IndexNovel魔法少女と外の魔物

1.

 じりじりとした夏の日差しで、体がとろけそうだった。
 せみの鳴く声が余計な暑さを演出していて、実に耳障りで仕方ない。
「あっついよなー」
 胸元をばさばさやりながら竜斗はぼやいた。
「言わないでよぅ。余計暑くなるんだから、それ」
 その横で奈由が力無く漏らす。
 焼け付く日差しにアスファルトから陽炎が立ち上がっているような気がする。
「大体、何で夏休みに好き好んで学校に行かなきゃならなかったんだ?」
「お仕事でしょ? 生徒会の」
「だからー、何で休みまで行かなきゃなんないんだよ」
「文化祭の打ち合わせをしたってこと忘れた?」
「十月の話なんか今から打ち合わせする必要あるのかー? 大体」
「んー今更そんなこと言ってもねー」
「……いちいち突っ込むなよ」
 恨みがましく視線を向けてくる竜斗に、
「だってりゅーとが突っ込めそうなことばっかり言うのが悪いんじゃない」
 と言って奈由は悪びれない。
 打ち合わせのあとにわざわざ商店街まで行くというのもたいした重労働だ。額から流れ落ちる汗が気持ち悪い。
 家に帰ってのんびりした方が有意義ではないかと、ちょっとではなくかなり思う。
「ほら、りゅーと。ぐだぐだ言わない。みんな先行っちゃったんだから」
「はいはい」
 やる気のなさそうな竜斗の返答。奈由は腰に手を当てて竜斗を軽く睨んだ。
「せっかく叔父さんに似て顔はいーんだから、それなりにこーかっこよくしよーって気はないのー?」
「とーさんに似ている以外に取り柄がなさそーに言うな」
「顔はいいのにねぇ」
「遠い目もするなーっ。あーっも、暑いのは苦手なんだよ」
 ぱたぱた手で顔を仰ぎながら竜斗は言う。
「雪男じゃないんだから」
「雪男って………」
「こー、なんてーの?」
 奈由は竜斗の様子を横目で見つめた。
「ハーフならハーフらしくさ、あやしげーな発音の日本語で『ニホン蒸し暑いネ』くらいのこと言ったらまーだかわいげあるのにさ」
「わけわからん。大体オレは生まれも育ちも日本だ」
「知ってるわよ」
 竜斗はそりゃそうだ、と思うと同時にだったら言うなと突っ込もうとしたら、奈由のカバンから着メロが高らかに聞こえてきたので口をつぐむ。
「はーいもしもし……あー、ごめんりゅーとが暑い暑いってぐだぐだ言うんだもん。……うん、すぐ行くよ。うん、ごめん。近道するからー。……あい。んじゃ、あとでねー」
 ぴっと電話を切ると奈由はほらっと竜斗を軽く睨んだ。
「もう香奈たち先に着いたって。まだ打ち合わせ残ってるんだからね」
「わかってる」
「だったらぐだぐだ言わないでれっつらごー」
 奈由は竜斗の腕をぐいと掴んでわき道にそれた。
 そして地元民しか知らないような細い路地を少し小走りに進む。
「わざわざ走らなくったっていいだろー?」
「走り終えた先にはすずしーいクーラーの冷気と、スウィートマウンテンパフェが待ってるわよ」
「パフェはいらん」
「今日までの限定品なのにー」
「知るかよ」
 なんだかんだ言いつつ速度は緩まない。
 でも額から流れ落ちる汗にお互い我慢がならなくなって、二人はどちらともなく立ち止まった。
「あちー」
「も少しよー」
「運動した後って、それまでより余計汗でんだよなー。無駄に動いた気がするし」
「やせるわよ」
 間髪いれずに奈由が答える。
「いや、別にやせる必要ないんだけど」
「いちいち突っ込まないでよー」
「思ったことを正直に言っただけだ」
「そんなこと言うしー」
 奈由が頬を膨らませるのを竜斗は笑って軽く受け流した。
「さー、もうすぐなんだからとっとと行こう。おいでませクーラー。ビバ文明の利器!」
「なによそれ。調子いいんだからー」
 奈由が苦笑して言ったときだった。
 どこからか何か逼迫した声が聞こえてきたのは。
「――きゃああぁあ?」
 声、と言うよりも。むしろ悲鳴か。
「え? えぇっ?」
 2人は慌てて辺りを見渡した。
 狭い路地に他に人影はない。周りのどこかの家から聞こえる声だろうか?
