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3.
少女を部屋まで案内して、竜斗はどう切り出したもんだかと虚空を睨みつけた。
「とーさんの親戚だって?」
「ええ、はい」
サエルがうなずくのをじっと見やる。
(あのまま二度と見かけないのなら、気のせいにしといたのに)
実際、パフェ事件で竜斗はすっかり少女のことを忘れていた。
しかし、一緒に住むとなるとそうもいくまい。
「確かにとーさんは旧姓がアットロードとか言ったけど」
「はい、そうですよ」
慎重に切り出す竜斗にサエルはにこやかにこくこくうなずいた。
「あのさ」
言い出しにくくて一度言葉を区切る。
「昼さ、会った時に目の錯覚かと思ったんだけどさ――俺は君がどーも一瞬浮かんだように見えたんだけど」
その言葉に笑顔だったサエルの動きが止まった。
「りゅーと、それなんかの撮影ってことで結論付けてなかったっけ?」
奈由が突っ込むと、竜斗はあっさり頭を振る。
「そういう話ならもっとかーさんが騒いでる」
「……それは、そんな気がするけど」
わき目を振らずに竜斗はじっとサエルを見つめた。奈由も何となく彼女を見た。
日焼けを知らないような白い肌。綺麗な赤茶の髪。澄んだ色の瞳。
ないものねだりをする気はなくても、何となくうらやましくなってしまう愛らしい少女だ。
その彼女は、暑さのせいではなさそうな汗を流して、視線を彷徨わせた。
「そりゃあ、俺の両親はちょっと変だし、君が来ることを黙ってることは十分考えられる」
竜斗はまずそう切り出して、じっと彼女を見据える。
「でも、伯父さんと伯母さんは真面目な人なんだ。こんな重要なこと黙ってるなんて、考えられない」
「ええっと、何が言いたいんです?」
困ったような顔であちこちに視線をやりながら、なんとかサエルが呟いた。
「大体、できすぎた話じゃないか」
「りゅーと?」
何が言いたいんだろうと不思議に思いながら、奈由は従兄をきょとんと見上げた。
「魔法を使って記憶を操作して紛れ込む――お前の好きな魔女っ子モノのパターンだ」
「何で現在形なの?」
なんて言っていいか迷って、とりあえず奈由は突っ込んだ。
「しかもなんでそんな詳しいの?」
「昔一緒に見たろうが」
「そういえばそうだけど」
「ちょっと黙っててくれよ、奈由」
「うん」
奈由は素直にうなずいた。奈由と竜斗と二人分の視線を浴びてサエルはおずおずと口を開く。
「ええっと、あの。確かに、ちょっと術は使いました」
「なんで、家にもぐりこんだんだ?」
困ったような申し訳なさそうなサエルの言葉に、竜斗はわずかに顔をしかめる。そのあと、不思議そうに首をかしげた。
「……まさか俺と髪の色が同じだからちょうどいいと思って、先回りしたのか?」
「そうじゃないです」
サエルは慌ててふるふる首を振った。
何となくこの少女をいじめているような気になって、竜斗は渋面になった。そんなつもりではないのだが。
「じゃ、何で家なんだ?」
「そんな気は……なかったんですけれど」
静かに呟いたサエルは本当に困ったようだった。
「いろいろありまして」
いろいろってなんだよ、内心突っ込んだ竜斗の腕を奈由はぐいっと引っ張りながら身を乗り出した。
「本当に魔女なの?」
「魔女……ええと、というか」
脈絡も関係なくやたらうきうきした調子で奈由が切り出すと、サエルは困惑したようだった。
「信じてもらえないかもしれませんけれど、私、この世界とは違う場所から来たんで……」
「魔法の国からね?」
戸惑いながらの説明に奈由が勢いよく切り返した。そのあまりの素早さに驚いてサエルは目を白黒させた。
「え?」
「その世界のお姫様?」
続く奈由の言葉に、今度は目を丸くする。
「――はい?」
心底意外そうに少女が言うので、勢い込んでいたのが恥ずかしくなって奈由は赤面した。
サエルは首をかしげながら構わず続けることにする。
「その世界はウィシュワードといいます。私はそこで管理人をしていて」
「管理、って?」
「世界を」
突然の説明は静かに響いて、そのあまりの内容に竜斗と奈由は目をぱちくりさせる。
それは――どういう意味なんだろう。
神様とか、そういう意味なのだろうか?
