IndexNovel魔法少女と外の魔物

4.

 そしてその翌日。
「あ、おはよー」
 奈由はパンを片手にひらひら手を振った。
「案外早かったのね。ゆっくり寝ててよかったのに」
「習慣ですから」
「早起きが? 偉いねー。あたしは真似できないわ」
 サエルは奈由の手招きに従ってテーブルにつきながら不思議そうな顔をした。
「あ。今日は特別。あんまり眠れなくってさ」
 奈由はうっすらと笑って、肩をすくめた。
「興奮しすぎたのかも」
「興奮?」
 サエルはますます不思議そうな顔をする。
「うん。そのことなんだけどさ」
 奈由はきょろきょろと誰もいないのを確認した。サエルのほうに身を乗り出す。
 サエルも何となく辺りをうかがった。
 大人達の姿は見えない。もう仕事なのかもしれない――半分自営業のようなものなので屋内にはいるだろうけれど。
 竜斗がいないのはまだ寝ているからだろうか。
 ともかく二人しかいない。
「あのね、よかったらなんだけど」
 誰もいないというのに奈由はぐっと声をひそめた。
「魔法、見せてもらえないかなぁ」
「えーと」
 サエルは大きく目を見開いた。
「信じてくれた――ですか?」
「そう思ったからあの話してくれたのかと思ってたけど」
「リュートさんには見られていたようですし」
「りゅーとはあなたが宙に浮いたってところ、見たとか言ってたからね。帰ったら何故かいるんだもん。そりゃ、気になるから聞くわよ」
 奈由の言葉にサエルは曖昧に微笑んだ。
「別に狙っていたわけではなかったのですが」
「狙われても困るけど」
「偶然――そう、偶然ですね。私としてもまさか貴方達が……」
 言いかけて、途中で区切る。
「いまさら言っても仕方ないですけど」
 貴方達がの続きがなんなのか気になったけれど奈由はそれよりもとさらに身を乗り出す。
「偶然だろうと必然だろうとかまわないわよ。問題は魔法を見せてもらえるかどうかっ」
「こだわりますね」
「だって、りゅーとだけ見たのずるいもん」
 そういう問題なのだろうかをサエルは思うが、奈由の顔は真剣そのものだった。
「今日は、町を案内していただけるんですよね」
「そーよ」
 サエルがさらりと話題を変えると奈由は少し肩を落として答える。サエルは微笑が苦笑になるのを自覚した。
 こんなことが兄に知れたら、一体何を言われるだろう。
「もしよければ、そのあとで少し飛んでみます?」
 その言葉に奈由は一瞬の間をおいて歓声を上げた。



 数時間後、竜斗は夏の日差しにぶーたれてた。
「あーつーいー」
「だからそれ言わないでったら」
 今日も太陽は遥か頭上で頑張っている。
 流れ落ちる汗でシャツが胸にへばりつく。それりも日焼け止めが落ちないかの方が奈由は気になるが。
 いつサエルに空を飛ばせてもらえるのかうきうきしながら歩いてきたせいか、少し疲れた。奈由はちょっと辺りを見回した。
「どっかで休む?」
「って、どこでだよ?」
 竜斗は打てば響くように問い返す。
 閑静な住宅街。道を教えて歩き回るのには広く、住宅街であるが故に店舗などは見当たらない。
 コンビニも残念ながら近くにない。そう遠くない位置にあるのは知っているが、そこまでは数分坂道だ。
 わざわざ坂を登るのは遠慮したい気分だった。
「えーと」
 奈由も同じことを考えたらしい。少し迷う様子を見せる。
「公園行く?」
「アスレチックしにいってどうすんだよ」
「木陰で涼むの。自販もあるし、ジュース買ってさ」
「そんなところかなぁ」
 竜斗は納得してうなずいた。
「じゃ、次は公園で小休憩、と」
 サエルはその言葉にこくんとうなずいた。
 竜斗はひょいとわき道に逸れて、歩きながら話し掛けてくる。
「公園ってのは――公園なんだけどな」
 こんなこと説明する必要があるのか、言っている竜斗も疑問だったが、それでも黙り込むよりはと続ける。
「山を背にドンと構えてて、街中にあるにしちゃ自然がいっぱいだな。アスレチックがあって――たまにキャンプするやつもいるらしい」
「キャンプはどうかと思うけどねー、あたし。キャンプ場にいけばいいのにさ。何もこんな街中でやらなくっても」
「買出しがすぐできるからじゃないか?」
「それはキャンプとして明らかに間違っている気がする」
「あの」
 おずおずとサエルが話し掛けてきたので、ノリよく会話をしていた二人は言葉を止めた。
「なぁに?」
 にっこり奈由は聞き返す。
