーしたん?」
「出る前に食った」
「帰ってからなんか飲んだ?」
「飲んでないなぁ」
 まあそりゃそうだ。帰ってからずっと一緒にいるけど、じーちゃんはなにも口にしていない。
「重曹はともかく、水分補給はしなきゃ脱水になるよ」
「そういや、喉が乾いたなぁ」
 のんびり呟いてじーちゃんは重曹を諦めて冷蔵庫に向かう。取り出すのはきーんと冷えた麦茶。
 よもぎも洗い飽きたから、ザルだけ持ち上げて私はじーちゃんの重曹探しを手伝うことにした。
 じーちゃんは麦茶をコップに入れてぐびぐび飲んだ。いったん飲み始めたら喉が乾いていたのか、何杯か飲む。
 ぷっはー、と満足げにコップを置いてじーちゃんはあそこでもないここでもないと私の横で探し始める。
「重曹って、粉のとこには入ってなかった?」
「なかった」
「うーん」
 ベーキングパウダーと似たような箱に入ってた気がするけどなー。
 食器棚を片っ端から開いて、上から下へと確認してみる。ない。
「重曹なしじゃ駄目?」
「責任持って処分するか、みーこが」
「まずいの?」
「さあ。重曹は大事だってかあさんが言ってたから、入れなきゃな」
「らじゃー」
 じーちゃんの言うかあさんはばーちゃんのことだ。ばーちゃんは料理上手だったから、その一言には価値がある。
 二人していろんな所を開け閉めして、十分くらい探したけど目的の物は出てこない。
「粉のとこじゃないかなぁ」
 粉のとこって言うのは、小麦粉とかが入っている引き出し。じーちゃんがだんご粉を出したそこを、私は諦めず探した。
 薄力粉小麦粉強力粉。この引き出しにはいろんな粉が詰まっている。
 いっぱいあるからとりあえず全部出すことにすると、引き出しの底が見えてきた。
 いろんな粉がちょっとずつたまってて、粉まみれ。全部出してひっくり返したらすっきりしそうかも。
 白玉粉片栗粉ベーキングパウダーわらびもちこ……そして。
「あったー」
 いろんな袋に隠れるように重曹があるのを発見して、思わず掲げてしまう。
「おぉう」
「いっぱい粉ありすぎだねえ」
 じいちゃんに戦利品を手渡す。
「茹でるのは任せた」
「おうよ」
 冗談めかして言うと、じーちゃんはうなずいて、いそいそと鍋に水を注ぎ始める。
 私は引き出しを取り出してそっと流し台に傾けた。ちょっとずつこぼれてたまったと思われるいろんな粉の混合物がステンレスの流し台にばさっと落ちた。さらに底を叩くと、引き出しは見違えるようにきれいになった。
 それをキッチンペーパーでさっと拭いて、元通りにしてから取り出した粉たちをしまって一仕事終了。
 水を出して、さっき使ったボウルも駆使して流し台から粉を洗い流した頃にはいい感じによもぎが茹で上がったらしい。
 じーちゃんが鍋を抱えてくるのをザルで待ち受けて、水にさらす。
 その間にじーちゃんはすり鉢とすりこぎを出してきた。
「ほれ」
 すりこぎを私に手渡すと、じーちゃんはよもぎをぎゅーっと絞りはじめる。しつこいくらいにぎゅうぎゅうと。
 そういう力のいることがじーちゃんは得意だ。私ならきっと出来ないくらいにかたーくよもぎを絞って、すり鉢にひょいひょい放り込む。
「するの?」
「当たり前だろが」
 そりゃそうだ。
 どうやら私がすり鉢スキーだって事をじーちゃんは覚えてくれてたらしい。
 動かないようにふきんを下に敷いて、すりこぎをぐるぐる動かす。この作業はなんか無性に好きなんだー。
 ゴマをするとか、率先してやるもん。
 鼻歌混じりですりこぎをぐるぐるしてる横で、じーちゃんはだんごの準備を着々と始める。
 ああ……なんかだんご粉のふにふに感も私を誘惑するぅ。
 水を入れてこねこねするのも粘土遊びみたいで楽しそうだあああ。
「そろそろいいんじゃないか」
「らじゃー」
 すったよもぎをボウルに投入して、とりあえず用なしになったすり鉢につける。じーちゃんはよもぎを均等になるようにこねこねこね。
 その間に白い皿を二枚取りだしてボウルの横に置いた。
 じーちゃんがこね終わったのを見計らって、ボウルに手を突っ込んで適当にちぎって丸める。
 いい。この手触りがいい。
 童心に帰った気分で、無心に丸め始める。じーちゃんと半分競争するようにだんごを丸め続けた。
「……まあ、食べれば一緒だ」
 完成したそれにじーちゃんがそう言ったのは、私の作ったのがあまりに不揃いで不格好だったから。
「じーちゃんがうますぎると思う」
「かあさんが好きだったから、よく手伝ってたもんだ」
 じーちゃんはどこか遠い目をした。ばーちゃんは料理が上手な人だった。熟練の腕でおいしい料理をたくさん作ってくれたものだった。
 それはそう遠い過去じゃない話。
「そっかー」
 しんみりしそうなじーちゃんに引っ張られないように私は頑張って明るい声を出す。
「とりあえず作っちゃおう」
 鍋に水張って、火にかける。
 茹でたらだんごは完成だ。

2004.07.04 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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