その疑問に答えるようにサエルは続けた。
「私の主な仕事は外の魔物の封印です」
「そとのまものぉ?」
「なんだよ、それ」
きょとんと聞き返してくる二人にサエルは少し考えた。
「外の魔物、というのは――知られざる未知の悪しきものです」
呟いていったん言葉を切る。綺麗に澄んだその声はやけにきっぱりと響いた。
「私の世界は、基本的にどんな世界のどんな生き物でも受け入れるように創られています。ただ、他の世界の魔物までは受け入れることはできません。他の世界から来た魔物は封印しなければならないんです」
「はあ」
「その他の世界の魔物のことを、外の魔物と私たちは呼んでいます」
竜斗と奈由はきょとんと顔を見合わせた。
「それが、どうしてここに?」
まるで練習でもしていたかのようなタイミングで、声を合わせて聞かれたのでサエルは驚いたような顔をした。
「ええと、ちょっと油断しまして」
気を取り直して、少し恥ずかしそうに呟く。
「……敵の知恵が働いたというか」
「えと?」
首をかしげる奈由にサエルは苦笑して続けた。
「魔物は、おそらくもとの世界でも高位の力を持っていたんですよ」
「強かったってこと?」
「そう、ですね。魔物の強さの判断は、その姿が人間に似ているかどうかで測れるのですけど――そういう意味であの外の魔物は見た目は人間としか思えませんでした」
静かに告げるサエル。竜斗と奈由はもう一度顔を見合わせる。
「多分――封印はできたと思います。私には偉大なる神のご加護がありますから。しかし、相手が最後に放った術で、私はこの世界に飛ばされたのだと思います」
「で、なんで家なわけだ?」
とりあえず話を聞いても理解するまでに至らない。最終的に竜斗が聞きたかったのは結局そのことだった。
事情がどうあれ、何で我が家なんかにやってきたのか、そこが気になる。
「ええと」
問われてサエルは困ったように視線を宙に彷徨わせた。
「なんというのか……その、成り行きで?」
疑問形で尋ねられても困る。
奥歯に物が挟まった時のようなはっきりしない言葉を聞きながら、竜斗はじっと少女を見つめた。
(まだ、奈由が言ってたみたいな王位継承でどーのこーの、よりはマシだけどさ)
内心呟きながら続ける。
「元の世界には? 帰れないのか?」
「帰れます」
即答された。それもきっぱりと素早く。
だったらなんで家にもぐりこむんだ、と竜斗が尋ねる前に彼女はあっさりと言葉を続けた。
「ただ、私の力では無理です。この世界の神のお力をお借りしなければ」
「って、駄目じゃんそれ」
奈由は突っ込んだ。
「神様って、あのさ――いないでしょ?」
「います!」
サエルは小さく叫ぶ。
「兄は神のいない世界はないと言っていましたから。ただ――すぐには連絡が取れそうにないですけど」
「うーん」
奈由は難しい顔をしてうめく。
神様や仏様なんて神話の中にはいくらでもいるけど、それが「いる」なんて奈由にはとても思えない。
だが、真剣な様子のサエルにはそれをはっきりいうのはためらわれる。
「そっか。ま、魔法少女モノは最後ハッピーエンドに決まってるから、帰れるよ多分」
「奈由、あのさ、作り話じゃないんだぞ?」
「わかってるわよ。でも、そう思った方がいいじゃない。神様云々はわからないけど、明日町を案内するね」
「あ、はい」
「なんだったら神社とか行こうね。場所知ってても損ないだろうから」
「ありがとうございます」
サエルの返答ににっこり笑って奈由はひらりと手を振った。
「じゃ、またあとでね。晩御飯までちょっと時間あるからゆっくり休んでて」
竜斗の腕を引っ張って、奈由はドアに手をかける。
「後で呼びに来るね」
にこやかにサエルに手を振って挨拶した後、出てきた部屋の扉をパタンと閉じる。
「奈由」