「あの、キャンプとかアスレチックって、なんですか?」
「……え?」
 まさかそう聞かれるとは思ってなかったので、奈由の表情が笑みのまま固まった。
 竜斗と奈由は困ったように顔を見合わせた。
「キャンプっていうのは……野宿の親戚みたいなもの?」
「アスレチックは……自然に密着した遊具のこと……とか」
 適当に説明してみる。
 いきなりわかりきったことを聞かれて、辞書も見ずに答えろって方が無理だ。
「まあ、あれはみてこういうもんだと理解してもらうしか」
 自信なさそうに答える二人を見て、聞いたらまずかったかしらとサエルは思う。
「普段意識しないことを答えるのって難しいわねー」
「えっと、ごめんなさい」
「謝るのはこっちだってば」
 奈由がパタパタ手を振って、それに竜斗はこくんとうなずいた。
「ろくな説明できなくて悪いなー」
「そんなこと、ないです」
 サエルはぶんぶん首を振る。
「まあ、頼りにならないけど、わからないことがあったら何でも聞いていいからね」
「本気で頼りにならないけどな」
 ボソッと突っ込む竜斗を奈由はじっとり睨みつけた。
 なんだかんだ話しているうちに目的地が見えてきた。
 緑色のフェンス。フェンスに沿うように道路沿いに植木が植えてある。
 フェンスの中、公園の敷地に入り込むとまずなだらかな坂が目に入った。
「そういや」
 額から流れる汗をぬぐいながら竜斗は呟いた。
「ここも坂だったな。うかつだった、中のイメージしか持ってなかったのは」
「で、でもほら、別に急な坂じゃないしさ!」
「それが救いだな」
 ゆるいカーブを描くその道をのんびりと歩く。ゆっくり歩けば気にならないほどの傾斜。これくらいなら普通の道を歩くのとそうは変わらない。
 さすがに十分ほど坂を登った頃には汗がだらだらと流れていたが、これは夏だから仕方ないとして。
「あじー」
「言わないでよー。余計暑くなるんだからー」
 疲れ切った顔で弱音を吐く竜斗に文句を言いながら奈由は自販機を目で探した。
 少し離れた管理棟の前にあるのを発見して、走ってそっちに向かう。
「元気だなー」
 その後姿を見ながら感心したように竜斗は漏らした。
「暑がりなんですね、竜斗さんは」
 サエルが言うと、竜斗は後ろを振り返って苦笑する。
「だからって寒さに強いって訳じゃないのがつらいとこだな。寒いのは着ればどうにかなるからまだマシだけど」
 パタパタ手で顔を仰ぎながら竜斗が言うと、サエルはくすくす笑った。
「お待たせー」
「はい、りゅーと」
 奈由が缶を抱えて駆け戻ってきてコーラのロング缶を竜斗に差し出す。
「で、サエルちゃんはどうする? 一応オレンジジュースとスポーツ飲料買ってきたけど」
「スポーツ飲料、ですか?」
 不思議そうなサエルの言葉に、奈由はええと、と呟いてから説明する。
「えーっと……水のよーなちょっと白っぽい液体に栄養素がたくさんはいった飲み物のことかなぁ?」
「ジュースください」
 首をかしげながらの適当な説明を聞いてサエルはすぐさまそう言った。説明が悪かったかしらと思いながら奈由はオレンジの缶を差し出す。
「奥に行くか」
 その缶をきょとんと見つめるサエルに気付かないで、竜斗はひんやりした缶に目を細めながら日陰を選んで歩き出した。
「若者は元気だぁねー」
「年寄りくさいよ、りゅーと」
 アスレチックで遊ぶ子供にコメントする竜斗に奈由は突っ込んだ。
 そんな掛け合いを続けながら彼らはひょいひょいと奥に進む。
「俺がガキの頃は虫取りとかするヤツが多かったけどな」
 暑いからだろうか、夏休みだが遊ぶ子供の姿はそう多くない。
「その言い方は親父くさい」
「いちいち突っ込むなよ」
「だーって、ねー?」
 同意を求められても困るのだが、サエルはとりあえずうなずいておく。
「ほら、サエルちゃんもおなじ意見」
「なんかなー」
 ぶつぶつと竜斗はぼやいた。
 ちょうどいい感じのベンチを見つけたので、ぶつぶつ言いながら腰を下ろす。
 ぷしっ、と缶を開けてコーラを飲んで、竜斗は幸せそうな顔になった。
「生き返る〜」
 大げさな言い方に奈由は笑った。でも、自分も幸せそうな顔で缶に口をつける。
 二人の様子を見て、サエルは自分が渡されたオレンジの缶をじっと見下ろした。
 これをどうにかすればいいのは、わかる。
 しばらくじーっと見ていると、缶の上になにやら説明が書いてあるのに気付いた。
「ええと、こことこうして」