 それにしては聞こえてくるのは――。
「げ。奈由!」
 声の主を見つけて、慌てて竜斗は従妹の手を引いた。まるで抱き合うような形でそれを避ける。
「―――――っ」
 急制動。
 それ――竜斗が見つけた声の主は寸前まで2人がいた辺りに落ちてきて、しりもちをついた。
「りゅーと、なによぅ、突然」
 奈由はぷるぷると頭を振る。
「い、いやなんていうか……」
 心底困ったような竜斗の声に、奈由は彼の視線を追った。そして、目を丸くする。
 理由はいくつかあった。
 そこに何の脈絡もなく少女がぺたんと座り込んでいたこと。その少女の髪の色が彼女の従兄とそっくりだったこと。まるで外人タレントのようにかわいらしかったこと。衣装がちょっぴり奇抜だったこと。
 季節は夏真っ盛りなのに、長袖にロングブーツはどうかと思う。見ているだけで暑苦しそうだった。
「いや、それよりも」
 呟いてじっと少女を見つめる。
 瞳は綺麗な碧。ふんわりと波打つミニスカ。極め付けに手にはなんというか――――杖みたいなのを持っている。
「うーん? なんか、どっかで見たよーっな」
「どこでだよ」
 奈由が顔をしかめて言うと、竜斗が素早く突っ込んだ。
 その2人を、少女は呆然と見つめ……しばらくして、はっと我に帰った。
 日本語でない言葉で早口に何かまくし立ててぴょこんと頭を下げる。
「?」 
 どう反応していいかわからない2人を置いて、少女はまるで逃げるように走り去った。
「えーと」
 それを呆然と見送ったあとで、しばらくしてから口を開いたのは竜斗だった。
「なあ、奈由……俺、あの子が空中で一瞬浮かんだのを見た気がするんだけどさ、どう思う?」
「は?」
「さっき、落ちてきた時に――浮かんだようにしか見えなかったんだよ」
 竜斗が自分でも納得いかないようにぶつぶつと言う。
 瞳を閉じて竜斗はその瞬間のことを思い出そうと試みた。
 上を見ると少女がいて、しかもものずごいスピードで落下してきていて――落ちる瞬間、ちょっと浮いたように見えたのだが。
 そういえば落下音もなかったように思う。驚きで気付かなかったけれど。
「映画やらドラマの撮影じゃないの? ワイヤーでつってるとか。あ、それかコスプレとか」
「……ハロウィンか?」
「今八月よ」
「ハロウィンがいつあるかなんか知るわけないだろー?」
「またそーゆーこと言う」
 奈由は呆れ顔になって、何となく少女の去った方を見た。
 ふと思いついて口を開く。
「あのさ、昔さ」
「うん?」
 竜斗はちら、と顔を上げる。
「特撮ってあったじゃない?」
「変身ヒーローか?」
「うん」
 奈由はこくんとうなずいた。
「アレの女の子版ってあったじゃない? そんな多くなかったけど」
「あー」
「あれ、今もやってんのかなぁ?」
「……あの子がその主役じゃないかとでも?」
 未だに視線を動かさない奈由に、竜斗は疑わしげな視線を向ける。
「かわいい子だもん」
 力の限り奈由は言い切った。
「あこがれたわよね〜、昔。あーゆーのの主人公ってお姫様とかでさ。王位継承のためとかなんとか言ってばしばし悪いやつ倒すのよね」
「あこがれたのか?」
 呆れた様子の従兄に奈由はむっと頬を膨らませる。
「いっとくけど、昔の話だからね! 昔の!」
「お姫様ねぇ」
「女の子なら誰しもあこがれるもんなんだから――なによぉ、その顔」
「いや別にー?」
 軽く流そうとする竜斗を奈由はきろっと睨む。
「その顔はあたしを馬鹿にしてる」
「んなことないって。奈由にそんな乙女チックな時代があったなんて今じゃ嘘みたいだなー、なんて全然思ってないし?」
「思ってんじゃない!」
 がおぅ! とばかりに噛み付いてくる奈由から心持ち距離をとって、竜斗は言った。
「そんなことより、また携帯鳴ってるぞ」
 高らかに鳴るメロディに奈由はため息を漏らした。
 液晶は親友の名を告げている。
「もー」
 ぶちぶち言いながらボタンをぴっと押す。
「ごめん香奈っ! りゅーとが!」
「うわっ。人のせいにするかお前っ」
 思わず反論する竜斗の声が聞こえたのか電話の相手は深いため息を漏らした。
『喧嘩するほど仲がいいって言うけどねぇ』
「むー。香奈にだけは言われたくないのはなんでだろう」
『はー? なによそれ。とにかく早く来ようよ。何も頼まず待っている居心地の悪さから解放されたい』
「先頼んでてくれてよかったのにー」
 奈由は言いながらちらっと竜斗を見てにっこりした。
「すぐ行くからあたしたちのもたのんどいて。スウィートマウンテンパフェ二つ!」
「って、おい?」
