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5.
サエルに言われて逃げ出して。その途中に竜斗が立ち止まったのには特に理由がない。
つ、と振り返ると空から光が降って来るのが見えて、もしかしたらその気配を無意識に察したのかなと思ったりはした。偶然だろうけど。
「どしたのりゅー」
言い掛けた奈由の言葉が止まったのは、同時に振り返ったから、竜斗の見ている光を彼女もまた目にしたのだろう。
ちらりと確認すると目を丸くしている。
「すっごい」
まず息を飲んで奈由はぽつりと続けた。
「サエルちゃん、大丈夫かなぁ」
コメントすることができなくて、竜斗は「さあ」とだけ答える。
「魔物って言ってたけど」
完全に振り返って、奈由は言う。
「人間ぽかったよね、あの人」
「だな」
竜斗はこくんとうなずいた。
魔物、といわれれば。
こう、もっとなにかが違うと思う。人間の姿としても、肌の色が青かったりとか。妙な生き物で触手があったりとか。
ゲームの世界で出てくるようなそんな魔物とは違うしっかりとした人間の姿で。
「あの人を封印する、ってのか」
ポツリと竜斗は呟く。
頭の中でイメージする魔物を封印だの退治だの、ということなら抵抗はないけれど。
人間にしか見えない人と戦うなんて―――生々しくないだろうか。
「あれが魔物なんて」
竜斗の横で奈由がぼそりと呟く。
「もっとこう、あれじゃないかな。魔法少女の敵役にふさわしい衣装が」
「……マニアか、お前」
思わず竜斗は突っ込んだ。従妹にかかると真剣な話もどこかユーモラスなものになってしまう。思わず苦笑しているうちに空からの光がふっと消えた。
「大丈夫なのかなー、サエルちゃん」
「どうだろなあ」
何となくその場に止まって、奈由と竜斗は視線を交し合った。
男がついに炎の壁をかき消した。
「小娘っ!」
怒号に空気がびりりと震える。実際、声とともに魔力でも放ったのだろう。
強烈な風が吹き付ける。外の魔物の魔法はサエルにはわからない。叩きつける風が殺気を帯びて、杖を突き出した腕に痛みが走った。
殺傷能力のある風だったのだろう。サエルは唱えかけた呪文を中断せざるを得なかった。
確かな意図を込めて杖に力を込めると体に当たる風の威力が弱まる。
(本当に分が悪い……)
それを自覚せずにはいられない。ここは本来自分が住むべき世界ではない――だからどうしても魔力の発動が遅いし、威力も弱い。
風は弱まっても吹き付けてくるし、その威力はなかなかのものだ。
お互い様といえ、人ひとり異世界へと飛ばすことのできる力の持ち主だ。
「風の精霊、阻んで!」
叫んで杖を振り下ろす。サエルの起こした風が男のそれに向かい相殺して消えた。
肩で一つ息をして、サエルはキッと男を睨む。
「地の精霊、動いて!」
トン、と杖で地面を叩き、サエルは呟いた。
彼女の意思で男の周囲の大地が盛り上がり、押しつぶそうと動き始める。
(はやくしないと)
早くしなければまずい。
サエルは自分に言い聞かせた。
そう。早くしなければまずいのだ。
どんな世界にでも魔物がいる。どんな姿で、どんなものかはわからないけれど、どんな世界にでも魔物は存在する。
こんなところでどんぱちやっていたら、その魔物たちに気付かれないはずはない。もし敵が増えたりしたら、さばき切れるかわからない。
なんといっても、ここはサエルにとっては異邦の地だ。本来の世界とはどこか勝手が違う。大体、二体以上の外の魔物と戦う機会など滅多にあるものじゃない。
大地の動きを抑えこもうと男は魔力を放出している。
「大地の精霊」
駄目押しで呟く。
男を包み込もうとする土の動きが活発になる。
「火の精霊、包んで!」
さらに炎を呼び出し、男に向かわせる。
「我らが世界を創世せし、偉大なる神々の一人、時空神の名のもとに」
口早にもう一度唱える。
「今日と明日とをつなぐ扉よ、我が祈りに応えて開け!」
杖を振る。空から一筋の光が現れて、男を包み込む。
光の正体はもっとも偉大なる神々の一人――時間と空間を司る神の力だ。
土と炎に包まれた男をさらに光が包んだ。
「小娘っ!」
土のようやく破砕して、男が怒声を上げた。
直後に炎は難なく振り払われてしまう。
だが、たやすく光をどうにかすることはできないようだった。
「時空様のお力です」
静かにサエルは告げる。その力はサエルの予想よりも遥かに弱い。
異世界から神に祈りが届いただけで上出来だろうけど。
「これは――」
忌々しげに男はサエルを睨みつける。男の力は自らを包み込む光を確実に削いではいた。
男の力が強いのか、あるいはサエルの呼び出した神の力が弱すぎるのか。
(どちらでもいいけれど)
内心呟きながら、サエルは男を包み込んだ力に向かって杖を叩き下ろす。
ぐにゃりと空間が揺れた。
ぐぐぐ、と力を込めると神の力に包まれたまま男の姿が消えうせる。
「よかった」
それを見てサエルはほう、と息を吐いた。
神の力はあの男を封印しただろう。
こんな異世界で、この世界と関わりのない神の力を呼ぶなど、無謀なことだったけど。
本当に男がいなくなったのかサエルはきょろきょろと辺りを見回して確認する。もう、気配のかけらすらない事を悟ってほっと息をついた。
神の力は偉大だ。そのことに満足しながらサエルは後ろを振り返った。
するとさほど離れていない位置に見知った姿をみとめて驚く。
「危ないですよ、何かあってからじゃ遅いんですから」
すぐに口をついたのは説教じみた一言だった。
「なんかすごい光が見えたもんだからさ」
「そ、そう! そうなのよー」
言い訳のような竜斗の言葉に奈由は必死にこくこくうなずいた。
「だからって、戻ってこないでください」
呆れたようにサエルは嘆息した。
「いいですか? 今はたまたまうまくいきましたけど、ここは私にとっては未知の世界なんですから。何があるかわからないんですよ」
「でもー」
「でもじゃありません。敵もこの世界に慣れていなかったからよかったですけど、私だって条件は同じなんですから」
「うー、ごめん」
奈由はしゅんとうなだれた。
「過ぎたことは、いいですけど。次は――」
言いかけて、サエルはふと気付く。
さっき、時空神の力を使えたということは。つまり元の世界に帰れるということではないだろうか。
「気をつけるわ」
「ええ、はい。そうですね」
気もそぞろにサエルは呟き、周囲をうかがう。
「あの、もうすこしこの辺りを確認したいので、先に行っておいて頂けます?」
「うん」
やや厳しく注意された後だったので奈由は素直にこくんとうなずいて竜斗を促した。
「いこ」
「ああ。じゃ、俺たち入り口で待ってるから」
「はい」
竜斗と奈由が立ち去るのをじっと見守ったあと、サエルはくるりときびすを返した。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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