 ぶつぶつ言いながらプルトップを押し上げる。
 かぽっといい音がした。
「うわあ」
 思わず小さく歓声を上げて、サエルはおずおずとそれを口に運んだ。
 中身は缶と同じくひんやりとしている。
「すごい……」
「どしたの、サエルちゃん?」
「え、あの、いいえッ。なんでもないです」
 慌ててサエルは首を振った。当たり前のようにしている二人の前で、「これすごいですね」などとはいえない気がする。
 ひんやりした缶を両手で包み込んで、ごくん、と喉を鳴らしてオレンジジュースを飲む。
 たしかに幸せだ。この汗ばむ陽気の中、見つけ出したオアシスのような。
 しばらく幸せに浸ったあと、サエルは何気なく周囲の様子を確認した。
「この辺りなら、人目もないですね」
 奈由はその言葉に勢いよく反応した。
「うん。ないないっ」
 力の限り奈由は言い放つ。
「魔法? 魔法?」
 期待に満ち満ちた瞳。サエルは微苦笑して、うなずいた。
「本来ならば、まずいんですけどね」
 サエルは言いながらひょいひょいと手を振り、次いでぼそぼそと呟いた。何か呪文のようなことを。
 ――と。
 突然サエルの手の中に杖が現れる。はじめて見たときに、彼女が持っていたものだ。
「魔法のステッキ」
 呟いて、奈由は目をきらきらさせる。この事だけで彼女が魔法使いだと証明しているようなものだ。
 竜斗は唖然と動きを止めた。
「むぅ。実際見せ付けられると……」
 ぴたりと動きを固めたまま一人呟く竜斗に気付いた様子もなく、サエルはジュースの缶を丁寧にベンチに置いて杖の持ち心地を確かめ、にっこりと笑う。
「じゃあ、お約束どおり」
 サエルの言葉に奈由がぐっと身を乗り出したときだった。彼女が不意に言葉を止め、緊張した面持ちではっと頭上を見上げたのは。
 竜斗と奈由もサエルの様子を不審に思い、彼女の視線を追う。
 彼らが見上げた先、そこには尋常ならざる力で空中に男が立っていた。
「外の魔物!」
 その姿をみとめて、忌々しげにサエルが叫ぶ。
「貴様もここでは異邦人だろう――我と同じようなものだ」
「貴方は封じたはず」
 男の言葉を無視してサエルはかすれた声で呟く。
 緊張した面持ちでサエルが杖を構える動作にふん、と男は肩をそびやかした。
「貴様ごときの力で我を封じようとは愚かしい」
 サエルはその言葉を屈辱とともに受け止めた。竜斗と奈由を庇うように一歩前に出る。
「愚かしかろうと、封印がなるまで何度もやるのみです」
 こくりと息を飲みながらサエルは杖をぐっと前に突き出した。
「愚かな小娘だ」
 それはあざけるような言葉だった。侮蔑の眼差しにサエルはまなじりを吊り上げる。
 突き出した杖を持つ手に力を込め――、
「風の精霊、舞い踊って」
 ささやく。
 サエルが掲げる杖の周りに空気が渦巻いて、髪が風で揺れる。
 そして男に向けて風が襲い掛かった――ただの風でない、鋭く尖ったかまいたち。
「逃げてください」
 杖を男に向け、その指す先を睨み据えたまま、サエルは背後に庇った二人に言った。
「あ……ああ」
「――わかったわ」
 戸惑いと緊張に満ちた二人の返答が聞こえて、忠告通りに後ろにあった気配が遠ざかるのを感じる。
(よかった。巻き込まずにすんだから)
 そうしてサエルはほっとため息をついた。もし、巻き込んでしまったら――そのあとのことは、あまり考えたくない。
 一瞬で意識を男に戻して、杖を持つ手に力を込める。
「小賢しい!」
 舞い踊る風を睨み散らしながら、男は叫んだ。呪文も何もなく最後の風まで散らし切る。
「炎の精霊、阻んで」
 わずかに唇をかんで、引き続いてサエルは周囲に命じた。杖を振ると男の周りに炎の壁が現れる。
(あのとき失敗したのは、きっと力が足りなかったせい――だったら)
 男はサエルの作り出した壁を消そうしている。実力的には男の方が強いのではないかとサエルは冷静に判断した。
 それでもこの場では男も全力を振るうことは叶わないようだ。
(分の悪い賭けだけど)
 深呼吸して、ひとりごちる。
 男が炎が消し去らないうちにと、サエルは口早に呪文を唱える。
「我らが世界を創世せし、偉大なる神々の一人時空神の名のもとに――」

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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