『らじゃー』
 通話を切って奈由は拳を振り上げた。
「さ、りゅーといこー!」
 張り切った顔をしているのは、もう頭がパフェでいっぱいだからだろう。
「パフェ二つって! 俺の分かーっ?」
 竜斗も少女どころでなくなって思わず聞いたら、奈由は笑顔のままきっぱりうなずいた。
「勝手に頼むなーっ!」
 竜斗は小さく叫んで、慌てて自分の携帯を取り出した。
 だが電話をかける前に目指した店の姿が見えて諦めてしまい込む。
 スウィートマウンテンパフェに思いをはせながら奈由が扉を開けると、すかさず奥から声がかかった。
「奈由ー! こっちー」
 立ち上がってパタパタ手を振って合図する親友に笑顔で奈由も手を振りかえした。
「遅いわよー」
「ごめん、りゅーとがぐだぐだ言うんだもんさ」
 言い訳しながら空いたスペースに滑り込む。
「俺のせいか?」
「違うの?」
 きょとんと聞き返されて、竜斗は苦い顔で黙り込んだ。
「ちがうの、ってなぁ」
「違わないでしょ? 暑い暑い言ったのも、みょーなこと言い出したもの、ぜんっぶりゅーとじゃない」
「そもそも遅れた原因はお前だろー? 忘れ物なんかして」
 竜斗の反論にう、と奈由がつまる。
「でも、途中でりゅーとがー」
「はいはい。わかったわかった」
 なだめるように手を振る竜斗に不満げにうー、とうなりつつ、奈由は席に着いた。
 竜斗も席について、これで全員そろった計算になる。
 聖華学園高等部の生徒会のメンツを説明するのは、少々ややこしい。
 まず、竜斗が座った隣にいるのが生徒会長の田崎竜司。
 そこの時点で「竜斗(りゅうと)」と「竜司(りゅうじ)」がややこしい。
 さらに奥にいるのがその義弟、運動部長の田崎海。
 同じ苗字も混乱するが、その上彼らの家庭はさらに関係がややこしい。
 奈由の横に座る文化部長・輪中香奈が、その海の義姉なのだ。
 どうなってそんな関係なのか突っ込んで聞くにきけず、また聞こうとも思わないが彼らが一応仲が悪くない――と思われる――のが謎だ。
 香奈の隣にいるのが書記の羽村雄太で、彼だけは唯一ややこしくない人物だ。
 副会長の竜斗と会計の奈由は従兄妹同士。姓は同じく寿岐と言うから、生徒会の中に同じ苗字を持つのが二組。何でこんなにややこしいことになったのかといわれれば、夏休み前に行われた生徒会選挙で生徒の大多数が面白がったからに違いない。
 涼しい冷気を満喫して、竜斗は人心地つく。
 その頃ににこやかにウエイトレスが注文の品を運んできてげんなりしたが。
 スウィートマウンテンパフェ。
 その名の通り甘そうで山のような量のあるパフェだった。
 しっかり目の前にででんと現れたそれに、竜斗はげんなりする。
「だからやめてくれって言ったのに……」
「もう頼んだ後だったから。まあ、頑張って喰え?」
 竜司の言葉にため息を一つ。店内張りのメニューにでかでかと「スウィートマウンテンパフェ1,600円」の文字を発見して竜斗はさらに深いため息を漏らした。
「しかもなんって高い……」
「そんなに高くないよー。この量で!」
 奈由は力の限り主張した。
「うんうん」
 香奈がこくこくとうなずくのを見て、価値観の違いにうんざり。
「これ、食うのか? 一人で。俺が。全部」
「残すともったいないよ」
 うなりながら竜斗はパフェを睨んだ。
 なんとなく奈由と香奈を確認して、呟く。
「コレ一人で食う気なのか? 太るぞ」
「甘いものは別腹!」
「ねー」
「いや、そんな量じゃないだろ」
 キッパリ竜斗が突っ込み、後の面々もこくこくうなずくのだが女の子達は気にする素振りもない。
 スプーンを握り締めて幸せそうにパフェを征服にかかっている。
 竜斗も仕方なくパフェを見据えて、頭を振った。
「なあ、今日俺もう打ち合わせする余裕ないかも」
 その言葉に一同は深くうなずいた。
「それ以前に、香奈のヤツが話聞きそうにない」
「ねーさん甘い物好きだからねぇ」
 竜司と海とが言い合う。
 ため息と共に雄太は突っ込んだ。
「最初っからわかりそうじゃないですか。何でこんなところで打ち合わせする気になったんですかー」
「生徒会室暑いから?」
「あつかったからだよね?」
「暑いのは嫌いだな」
 その答えに雄太は頭を振った。
「そりゃ、夏だからしかたないじゃないですか」

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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