扉が閉められたのを確認したあと竜斗が呼びかけると、奈由がじっとりとした視線を彼に向けた。
「言っとくけど、りゅーとが最初に言い出したんだからね」
「う、ま、そうだけど」
「どうするのよ? 異世界ときたわよ、異世界とっ!」
「……そだな」
「マジ話だったわよ? あれ」
「お前だって結構乗り気で聞いてた癖に」
「世の中ノリと勢いだもん」
胸を張る奈由を見て、竜斗はため息を一つ。
「面白がってるだけじゃないか」
「りゅーとが宙に浮いたとか言った時はなんかトリックがあったんじゃないかって思ったけど、本人がああいうならりゅーとが嘘言うわけないし、本当に宙に浮いたってことでしょ?」
「そんな風に見えた、だけだったんだけどなー」
竜斗が苦笑する。
「でも、見えたんでしょ? それにしても魔法だなんて! まさかこの目で見る機会が訪れるなんて……ちょっと感激かも」
「おまえ、好きだよなー、そういうの」
「夢があるじゃない」
「言い出したのは俺だけどさ」
竜斗はため息を漏らした。
「まさか本当にそうだと言われるとは」
「違ってたらすっごい馬鹿にされたと思うわよ?」
「それはないと何となく思ったんだよ」
からかい混じりの言葉に言い訳のように竜斗は呟く。
「お前の言ってたように特撮もののファンだとかいうオチかとも思ったし」
呆れたように奈由は竜斗を見た。
「普通、だからって空から落っこちてこないと思うわよ? よくかんがえたら危険だし」
「よく考えなくても危険だろ」
竜斗はさらりと突っ込んで、続ける。
「しかもあの時は日本語わからなかったみたいなのに、今わかるっていうのは……」
「魔法、かなぁ? お兄さんに習ったとか言ってたけど」
「魔法でわかるようにした、ってことが妥当だな。……いや、彼女が本当に異世界からきて魔法が使えるとしたらだけど」
「すっごいなぁ、その力さえあれば世界中の人と難なく話せるわね!」
「話すネタはあるのか?」
「そうやって水差すしー」
奈由は竜斗をじっとり睨んだ。
話はまともに進まない。二人とも混乱しているし、現状を把握しきれなくて妙に浮ついた気分だった。
興奮を静めようと竜斗はぱたぱた手で顔を仰いだ。
「ま、なんだ。本当にしろ嘘にしろ、世界を救うために戦わなきゃって言われなかったのはよかったよな」
「なんでよ?」
「そんなこと言われたら、本気で特撮ものの世界じゃないか。高校生にもなって、それはちょっとどうかと思うぞ」
奈由は竜斗の真面目ぶった顔を見つめた。
「どうかと思うなら最初から素直に叔父さんの親戚てことは俺とも血が繋がってるんだ凄い偶然だなぁはっはっは、とでも思ってたらよかったのに」
「宙に浮いてたの見たら突っ込むしかないだろー?」
「あのさあ、お笑いやってるんじゃないんだから」
「あれがただのボケだったらよかったんだけどなー」
どこか遠い目をして竜斗は言う。
「日本に来たばっかりの子になに高等な技術期待してんのよ」
「日本語はうまかったけどな」
「魔法でしょ? 当たり前なんじゃない?」
「……当たり前ときたか、当たり前と」
奈由はこくんとうなずいた。
「夢があるわよね、魔法」
心底うれしそうに奈由が言うので竜斗は苦笑い。
「そだな」
「本当にいるなんてねぇ、魔女っ子。何か魔法見せてくれたら完璧信じるんだけどなぁ」
奈由はいかにも魔女っ子なサエルの衣装を思い出して、うっとりと瞳を閉じた。
「明日頼んでみようかなー」
「頼むのかよ」
「だって、せっかくだし見たいでしょ?」
奈由は当たり前のように言うと、張り切ってガッツポーズをとった。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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